問6.定番
素材採取用の装備を購入した翌日。昼休憩の時間を利用し、大通り沿いにある手芸店へ向かう。
昨日はカイルに買い物に付き合ってもらい、高価なイヤリングまで贈られた上に、来週は素材採取にも出掛ける予定だ。
契約結婚はしたけれど、名目上の妻として振る舞う機会はなく、いつも世話になっているばかりな気がする。さすがに、なにかお礼をしたい。
(定番に勝るものなし……だと思う)
万年筆やイヤーカフも考えたけれど、高位貴族として高級品に囲まれた彼に、私の予算で買えるものを渡すのは、たとえ本人は喜んでくれたとしても気後れしてしまう。あのイヤリングに匹敵するような贈り物は高額すぎて手が出ない。
散々迷った末、貴族の婚約者や恋人への贈り物といえば刺繍のハンカチが定番だと気づいた。夫婦らしい雰囲気もあるし、なにより刺繍ハンカチなら材料費も抑えられて懐に優しい。普段はほつれたものを直すばかりだけど、手芸は得意だから何度か練習すれば大丈夫だろう。
(本当の夫婦なら自分の色を選ぶのだろうけど……)
店内の刺繍糸コーナーで、紫色の糸を手に取った。カイル色のイヤリングをもらったけれど、私の色を贈るのは躊躇してしまう。
(本当の恋人や夫に、自分の色を贈るのを昔からの憧れてたんだもの)
自分の色は、想いあった人にとっておきたい。
カイルの色で刺繍をしようと決めていたけど、微妙な色の違いの多さに目がくらむ。紫が淡くても深くてもしっくりこない。何度も糸を手に取っては棚に戻し、ようやく納得のいく色を見つけた。お会計に向かう途中、色とりどりの手編みブレスレットが目に留まった。
「これ、素敵……!」
思わず声を上げて、青色の糸で編まれたブレスレットを手に取る。中央には青色のビーズがあしらわれ、両端には房状の飾りが付いていた。赤や緑、ピンク色など様々な色やデザインがあるが、手に持つものは男性がつけても違和感のなさそうなデザインだ。
(ハンカチと一緒に、ブレスレットを贈るのもいいかも? でも、アクセサリーなんて渡したら、恋人みたいで困ってしまう……?)
「こんにちは。このブレスレットは、幸せを願うお守りなのよ」
穏やかな声に顔を上げると、店のマダムがにこやかに話しかけてきた。
「お守りなんですか?」
「ええ。プロミスリングというのだけど、手編みのブレスレットなの」
ブレスレットの編み目をじっと見つめる。
(全部手編みなんて、すごい)
「元々は友情や愛情の証として贈り合うものだったの。それが冒険者の間で流行って、無事を祈るお守りとして人気が出てきたのよ」
「そうなんですね。知らなかったです」
(冒険者のお守りなら、お礼に贈っても自然よね。イヤリングも安全のための贈り物だったわけだし)
「冒険者から広まったけど、最近はいろんな人が身につけているわ。手首につける人が多いけど、職業柄目立たせたくない人は足首につけるのよ」
(確かに、足首なら気軽につけられるかも)
「手作りできるわよ」
「……あの、初めてでも作れるでしょうか?」
「もちろんよ」
不安に思いながら尋ねると、マダムは自信たっぷりに頷く。
「難しそうに見えるけど簡単なのよ。三つ編みを作る要領で糸を交差させて編んで、中央にビーズを挟んだらまた編むの。終わりは房状に整えて留めるだけ。ね、簡単でしょう?」
マダムがカウンターで実演してくれた。軽やかな指の動きで、ブレスレットがみるみる形になっていく。シンプルな工程にホッとする。
(これなら、初心者の私にも作れそうだわ)
「このデザインを紫色にして、男性の足首のサイズで作りたいのですが……」
「ふふっ、贈り物ね。それなら必要な材料は、刺繍糸、カラービーズ、留め具になるわ。単色も素敵だけど、このデザインは三色くらい混ぜたほうがいいのよ」
マダムの言葉に、改めて刺繍糸を見つめる。カイルの瞳の色である紫を基調に、彼の髪色の紺を加えようと手に取ったところで、マダムが微笑みながら提案してきた。
「この刺繍糸の組み合わせなら、イエローベージュを入れると映えると思うわ」
マダムがイエローベージュを紫と紺に合わせて見せてくれる。
(すごくお洒落になった)
「これにします!」
紫と紺、イエローベージュの刺繍糸、ビーズ、留め具を選び、作り方の説明書も付けてもらった。忘れずに刺繍ハンカチ用のシルクハンカチも購入した。
「わからなかったら、いつでも聞きにきてね」
「はい、ありがとうございます」
小さな紙袋を胸に抱えて店を出ると、いつも見慣れた大通りの景色がいつもより鮮やかに見える。ギルドに戻る足取りも軽くなった。
§ ︎
それから素材採取までの一週間。
カイルのイニシャルをシンプルかつ上品に仕上げるデザインを考え、毎日時間を見つけては刺繍に励んだ。贈り物なので失敗しないように何度も練習した。
(絶対、綺麗に仕上げよう)
高位貴族で容姿端麗の彼だから、過去に刺繍ハンカチをもらったことは何度もあるだろう。見劣りしないものを作りたい——と考えたところで、ハッとする。
(……私は、なにを気にしてるの!?)
契約結婚なのだから、過去を気にする必要はない。これはイヤリングのお礼の贈り物だ。それ以上の意味はない。気持ちを落ち着け、本番のハンカチに刺繍を丁寧に施した。
「できた……!」
完成したハンカチを広げる。シルクの滑らかな手触りと、糸の繊細な光沢が織りなす模様に達成感で胸がいっぱいになった。
次はプロミスリングだ。マダムの実演と説明書を頼りに、買った糸を三つ編みにしてビーズを挟み込む。編むリズムが心地よく、つい時間を忘れて没頭した——
素材採取の二日前になって、刺繍ハンカチとプロミスリングが完成した。刺繍ハンカチは二枚、プロミスリングはカイルの足首のサイズぴったりに合わせたかったので、念のため三種類の長さで作った。紫と紺の中にイエローベージュが差し色になっていて想像以上に素敵なものができたと思う。
(この中で、サイズの合うものを選んでもらおう)
ハンカチを丁寧に折り畳み、プロミスリングをくるくる巻いて同じ布袋にまとめる。それから新しく買ったリュックのポケットにしまった。
「あと、エナジーバーも作らないと!」
エナジーバーは、ナッツやオーツ、ドライフルーツを固めたもので、必要な栄養素やカロリーを素早く摂取できる。ゆっくり食事を取れないことの多い冒険者に人気の携帯食だ。素材採取は近場に行くけれど、疲労回復に効果的なものがあれば心強い。
(暑くなってきたから、冷やし固めるより焼いたほうがよさそう)
大きめのボウルに卵白を入れて軽く泡立てる。その中に自家製グラノーラ、数種類のドライフルーツと小麦粉を入れ、粉っぽさがなくなるまで全体をよく混ぜる。ここに疲労回復効果のある薬草から薬効を抽出したハチミツとピーナツバターを入れ、全体に行き渡るように混ぜたら、耐熱容器に中身を入れた。
(ここで、ちゃんと押さないと崩れちゃうのよね)
容器全体に平らになるよう上から何回かギュッと押したら予熱したオーブンで十分ほど焼く。
しばらくすると甘くて香ばしい匂いがキッチンに漂ってきた。オーブンから取り出して、粗熱が取れた端っこを口に放り込む。
(うん、美味しい。上手に焼けたわ)
出来上がったエナジーバーは、しっとりとした食感とナッツのコク、ドライフルーツの甘酸っぱさ、薬草の風味が絶妙に絡み合う。食べやすい大きさに切り、ひとつずつワックスペーパーに包んだ。これなら素材採取の合間にすぐ食べられると思う。
(……これ、いつもモスに作ってたのよね)
元彼のモスが冒険に出掛けるたびに渡していた。最初は喜んでくれたけど、『同じ味で飽きた』『嫌いな食材が入ってる』と文句ばかり。それなのに用意しないと不機嫌になるから、いつも数種類準備していた。ぶわりとモスとの苦い記憶がよみがえる。最近、カイルと一緒に過ごして嫌な記憶を薄れさせてくれていたけど、皆がいる前で罵られたあの日のことはまだ忘れられない。
(……最初は誰でも喜んでくれるのかも。私、浮かれすぎていたかもしれない)
はあっとため息をつく。
カイルがモスと同じとは限らないとわかっていても、時間が経てば素っ気なく冷たくなるかもと思うと気持ちが暗くなる。
(どうしてこんなものを用意しちゃったんだろう……?)
目の前にあるエナジーバーはすでに完成してしまった。思わず手に取ったエナジーバーを捨ててしまおうと思ったけれど、やっぱりそんなもったいないことはできなくて。
完成したエナジーバーを容器に詰めながら、私は再び小さく息を吐いた。結局、すべてリュックに押し込んで採取に向かう準備を終えた。












