20.アカネ、綴りの謎に挑戦する
図書館の中は、これといって何も変わっていない。
高い天井もそのまま、並んでいる書架だってそのまま。
床も変わっていないし、壁だって狭くなったり色が変わったりしていないし。
本の並びとかまでは知らない。
そこまで気が付いたら、ほぼヘンタイでいいと思う。
「"場所は海の外"って、どーゆーコトなの?」
アヤトキが頬に手を当てながら、周りを見回した。
海なんて、どこにもない。
当たり前だけど。
「さあ……何だろ。海外とか?」
「海外ィ?」
海の外って聞いたら、まずはそれが浮かぶと思う。
意味はわからないけど。
つぶやいてみると、アヤトキがすぐに肩をすくめた。
「海外、海外……海外ねェ」
でも、何も出て来ない。
アヤトキがうなりながらアオイを見ると、アオイはスカイを見た。
そして、スカイが私を見る。
視線リレーやめろ。
「……あの、英語ではないですか?」
アオイが、おずおずと手を挙げた。
英語か。
「ライブラリってこと?」
それくらいなら、私でも知ってる。
「はい。library……かな、と」
さすが。アオイは発音がすごい。
海の外っていうのが、海外の言葉にしろって意味で英語に置き換えるとして。
「じゃあ、数字は?」
数字は規則そのもの。
あれは、どういう意味なのか。
「まだ、わからないです」
アオイは、静かに首を振った。
すると、今度はアヤトキが手を挙げる。
え、何なの。いつから発言が挙手制になったの。
「もしかして、なんだけどォー……コレって、今までのおさらいじゃない?」
「どういう意味?」
「ほらァ、数字はアルファベットに、アルファベットは数字に、みたいなカンジよ」
「感じって言われても」
そんなざっくりした説明があるかい。
アヤトキは、持ち上げた片手をゆっくりと揺らした。
「カトレアのときです」
また、アオイが挙手した。
だから、どうしてなんだ。
「何だっけ?」
「場所を示すアルファベットに数字を振って、並べ替えをしました」
ああ、そうだった。
並べ替えた結果がカトレアになったっけ。
花壇のところに行ったのが、すごく前のことみたいに感じる。
「じゃあ、ライブラリだと、lが1で、iが2ってなるの?」
「いやー、それは違うでしょー」
全否定された。
アヤトキを見ると、また片手を揺らしている。
ねんざでもしたのかよ。
「たぶんだけど、アルファベット順がセオリーじゃない?」
「セオリーなんてあるの、ここ」
「そー言われると、自信なんてないけどォー……」
アヤトキがちらっとアオイを見た。
でも、アオイはあわててスカイを見るし、スカイは静かに私を見る。
一回やったぞ、この視線リレー。
「あの、他は何でした?」
アオイがまたおずおずと手を挙げる。
だから、スマートフォンを取り出して、ドアの写真を見せた。
「……うーん。問題は、"規則そのもの"という文言ですね……」
「ってことは、やっぱり順番じゃないの?」
むしろ、消失と顔合わせの方が、私としては謎だけど。
日記帳とペンを取り出したアオイは、空いたページを開いた。
もう、ノートとして使うことに一切のためらいがない。
「規則的って意味なら、アルファベット順にして、数字を振ってみちゃったらどう?」
「はい。そうしてみますね」
アヤトキの声にしたがって、アオイがペンを走らせる。
L=12 i=9 b=2 r=18 a=1 r=18 y=25
これだけだと、ちょっと物足りない。
というか、単純すぎる。
「"重なりは消失"……だから、18は消すのかな?」
それだけだと、数字は関係なくて、かぶったアルファベットを消すことになるけど。
「だったら、残りはー……12、9、2、1、25ってコトね?」
「あー、でも、それはそれで重なるよね」
「うーん?」
アヤトキが首をかしげた。
だけど、アオイはわかってくれたみたい。
改めて数字を描き直して、重なる1と2を斜線で消してくれた。
「あ、そーゆーコトね! じゃあ、9と5で……顔合わせ?」
「向き合うって意味?」
自分で言ってみてアレだけど、意味がわからない。
そもそも居残りって言い方がわからないしな。
アヤトキとアオイが考え込んでいて、スカイは静かにしている。
スカイは、全く何も言わなくなっちゃった。
うるさいよりは、いいけど。
「あ、もしかして足し算?」
「足すのォ?」
「ラッキーナンバー出すときとか、最後の数字は足すじゃん」
私の言葉に、アヤトキは大げさに驚いた顔をした。
「アカネちゃん、占いとか信じちゃうのねッ!?」
「もー、うるさいな。別にいいじゃん」
「アタシ、すっごく当たる占い師さん知ってるわよッ」
「そこまで本格的なのはいらない」
「遠慮しなくてイイのよ! アタシがおごってあげてもイイわっ」
「ぐいぐい来る……」
オネエ、推し占い師でもいるのかな。
話が脱線しているアヤトキの傍で、アオイは日記帳とペンを片付けていた。
「ええっと、14番、ですね」
「でも、何がどう14なのかはわかんないけどね」
「確かに、そーねェ……」
本なのか。棚なのか。
床の板なのか。書架なのか。
壁のことなのか。
何だったら、図書館内とは限らないかもしれない。
うっわめんどくさい。
「……ラッキーナンバーだったら、5になっちゃうわね?」
アヤトキが、急にそんなことを言い出した。
「あー、確かにね」
誕生日を分解して足し算するラッキーナンバーの場合、最後は一桁にする決まりだもんな。
やばい。行き詰ったかもしれない。
アオイがそっと控えめに手を挙げた。
挙手制、まだ続いているのか。
「でも、……顔合わせということは、ふたつあるという意味に取れるかと思います」
アオイは、ラッキーナンバー説否定派だった。
私も肯定派ではないけど。
「あら、それもそーねェ……ま、いいわ。とにかく、ローラー作戦よッ!」
「なに? ローラー?」
「総当りってコトよッ!!」
アヤトキは、いちいちうるさい。
そして、スカイはずっと黙ったままになっている。
もしかして、会話に入りにくいのかな。
いや、まさか。牢屋のとき、めっちゃ入ってきたぞ。
「ひとまず、大きなモノで簡単そーなところからね」
ぐっと手を握ったアヤトキが歩き出した。
後ろをついていくと、アヤトキは最初の──つまり、正面の入り口まで戻っていく。
そして、そこから書架を数え始めた。
「14番ね、14番……これだわ」
手前から数えて、その順番にあたる書架。
だけど、ぱっと見る限りは蛇のレリーフのようなスイッチはなさそう。
問題文になりそうな文字だって、書かれていない。
わかりやすく落ちている本もない。
「……本、出してみる?」
棚板あたりに、何か書かれているかもしれない。
アヤトキが「そーよね……」とちょっと嫌そうに眉を下げた。
気持ちはわかる。
「わかりました。列ごとに並べて出しますか?」
アオイが意外とやる気っぽい。
私はうなづきを返してから、棚の様子を確認できるように写真を撮った。
本当に、スマートフォンがあってよかった。
「さーて、とっととやっちゃいましょ!」
アヤトキは、気持ちの切り替えができたみたい。
「それじゃ、がんばっろか」
「はい。やってみましょう」
一番上の棚からアヤトキが本を取り出す。
それを私が受け取って、アオイが狂った順番にならないように重ねていく。
一段目には何もない。
次に二段目。
やっぱり何もない。
本は意外と重たくて、しかも、ちょっと古くさいニオイがしている。
得意じゃないな、このニオイ。
三段目からは、私とアオイが役割を交代する。
中腰の姿勢で本を並べるのも、なかなかつらい。
あと、腕が痛くなって来た。
「ちょっとォッ! アンタも何かやんなさいよッ!! 乙女にばっか働かせてッ!」
急にアヤトキがスカイにキレた。
ていうか、スカイ忘れてたな。
すっごく静かなんだもの。
「乙女……」
アオイがちいさな声でつぶやいた。
「野郎じゃん……」
ついでに私も言っちゃう。
スカイは首をかしげていて、何かよくわかってなさげ。
私たちが急に連携し始めたから、ついて来られなかったのかもしれない。
確かにさっき会ったばかりなのに、声もかけてあげてないし。
アヤトキはオネエだけど、男ひとりな気分だったのかも。
だったら、あれかな。ちょっと悪いことしたかな。
そんなことを考えているうちに、スカイがのそのそと近づいて来た。
そして、本がなくなった三段目に足を引っ掛けて、一気によじのぼってしまう。
「サルじゃん」
めっちゃ身軽。
まず、本の棚を登るって発想がすごい。
「お、落ちないでくださいね……っ」
アオイがあわてて言うけど、スカイはお構いなし。
あっという間に、書架の上に登ってしまった。
天井が無駄に高すぎるおかげで、立っても窮屈そうではない。
あぶないけど。
「ちょっとスカーイ! 危ないでしょっ、さっさと下りなさいよッ!」
アヤトキは、私とアオイを腕で軽く制した。
近づかないように、ということかな。
私とアオイは、少し離れた位置からスカイを見るしかない。
万が一落ちてきても、さすがに受け止められないし。
「なんか書いてあるぜェエーッ?」
私たちの声なんて、全く気にした様子のないスカイが急に声を上げた。
やっぱり、口を開いたらうるさいな。
「何がー?」
「落書きでしょうか?」
「スカイッ、何が書いてあるのよォーッ!」
書架の上でヤンキー座りをしたスカイは、首をかしげている。
首をかしげたいのは、こっちだけどな。
そわそわと落ち着かないアヤトキは、心配しているのかも。
「オォォオーッ!!」
スカイが急に叫び出した。
違う意味で心配だよ。
「何ッ、今度は何っ!?」
「オォオオオーッ!!」
「だから何!?」
「何なのよォッ!?」
私とアヤトキがさわいでも、スカイはまた反対側に首をかしげるだけだ。
どうした。
何があったんだよ。
「あのー……」
困惑気味のアオイが、そっと日記帳とペンを差し出した。
言葉が通じないなら筆談ってことかな。
ハッとしたアヤトキが、日記帳とペンを受け取って、スカイに向かって突き出す。
背が高い人がいて良かった。
「スカイさん、そこに書いてもらってもいいですか?」
アオイがおずおずとお願いすると、スカイはやっとうなづいた。
書架の上にあぐらを掻いて、さらっとすばやく何かを書いたみたい。
すぐに日記帳が差し出された。
「はいはい、ありがと」
アヤトキが受け取って日記帳を、三人で覗き込む。
そこには「O」の文字。
一瞬ゼロかと思ったけど。
アヤトキと顔を見合わせて数秒。
「オォオーッてアルファベットかーッ!!」
「わかりやすく言いなさいよッ!?」
「雄たけびかと思ったしッ!」
「なんで言い換えたりとかできなかったのよォッ!!」
大声で騒いでしまった。
アヤトキの気持ちがちょっとわかる。
叫びたい。
こみ上げる衝動をスルーできない。この気持ち。
「わっかんねェヤツらだなァアッ!?」
「お前がな!?」
「アンタがね!?」
お前にだけは言われたくないってやつだ。
「ギャハハハハハッ!」
けらけらと笑うスカイに向かって、日記帳を投げたい。
「ま、まあまあっ、わかったからよかったではないですか……っ」
私が構えた日記帳を、アオイがやんわりと制してきた。
よかったけど、よくない。
「もういいわっ、それしか書いてないのねッ!?」
アヤトキは、書架ごと棚を揺らしそうな勢いでバンバンと叩いた。





