21.アカネ、図書館を攻略する
「スカイさん! 他の書架にも、アルファベットは書いてありますか?」
げらげらと笑い続けるスカイに、アオイがめずらしく大きな声を出した。
ぱちと目を瞬かせて止まったスカイは、首をかしげてから隣の書架を覗き込む。
そして、こくんこくんと何度も深くうなづいた。
アオイも、うなづきを返す。
「では、他の書架に書かれているアルファベットも読んでもらえますか? 私、メモしますから」
アオイからの指示に、スカイはすごく素直にうなづいた。
的確に指示を出されると、やりやすいみたい。
書架の上で立ち上がったスカイは、助走も何もなく隣の書架に飛び移った。
「何、あの身体能力」
「すごいわー、曲芸でも見てるカンジだわァ」
アヤトキは、すっかり心配する気配がなくなっていた。
確かに、スカイの身軽さなら、いろいろと大丈夫そうな気はする。
次の書架に飛び移ったスカイがアルファベットを言い、アオイがそれをメモしていく。
だけど、隣の書架は「A」らしい。
その隣は「W」。
順番通りには、並んでいない。
飛び回るスカイを追いかけて、アオイが歩き回る。
あのふたり、割とコンビとして相性良さげ。意外だけど。
「規則性がなさそーね」
アヤトキが腕を組んで唇を尖らせた。
かわいくはない。
書架の並び順が関係してないのなら、何だろ。
本の順番ではなくて。
「……もしかしてさ、14番目のアルファベットってことじゃない?」
ひらめいて言ってみると、アヤトキはきょとんとしてから目を見開いた。
ちょっと怖い。
「やっだもう! アカネちゃん、時々天才になっちゃうわよねェッ!」
バシンッと背中を叩かれた。
めっちゃ痛い。
「ほめてないよね」
「そんなコトないわよォッ! 冴えてるじゃない!」
「じゃあ、えっと、エー、ビー、シー……」
「待って待ってやだ順番に数えないで。14番目はNよッ!!」
指を折って数えていたら、勢いよく止められた。
だって、順番に進んだ方が数えやすいじゃん。
「うるっさいなぁ、もうっ」
両手で耳をふさぐと、アヤトキは不満げな表情を浮かべた。
異議しかない。
だけど、ひとまずはスカイが優先かな。
「スカーイ!」
大きな声で呼ぶと、少し離れた位置の書架に乗っているスカイが振り返った。
大型犬みたい。
動きはサルだけど。
「スカイ、Nだよ! Nを探して!」
「えぬぅ?」
大きな声で指示を出してみた。
でも、スカイは首をかしげている。
大丈夫かな。
「ヤバい。通じてるか不安になる」
「いっやァー、アレは大丈夫じゃない?」
不安になったのは本当だけど、アヤトキの言う通り、さすがにわかってるみたい。
スカイは少し考えてから、また別の書架へと飛び移っていく。
ばさっと広がる白衣の裾が引っ掛からないか、ちょっと心配になる。
置いていかれた形になったアオイが、私たちのところまで歩いてきた。
「だいじょうぶ、でしょうか……」
アオイが不安そうに眉を下げた。
「大丈夫よ、通じてるわ」
「あ、いえ、そうではなくて……」
アオイの不安は、私のものとは違うらしい。
書架の上を飛び回るスカイを見ると、アオイが不安がる意味が少しわかった。
ときどき、大きく軋む書架がある。
見た目通りに古いみたい。
「一度、下りてきてもらった方が……」
書架が壊れるとまではいかないだろうけど、確かにちょっと心配になるな。
きょろきょろしているスカイの方に行こうとしたら、アヤトキの腕が邪魔をした。
「危ないから、アンタたちは通路にいなさい。ここはまだ広いしね」
確かに書架同士の間になんて入っても仕方がないか。
スカイが落ちてきても、こっちがつぶされて終わりだろうし。
私とアオイがうなづくと、アヤトキはすぐに歩き出した。
「スカイー! ちょっとスカイ! ハウスハウス!」
犬扱いになった。
大股で近づいていくアヤトキを振り返ったスカイが、書架の上で立ち上がる。
「あったぞォオオーッ!」
スカイが声を上げた瞬間、その書架がぐらついた。
ぐらついた、なんてものじゃない。
ギシッと音を立てて、揺れた。
「わ、わかったわっ! わかったからっ、ちょっと、危ないわっ! スカイ、そろそろ下りて来なさ──」
焦った声を上げたアヤトキが走り出した。
本に触れた手が見えたそのとき、
一気に、書架が向こう側へと傾いた。
「ちょっ、えぇッ!?」
アヤトキの驚いた声のあと、書架はそのまま次の書架を押し倒してなだれていった。
完全に、将棋倒し。
「────ッ」
私の口から変な声が出た。
アオイも、小さな悲鳴を上げたけど、それ以上に言葉は出て来ない。
いくつもの書架が倒れて棚から本が落ちる。
ドミノのように順番に倒れていく。
最後の書架が壁に当たって、やっと連鎖が止まった。
それは、本当に一瞬のこと。
七つくらいの書架が折り重なって一方向に傾いている。
通路には本が散乱していて、一瞬何の音も聞こえなくなった。
「──ちょっ、何してんのっ!? 何のバカぢから!?」
駆け出した私は、固まっているアヤトキの腕を引っ張った。
「ア、アタシじゃないわよっ! 勝手に倒れたのよッ!!」
「勝手に倒れるかっ」
アヤトキが倒した、とまでは言わないけど、タイミングが悪かった。
スカイの姿は、どこにもない。
もしかして、書架に挟まれたとか、大量の本の下敷きになったとか。
最悪だ。そんなの。
「──スカイさんっ!」
遅れて駆け寄ってきたアオイが、書架の下を覗き込んだ。
だけど、崩れた板と飛び出した本のせいで状況がわからない。
書架を押し戻そうとしたけど、ビクともしなかった。
焦ったアヤトキも加勢する。
でも、書架は動いてくれない。
「さっきのバカぢからはどうしたオネエッ!」
「アタシじゃないって言ってんでしょッ!?」
「スカイさんっ、スカイさん……ッ!」
騒いだって仕方がないけど、怖くて不安でどうしようもない。
書架が起こせないなら、と。
今度は、書架同士の間から本を掻き出し始めた
スカイの姿は見えない。
「ちょっと、スカイ! 返事しなさいよッ!」
「生きてるよねっ、生きてるよねっ!?」
こんな大きな書架同士に挟まれたら。
そう思うだけで、ゾッとする。
本だって、すごく重たい。
もし生き埋め状態になっていたら、ヤバいことくらい私でもわかる。
アオイが泣きそうな声でスカイを呼んだ。
そのとき。
「ウォアァアアーっ、びっくりしたァァアー!」
スカイが、書架の上に現れた。
思わずぽかんと固まってしまう。
「無事だったの!?」
「だったよォオー?」
ハッとして声を上げちゃった。
隣に倒れ掛かって斜めになっている書架の上に座るスカイは、けろっとしている。
「無事なら無事でさっさと返事しなさいよッ!?」
「しただろォオオーッ?」
アヤトキが本を放り出して、身を取り出した。
「はー、良かったですー……」
私の後ろで、アオイが胸を撫で下ろした。
確かにすごく、心臓に悪かったな。
スカイは書架が倒れた方向に落ちなかったみたい。
私たちとは反対側に飛び降りたのかな。それにしても、すぐに返事してほしかった。
「あー……もう、びっくりしたよー」
腰が抜けちゃった。
散乱した本の上に座っちゃったけど、もうなんでもいい。
見ると、アオイも同じように座り込んじゃってる。
「おォ? ごめんなァッ?」
私たちの様子を見たスカイが、さらっと謝った。
すごくノーマルな謝罪だな。
ひょいっと身軽な調子で書架から下りたスカイが近づいて来る。
「びっくりしたのかァッ? ごめんなァー? 俺もびっくりしたからさァアーッ」
確かにスカイの方が、私たちよりずっとびっくりしたはずだ。
いいよ、と軽く手を振っておく。
「ホント、無事で良かったけどー……ケガはないのよね? ぶつけたりしてない?」
アヤトキも来た。
そして、しげしげとスカイの様子を見る。
見る限り、スカイにケガはなさそうだけど。
でも、打ち身やねんざまではわからない。
「へーきへーきィイッ! 俺、ガンジョーだし」
「だったらイイけどー……どっか痛くなったら、すぐ言うのよ?」
「わかったァッ!」
アヤトキがオネエさんになってる。
そして、スカイはすごく素直だ。
会ったときから割と素直だった気がするな。
「──さぁて。たっぷり荒らしちゃったけど、収穫はナシね……」
「あー……」
確かにアヤトキの言う通りかも。
図書館の三分の一くらいの書架を倒壊させちゃった。
これだと、総当りで試すなんて無理っぽい。
「しゅーかくゥウッ?」
アオイを引っ張り起こしたスカイが、目をぱちくりさせた。
「だったらあるぜェエッ? あっちあっちー」
アオイの手を握ったまま、スカイが歩き出した。
私とアヤトキは、顔を見合わせてから、それを追いかける。
すると、最初に倒れた書架の下に、板みたいなものがあった。
見た感じは、マンホールの四角いバージョンみたい。
取っ手っぽいものがついている。
これが正解なら、書架は倒れるようにできていたのかな。
危なすぎる。





