問26.面接試験
翌朝、目を覚ますと若草色に覆われていた。
(……あっ。強制猫吸いをしたまま寝てたのね)
昨夜、リーフの拗ねモードがなかなか解除されず、寝支度を終えた私の顔面にのしかかってきたのだ。結果、強制リーフ吸いをすることになってしまった。
(でも、拗ねていたのではなくて、私を落ち着かせようとしてくれていたのかも)
面接試験は筆記や実技ほど難しくないと聞いていたが、寝る直前まで参考書を開こうとする私を見て、リーフが気遣ってくれたのかもしれない。
面接試験は、個別形式で実施される。一人の受験生に対して二人の面接官が付き、口頭で質問に答える形だ。
たとえ知識があっても、面接官に対して自分の言葉で説明しなくてはならないので、筆記や実技試験とは緊張感が異なる試験だという。
「リーフ、おはよう」
「……にゃ」
眠そうなリーフの背中を優しく撫でると、すぐにゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らし始めた。リーフとの癒しタイムのあと、朝食を済ませて荷物をまとめ、再びギルド本部へ向かった。
昨日と同じくリーフを預けると、面接試験の控え室に案内される。
「面接の順番になるまで、こちらでお待ちください。後ほど面接で部屋の中のものについて質問しますので、机に置いてある鑑定道具を自由に使って鑑定していただいても構いません。ただし、持ち出しは絶対に禁止ですのでお願いいたします」
「はい、わかりました」
入室すると、まるで小さな宝物庫だった。すでに七、八人の受験生と二人の試験官が室内にいた。受験生たちは、それぞれ素材を興味深そうに観察している。
私も机上に置いてある鑑定道具から手袋を身につけた。
(すごい……!)
入ってすぐに目に飛び込んできたのは、幼いアイスドラゴンの剥製。鱗がダイヤモンドのようにキラキラと光っていた。フェニックスの真っ赤な羽が飾られ、壁際のケースには、珍しい鉱物がずらりと並んでいる。
(こんな貴重なものを見られるだけでなく、触れてもいいなんて……っ! これだけでも受験した価値があるわ)
歓喜に震えて叫び出したくなるのを堪えた。
どれも図鑑で見たことのある有名な素材で、実物を見るのは初めてのものばかりだ。折角の機会なので、目についたものから次々と手に取った。
控え室で待つ間、他の受験生が名前を呼ばれて出ていく音が何度か聞こえた。新しく入室してくる者もいて、室内の受験生は常に変動している。
私は自分の順番を気にしながら、夢中で素材を見ていた。それから素材の名前、採取した者の名前、採取場所と方法——各素材の横に書かれているプレートも興味深く読んでいく。
(わっ。これって星入り魔水晶……!)
一番端にあったのは、台座に置かれた星入り魔水晶だった。
深い紺色の石の中に、無数の星が閉じ込められて煌めいている。たどり着くことすら困難な高山の洞窟でのみ採れる水晶を流星群の夜に採取し、星を呼び寄せて閉じこめたという非常に珍しい鉱石だ。
ロマンチックな石なので、貴族が求婚する女性に贈ることもあると図鑑で読んだ覚えがある。欠片のような小さな水晶でも採取が難しいのに、拳二つ分の大きさで、溢れんばかりの星入りのものは極めて稀だろう。
(……きれい。こんな大きな魔水晶は初めて見るわ)
瞬く星にすっかり目を奪われていたが、プレートが視界に入った。
(本ギルド長と大魔術師が採取したものなのね! カイルもだけど、冒険者からギルド長になる人って多いのね)
本ギルド長は、全ギルド長の中で最も立場が上になる。大魔術師は、この国の最高魔術師だ。
プレートを読み終えた後、雲の上の存在のような人々が採取したという貴重な実物を直接触る緊張で、指先がかすかに震えた。
つるりと滑らかな水晶の表面は、思ったよりずっしり重い。紺色の魔水晶の中で星が煌めく。
(……あれ?)
じっと見つめていると、胸に小さな違和感が広がった。確かに星のように見えるのに、どうにも気になる。
(本物……じゃない……? まさか——?)
ギルド本部の中に偽物が置かれているなんてあるだろうか? しかも、本ギルド長と大魔術師が採取したというのだから品質は保証されているのに。
他の受験生は気づいていないのだろうかと見渡しても、有名なフェニックスの羽とアイスドラゴンに集まっている。星入り魔水晶を鑑定した人はいなそうだった。
(……鑑定してみよう)
頭で大丈夫だとわかっていても、拭いきれない違和感から机の上に置かれた鑑定道具をいくつか手に取った。
星には元々の瞬きがあるし、小さな星と大きな星では色味がそれぞれ違う。それなのに、この水晶の中の星は瞬きが一見自然なのだが、ずっと見ているといくつかのパターンが繰り返されている。色も一見多彩に見えるが、よく見ると三種類の色しか使われていない。
こんな複雑なことをできるのは、おそらく大魔術師だけだ。魔力で不規則そうな煌めきを再現し、水晶に閉じ込めたのだろう。
私は手にした拡大鏡で星の色を読み取る。限界まで近づいて確認した。
(やっぱり違う大きさの星が同じ色だわ。そんなこと自然界では起こらない……怪しい……)
偽物だと仮定すると、二つ考えられる。
星も魔水晶も偽物であること、もう一つは星だけが偽物であることだ。
両方が偽物であるならば、魔水晶を魔力鑑定すればすぐにわかる。高山の洞窟が魔力溜まりになっている水晶は、他の水晶と比較にならないほど高魔力の塊なのだ。
魔力測定器で確認してみると、魔力反応は高水準を示した。
(水晶は本物。となると、星だけが偽物……? でも色や瞬きだけでは、偶然に同じだったという扱いになってしまう可能性がある。偽装された物だと証明するにはどうすればいい……?)
改めて置かれている素材鑑定の道具を確認する。
魔力顕微鏡、熱感知器、六属性の魔力測定器——それから魔力観察針が入っていた。
(これだわ!)
魔力観察針は、触針の先端で対象物の表面魔力を測定できる道具だ。
魔水晶は高魔力であるが、本物の星は魔力を持たない。もし本当の星ならば、魔水晶の上から計測しても数値は一定になる。しかし偽物であれば、星の重なる部分と魔水晶だけの部分で魔力濃度に差が出るはずだ。
魔力観察針を取り、まずは星のない部分の数値を確認してから次に星のひとつに先端を慎重に当てた。
(っ! 数値が全然違う。やっぱり……これは魔術で作られた星だわ)
つまり——星入り魔水晶は偽物だ。
ギルドに偽装されたものが置かれているなんてと考えていると、背後でドアが開く音がした。
「ローズマリーさん。面接の準備が整いました、どうぞこちらへ」
控え室から連れられ、面接室に入ると、二人の面接官がすでに待っていた。
一人は眼鏡をかけた男性、もう一人は——
(……え?)
新聞や資料で何度も見たことのある顔——本ギルド長だった。
驚きで心臓が止まりそうになった。まさか素材鑑定士の面接にギルドの最高責任者が来るなんて。
「ローズマリー・ブルームさんですね。座ってください」
眼鏡の面接官に促され、椅子に腰を下ろす。
(本ギルド長が面接官でも、やることは同じ。いつも通りにやるだけ)
背筋を伸ばし、深呼吸を一つ。今までやってきたことを落ち着いて話せば大丈夫だと心の中で思う。
面接は思っていた以上に、順調に進んだ。幼いアイスドラゴンの剥製について「アイスドラゴンの特徴と、鱗の鑑定方法」を聞かれ、フェニックスの羽については「羽の素材としての利用方法」を尋ねられた。私はカイルから学んだことや図鑑で得た知識を頭で整理しながら、なるべく落ち着いて答えた。二人とも頷きながら聞いてくれている。
(……星入り魔水晶のことは聞かれないみたい)
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、それまで黙って私と試験官の話を聞いていた本ギルド長が「……そういえば」と口をひらいた。
「君は、あの星入り魔水晶を見たかな?」
心臓が跳ね上がった。
「あ……はい、見ました」
「そうか! あれはね、ぼくが苦労して星呼びをしたやつなんだよ。高山の洞窟で水晶を採取したんだ。同行した魔術師のアルバートと流星群の夜になるのを待って二人で星を呼び寄せたんだ——」
本ギルド長は懐かしそうに目を細めると、隣の面接官も深く頷きながら答える。アルバートは、大魔術師の名前だ。もしも大魔術師のアルバートならばこの複雑な星を作ることも可能だろう。
「ええ。あの大きさの星入り魔水晶は見たことがないですよ! さすが本ギルド長ですよね」
「運もよかったんだ」
「またまた! 本ギルド長の実力ですよ!」
(えっ! もしかして星が偽物だと気づいてない……?)
必死に表情を保とうとするが、指先が小刻みに震え始めた。
あの星は偽物だ。星呼びが必ず成功するわけではない。いくら苦労したところで、素材が偽物であるという事実は覆らない。
「——で、ローズマリーさんは、どう思った?」
「……っ」
本ギルド長は、穏やかに私を見つめている。眼鏡の面接官も同じようにこちらを見ていて、部屋の空気が一気に重くなった気がした。
きっと偽物だと言わない方が試験は上手くいく——でも。カイルに言われた「先入観を捨てて、素材そのものと向き合うように」という言葉が頭に浮かんだ。
(嘘をつきたくない。自分に誇れないようなことをするのは、試験に落ちるよりもずっと嫌!)
小さく息を吐いて、私はゆっくりと口を開いた。
「とても……綺麗でした。あの大きさの魔水晶を採取するのは、すごく難しいことだと思います」
そこで一旦言葉を切り、私は本ギルド長の反応を窺った。彼はにこにこと頷いている。
「ただ……あの星は魔術で作られた可能性が高いです。一度、きちんと調べてみるべきだと思います」
部屋の空気が一瞬で凍りついた。ギルド長の顔がみるみる赤くなり、眉間に深いしわが刻まれる。
「馬鹿なことを言うな! 我がギルド本部の品、いや、わしの採取したものを偽物呼ばわりするとは、なんという不敬!」
ギルド長は声を荒げた。
「今、この場で訂正するなら先ほどの発言は聞かなかったことにしてやってもいい! あの星入り魔水晶は本物だろう——?」
私は萎縮しながらも目を逸らさなかった。
「……今の段階で、本物だと断定することはできません。星呼びはとても難しいと聞きます。本ギルド長をがっかりさせない為に、同行した魔術師が星を入れた可能性があります」
声が少し震えてしまったけれど、私は本ギルド長をまっすぐ見つめて、話を続けた。
「あの星には、魔力観察針が反応していました。それに色も大きさが違う星で同じ色でした——少しでも偽物の可能性があるならば、きちんと調べるべきです! それが素材鑑定士の務めだと思います……!」
本ギルド長は拳を机に叩きつけた。
「それがお前の答えか!」
「——はい」
重い沈黙の後、ギルド長は低く吐き捨てた。
「出て行け! これで終わりだ」
「……はい。失礼します」
私は一礼すると、震える足で部屋を後にした。
(私……なんてことを……)
面接室を出ると試験官に先ほど居た控え室とは違う部屋で待つように指示された。
先にいた受験生は四人。皆、同じように不安そうな顔をしている。
(もしかして、この人たちも偽物だと指摘した……?)
息が詰まりそうな沈黙が一時間ほど続いた後、本ギルド長が入室してきた。
胃がキリキリと痛む。
「——ここにいる者は、素材鑑定士合格者だ。おめでとう」
(……ええ? どういうこと……?)
「不思議そうな顔じゃな。まずは謝らなければなるまい——皆のことを不安にさせるような言動を許してほしい」
本ギルド長は深々と頭を下げた。
「素材鑑定士に必要なのは、鑑定技術だけじゃない。一番大切なことは高位貴族や権力者の前であっても、鑑定結果を曲げない『公平性』じゃ。今回の試験では、その公平性を最も重視した」
本ギルド長は言葉を切ると、ゆっくり全員を見渡した。
「——先の偽装組織の件でも、魅了されて悪事に手を染めた者もいたが、自身の判断で信念を曲げた者もいたのじゃ」
(モスの事件のことだ……)
「君たちは、相手の立場に関係なく正しく鑑定できると判断した。合格、本当におめでとう。これからもその知識と能力でギルドで活躍してくれることを願っておる」
まだ実感が湧かない。頭では合格したと理解しているはずなのに、胸の奥がふわふわと浮ついていた。
そんな中、本ギルド長が合格通知書を手に、一人ひとりの名前を呼び始めた。
「ローズマリー・ブルーム」
「はい」
自分の名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がぶわりと熱くなった。本ギルド長の瞳が先ほどとは打って変わって優しく細められている。
「ローズマリーさん、大きな声をあげてすまなかった。だが、とても勇敢だったぞ。あなたが今回の試験の筆記、実技あわせてトップ合格じゃ」
「……っ!」
声が出なかった。
トップ合格——絶対に落ちたと思っていたから合格だって信じられないくらいなのに、まさかの結果に目を見開いた。
「あなたの活躍を心から期待していますよ」
「あ、ありがとうございます……」
震える指で合格通知書を受け取る。合格通知書の文字を見て、ようやく現実なんだと実感できた。
(……合格した。本当に合格したんだ)
カイルの顔が自然と浮かんだ。
一緒に勉強してくれた日々、試験前に渡してくれたラムーネの缶——全部が、ここに繋がっていたんだと思うと、胸がきゅっと熱くなった。
(……カイルに、伝えたい。合格したって)
正式な素材鑑定士の認定証は所属するギルドに郵送されると説明を受けた。高揚した気持ちのまま、合格通知書を鞄にしまいリーフと一緒に辻馬車乗り場に向かった——
次話で最終話になります。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。












