問25.試験当日
試験当日は、吐く息が白く煙のように立ち上ってはすぐに消えていく、そんな冬の朝だった。
王都にあるギルド本部は、大通りに面していて、煉瓦造りの五階建て。歴史ある建物を見上げると、心臓の音が耳に響くほどドキドキしていた。
(ここまで来たら……絶対に合格するんだ)
今日から二日間、このギルド本部で素材鑑定士の試験が行われる。一日目は筆記試験と鑑定試験、二日目は面接が行われる予定だ。
受付で名前を告げ、試験の間は従魔であるリーフを預かってもらう。従魔契約している冒険者もいるので、専門の職員のいる預かり場が併設されている。
「リーフ、いい子で待っていてね」
「にゃん!」
ぎゅっと抱きしめ、頭のてっぺんに鼻を押し付けて、リーフの爽やかで甘い匂いを胸いっぱい吸い込んだ。
試験会場である大ホールに入ると、受験者が緊張した面持ちで席に着いていた。私も指定された席に腰を下ろす。
最終確認のためにカイルと一緒に勉強してきたノートを広げて、端正な彼の字を指先でそっとなぞった。途端に、胸の奥がほわりと温まり、気持ちを落ち着かせてくれる。
(よしっ、今までやってきたことを信じてやり切るだけ)
入室した試験官が注意事項を読み上げていく。
「これから素材鑑定士試験を始めます。筆記用具のみ机に置いてください。今から問題冊子と答案用紙を配ります」
目を閉じて、深呼吸をひとつした。
「——開始」
試験官の合図とともに試験が始まり、会場に問題冊子を開く音が一斉に広がった。制限時間は二時間。
私は、最初の問題に目を落とす。
——ユニコーンの角の特徴を述べよ。また、効能や利用法について記述せよ。
カイルに教えてもらったことが頭の中に浮かぶ。
ユニコーンの角は螺旋状になっており、色は乳白色。指で触れた瞬間にほのかに光り、甘い乳香のような香りがする。
また効能は、強力な浄化作用、解毒作用がある。角を直接水に触れさせれば浄化できる。希少なため粉末状にして回復薬に少量を混ぜるのが一般的だが、直接患部にすり込み病気の治療に使われることもある。角を加工した装飾品や魔導具としても利用する。
時計の針が進むにつれて、周囲の受験者たちの存在が私の意識の中から完全に消えていった。
上級回復ポーションの材料になるものをすべて答えよ、ミスリル鉱石の産地と特徴、採取時に気をつけるべき点について述べよ——問題冊子をめくる。手応えを感じながら、解答欄を埋めていく。
次の問題を読んだ時、思わず目を見張った。
(この問題! やっぱり出題された)
フォレストベアの胆のうについて私は迷わずペンを走らせた。
ラシードの事件で多くの被害者が出た際、この胆のうを使って解呪薬が作られたと聞く。カイルに「話題になった事件で使われた素材は出題されやすい」とアドバイスをもらっていたおかげで、念入りに復習していた。
フォレストベアの胆のうは粉末状にすると高い解毒効果を発揮し、呪い解除の素材としても重宝される。魔力の濃度が高いほど価値が上がり、最高品質のものは深い緑色に輝く——カイルの声が頭の中で響いた。
問題をすべて解き、最後の見直しを終えたところで鐘が鳴り、試験の終わりを告げた。
「筆記試験終了です。答案用紙を机の上に置いたまま退出してください。午後の素材鑑定の実技を行う試験会場は、それぞれ確認しておいてください」
試験官の声に、肩の力が一気に抜けた。
(やりきった……)
大ホールを退出すると、仲間と結果を話し合う人やほっと息つく人など、受験生たちの様々な表情が目に入ってくる。私は人混みを抜け、昼食が取れるように開放された休憩スペースへと向かった。
宿でお願いしていたランチボックスを広げて午後に向けて英気を養う。鑑定試験に出題されそうな素材の注意点をまとめたノートを広げながら、シンプルなハムと卵のサンドイッチを頬張る。
(そういえば星の欠片と星屑の見分け方って、粒子以外にあったかな……? 確認してみよう)
参考書を取り出そうと鞄を開けると、手のひらサイズの缶が目に飛び込んできた。
出発前日にカイルから渡されていたものだ。
「やっぱり心配だから、俺も王都について行こうかな」
「……ギルド長の仕事が山積みになってますよね?」
「分かってるよ。だから代わりに、これ」
照れくさそうに、ラムーネの入った可愛い缶を差し出された。
「ローズマリー、頑張っておいで」
その時のことを思い出しながら、缶を見つめる。
ハーブのローズマリーがハートを描き、その中心に猫が歩いている愛らしいデザイン。蓋を開けると、色とりどりの丸いラムーネが現れる。ひとつ口に放り込むと、しゅわりと爽やかな甘さが弾けた。
(……甘くて美味しい。午後も頑張ろう)
口の中で溶ける優しい甘味に、頬が自然と緩んだ。
気になった二つの素材の鑑定方法を、魔力伝導の項目を中心に参考書で確認していると、午後の素材鑑定試験の開始時間が近づいてきた。
午後になり、実技試験の会場である小規模な会議室に入った。
長机が等間隔に並び、手元が見えないよう間仕切りがされている。受験者一人に対して試験官が一人つく形式だ。机の上には白い布が敷かれ、十個のさまざまな素材が並べられていた。情報は一切与えられていない十個すべての素材を完璧に鑑別しなければ不合格となる。
「これから素材鑑定士の実技試験を開始します」
試験官が説明を始めた。
「机上の十個の素材をすべて鑑定してください。素材名、主な特徴と効能を記入すること。机にある鑑定器具はすべて自由に使って構いません。時間は最大二時間ですが、終わり次第、担当の試験官に解答用紙を提出、退出してください」
私は静かに深呼吸した。
鑑定用の手袋をはめながら、目の前の素材をざっと確認する。薬草や魔力水晶、魔物の羽と牙、鉱石となにかの粉末など——その中でも、鑑定が比較的難しくない薬草から取り掛かった。
(葉はギザギザではなく丸い、それに根元の淡い黄色……)
指先で触れて、香りを嗅ぐ。拡大鏡で細部をしっかり確認して月光花と記入した。
月光花は、月の光を吸収して夜にうっすら光を放つ幻想的な植物。魔力回復薬の素材に使われる。
(敢えて花の部分を切り取っているのは、ムーンベリーと惑わせるためね)
見た目がすごく似た植物にムーンベリーがある。月の光を吸収するのは同じだが、根本が青白く、小さな甘酸っぱい果実が実るのだ。ジャムにするとすごく美味しい。
次は無色透明の魔力水晶を手に取る。魔力顕微鏡で覗いて内包物を確認してから、六属性の魔力を測定する魔道具で属性を確認した。
(無色透明、光属性なら……)
癒しの魔力水晶と記入した。癒しの力を秘めており、傷の患部に当てると治癒する。周囲の空気を浄化するので吊るして魔物避けに使用するのも一般的だ。
その後も順調に鑑定を進めて解答用紙を埋めていった。
(……残り二つ)
小さな瓶に入った、きらきらと乳白色に光る粉末。魔力測定器を当ててみると、反応が極めて微弱だった。
(えっ……? こんなに強く光っているのに、魔力反応がほとんどない……?)
該当する素材が浮かばなくて頭が真っ白になる。何回か深呼吸をしている内に、落ち着いてきた。
(ひとつずつ分かることを確認していこう)
偏光器を使った後、顕微鏡で粒子を覗き込んで手がぴたりと止まった。
(あっ……! この粉、もしかして二種類が混ざってる……?)
気づいてしまえば魔力の反応が極めて少ない理由も分かり、安堵の息を吐く。成分を見極めていくと、魔力のない真珠をすりつぶした粉の中に、高魔力の人魚の鱗を粉砕したものが、ごく少量混ざっていた。
二種類の素材名を書き、最後の素材に指を伸ばす。
(……これが一番難しそう)
最後に残していたのは、小指の爪くらいの大きさの欠片だった。
表面はざらつきや角が残っているが、角度を変えると内部から鮮やかな赤と橙の光がキラキラしている。
(ファイアーオパールの原石? それとも、サラマンダーの鱗の欠けたもの?)
光の角度を変えて何度も観察した。拡大鏡と魔力顕微鏡を交互に使い、内部の深紅の炎が生きているようにゆらゆらと揺らめいているのを確認する。
(ファイアーオパールなら、もっと規則的な光の屈折のはず……これは違う。不規則で鼓動しているなら魔物の可能性が高い)
今度は、六属性の魔力を測定する魔道具を試してみると、強烈に火の属性を指し示した。
(サラマンダーかな……? でも、何かが違う)
サラマンダーの特徴を思い浮かべる。灼熱の荒野に生息している魔物——
(……まさか)
思わず手袋を外して、素材を手のひらに直接乗せた。つるりとしていて、全く熱くない。
手応えを感じ、熱感知器にセットして内部の温度を確認した。表面の温度は室温とほぼ同じなのに、中心部は燃えるように熱い。
サラマンダーもレッドドラゴンも同じ灼熱の荒野に生息している。レッドドラゴンは灼熱の荒野にある活火山を住処とし、体内の熱が非常に高い。そして、表面温度は外部に影響されない特徴がある。
(間違いない。レッドドラゴンだわ)
解答用紙の最後の欄を埋め終えた。確認をして試験官に提出した。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
会議室を出た瞬間、張りつめていた緊張の糸が切れた。思わずふうっと長い息を吐く。筆記試験に続いて実技もやりきった。
(……全部、正解しているといいな)
リーフの預かり場に向かう。
預かり場で名前を告げる。
「リーフ君ですね。ローズマリーさんがいなくて最初は拗ねていたんですけど、預かった猫じゃらしで遊んだら機嫌を直してくれましたよ」
「よかったです」
受付の人と話していると、リーフが抱っこされて連れてこられた。
「………………にゃ」
「ごめんね、リーフ」
ぎゅっと抱きしめても最初は不機嫌だったのが、撫で続けていると喉が鳴り出した。リーフの鼻が私の鼻に甘えるように押し当てられる。
(……か、かわいい〜〜)
いつもより甘えん坊なリーフに、試験の疲れが一瞬で吹き飛んだ。
「リーフ、夕飯は美味しいもの食べようか?」
「にゃん!」
元気な返事に頬が緩む。
カイルから教えてもらった、従魔と一緒に食事ができる店を目指して歩き出す。今日の筆記と実技は手応えがあった。あとは明日の面接を残すだけ。
(絶対に、合格したい……!)
カイルの顔を思い浮かべながら、リーフの柔らかい毛並みを撫でる。王都の冬の風が、私たちの背中を優しく押していった。












