問24.その後
あの夜の後処理は、想像以上に大変だった。
呪いの魔道具である指輪は、その場で外すことができなかった。対象から離れた瞬間が最も危険だというので、王都から解呪専門の魔術師を呼ぶことになった。魔術師が到着するまでの三日間、私とリーフはカイルの家から一歩も出られなかった。
「ローズマリー、気分は悪くないか? 指輪が熱くなったりしてないか?」
「大丈夫です。イヤリングのおかげで呪いは抑えられているので、普通に過ごしても……」
「絶対に駄目だ! もしものことがあったらどうするんだ」
軽く考えていた私は、カイルにかなり怒られてしまった。
朝から晩まで、私の様子を頻繁に確かめに来て、左手の忘れな花の指輪を見るたび、眉間に皺を寄せる。
「……よりによって、指輪を嵌めるなんて」
「にゃ」
カイルの文句に、リーフが同意するように短く鳴く。
それからカイルは、呪いの指輪が見えないように丁寧に包帯を巻いてくれた。その過保護ぶりに、私は思わずくすくす笑ってしまった。
三日後、王都から来た魔術師によって呪いの指輪が無事に外された。その夜、カイルが二つの小箱を用意して私とリーフの前に置いた。
「まず、これをリーフに」
「にゃん」
リーフが興味津々で近づくと、カイルは柔らかそうな紺色の革に緑の刺繍で葉の模様を施した、美しい首輪をリーフの首に付けてあげた。その中央に雫型の紫のアメジストが一粒、優しく揺れている。
「よく似合ってる」
「にゃおん」
「リーフの首輪は、無くなってしまったからな」
「ありがとうございます……私も首輪がボロボロになってしまったのが気になっていたので、嬉しいです」
「よかった。知り合いの魔術師にイヤリングと同じ効果を付与してもらったから、リーフも安心だな」
「え……?」
呆気に取られる私に構わず、もう一つの箱をひらく。
「これはローズマリーの分」
中に入っていたのは、お洒落なブレスレットだった。一部に葉のモチーフが使われ、一粒の雫型のアメジストがリーフの首輪とさりげなくお揃いになっている。
「……素敵」
思わず本音が漏れてしまったけれど、触れることはためらってしまう。
(これも、イヤリングと同じ守護効果が込められているなら、すごく高価なはず……)
「あの……、カイル、これって高価なものなのでは?」
「知り合い価格にしてもらったんだ。それに、偽装組織を摘発できたお礼だから受け取ってほしい」
「えっと……、でも」
「ローズマリーが使わないなら、俺がプロミスリングの時のようにリーフとお揃いにしようかな」
カイルの指がブレスレットに伸びてくる。
確かに前の首輪は、カイルに渡そうと手作りした長さ違いのプロミスリングを使っていたのでお揃いだった。
でも、咄嗟にカイルの手を遮るように両手を広げてしまう。
「そんな! またリーフとお揃いなんて、ずるいです」
「ははっ、それならブレスレットはローズマリーが使ってほしい」
私は躊躇いながら頷く。
カイルが目を細めて笑うと、ブレスレットを手首につけてくれた。手元がキラキラしてあまりに綺麗で見惚れてしまう。
「にゃお」
「リーフとお揃いだね」
リーフが首輪を見せるように首を上げたので、喉をゆっくり撫でてあげた。ゴロゴロ心地よさそうに目を細めるリーフにふふっと笑みが漏れてしまう。
「なんだか羨ましいな。やっぱり俺もこの前みたいにリーフとお揃いにしようかな?」
「……っ!」
(それって、私ともお揃いになってしまうんですけど……?)
顔が熱くなって言葉に詰まると、カイルがくすっと笑う。
「冗談だよ。……でも、ローズマリーが身につけてくれたら嬉しいよ」
「……大切にします。ありがとうございます」
熱くなった頰を隠すように俯きながら、私は答えた。
「…………本当は指輪を贈りたかったけど、重たいよな」
「えっ、今なんて……?」
カイルが呟いた言葉が聞こえなくて、首を傾げたが曖昧に首を横に振ると、柔らかく微笑んだ。
「なんでもないよ。今日は解呪をしたから疲れただろう? おやすみ、ローズマリー」
「おやすみなさい……」
その夜、私はブレスレットを外すのも惜しくて、そのままベッドに入った。
そっと手首のブレスレットを撫でると、まるでカイルが隣にいてくれるみたいで、あっという間に眠りに落ちた。
§
呪いの指輪も外れ、事件から一週間後、私はカイルからモスたち三人の顛末を聞いた。皆それぞれ、代償を払うことになっていた——
モスは指輪が外された後も「自分はラシードとリリーに騙された被害者だ」と繰り返したが、指輪をしていた者全員が犯罪に手を染めていたわけではなく、モス自身の行為が特に問題視された。
接触禁止だった私を拉致、街中での魔物呼び寄せ香料の使用、素材偽装への加担——これら複数の罪に加え、反省の色が一切見られなかったため、呪いの効果が抜け次第、国の鉱山で九年間の強制労働が決まった。
病気に罹ることや命を落とす人も多い過酷な環境だ。きっとモスに会うことは二度とないだろう。そのことに心の底から安堵してしまった。
リリーは、ラシードの恋人としてギルドの情報を流していた。本人は直接には素材偽装に関わっていないが、利益を受け取っていたことが明らかになり、北の厳格な修道院に送られて四年間の奉仕活動をすることになった。
朝から晩まで修道院の清掃、身寄りのない病人の介護や孤児の世話などをする。今まで甘やかされて育ったリリーには厳しい生活になると思う。
ラシードは、長年にわたって偽装組織の中心人物の一人として関わっていたとみられている。希少素材の偽装、素材への魅了付与、偽の鑑定書作成、鑑定士の買収、闇ルートでの資金洗浄など、数々の嫌疑が浮上した。
しかし、王位継承権はかなり低いとはいえ彼が王族である以上、事態は一筋縄ではいかない。王都の調査官たちも、すぐには手を出せなかったという。
今回の事件で自国内での「偽の鑑定書作成」と「鑑定士の買収」については証拠が固まり、確定した罪として扱われることになった。一方、希少素材偽装の全容や、複数国にまたがる資金洗浄に関しては、まだ証拠固めが続いている。
ラシード本人は取り調べに対し、全面的に罪を認め、組織の情報を提供する代わりに自身の安全を求める司法取引を申し出た。現在も尋問は続いており、ギルドの幹部たちも「この機会に偽装組織を一網打尽にするため、王族である彼の処遇も含めて、慎重に進めている」とのことだった。
私も今回の件で証言を求められたが、カイルやギルドの仲間のおかげで、少しずつ日常を取り戻すことができた。そのことに、ほっと胸をなでおろした。
§ ︎
呪いの指輪が外れてからも、私は念のためカイルの家にお世話になり続けていた。
あっという間に季節は移り変わり、年の終わりが近づいていく——
冬の間、カイルと素材鑑定士の試験対策に没頭した。精巧に作られた偽装素材、見分けにくい素材を見破る訓練を中心に、毎日何十個も鑑定する。
「一見すると完璧に見えても、必ずどこかに不自然な矛盾がある。違和感を見逃すな。成分の違い、わずかな質感の差——それを五感すべてを研ぎ澄ませて鑑定するんだ」
「はい……!」
「先入観を捨てて、素材そのものと向き合うようにすれば必ず分かるよ」
カイルの厳しくも優しい指導に、私は何度も頷きながら、鑑定力を磨き続けた。
試験対策が大詰めを迎える頃、年越しの朝にカイルから話しかけられる。
「この地域には、年越しに風の精霊をイメージした特別なパンがあるんだろう?」
「そうです。風の精霊は、みんなと遊ぶのが好きだったみたいで、屋台で沢山売られていますよ」
「へえ。珍しいから食べてみたかったんだ。おすすめの店はある?」
「……えっと」
思わず言い淀んでしまった。
節約していたので、購入して食べていなかったなんて言いづらい。
「ローズマリー?」
「あっ、実は買って食べたことはなくて……いつも自分で作ってたんです」
「へえ、それは凄いな。俺も作ってみたい」
「ええっ、で、でも、買ったほうが美味しいと思うんですけど……」
「うーん、それは来年の楽しみにとっておくよ。今日はローズマリーと一緒に作りたい——駄目かな?」
ぶんぶん首を横に振った。
「私でよければ教えますね」
「ローズマリーと一緒に作りたいんだよ」
(また、そういうことを言う……)
甘い言葉は何回聞いても慣れなくて、心の奥がくすぐったくて、でも嬉しくて。そわそわして叫びたくなって、頬が緩んでしまう。
風の精霊をイメージした、三つ編み状に編み込まれた揚げパン——トレンサパーネは、外はカリッと軽やかで中はもちっとしている。それに果物のジャムをたっぷりつけて食べるのだ。ジャムのほどよい酸味が、トレンサパーネにとても合う。
風の精霊を想いながら新年を迎えるのが、この土地の風習なのだ。
早速、ヴィクターさんに材料を用意してもらって、作り始める。
「こうやって、編みながら作るんですよ」
「……思ったより難しいな」
カイルのリクエストで作り始めたはずが、気づけば私もすっかり夢中になってしまった。長すぎるもの、小さくちぎれたもの、形も大きさもバラバラになってしまったものも、笑いながら次々と鍋に入れて揚げていく。
「気分転換になったみたいでよかった」
揚げたてを味見するために頰張りながら、カイルが柔らかく微笑んだ。
「もしかして、私の気分転換のために作りたいって言ってくれたんですか?」
「それもないわけではないが、俺がローズマリーの手料理が食べたかった——が、正解かな」
「……っ」
(急に甘くなるの心臓によくない——!)
じとっと睨んでも、トレンサパーネとジャムを早く食べるために並べているカイルを見たら、くすくす笑ってしまった。
(意外と、食いしん坊なんだよね)
二人で色々なジャムを試す。
ブルーベリーやマーマレードのような定番のものからちょっと珍しいバラのジャムもあった。私はイチジクのジャムが特に気に入って、もう一度たっぷりつける。
「そのジャム、美味しいの?」
「はいっ! イチジクのジャムが合いますよ」
「そうなんだ。それ、一口ちょうだい」
ジャムを差し出したはずが、カイルの手が私の手首を優しく掴んだ。
「……えっ」
そのまま、私が持っているトレンサパーネを一口かじった。
(〜〜〜〜っ!?)
一瞬で、顔が熱くなった。
「も、も、もうっ…………!?」
「ごめん、美味しそうでつい」
「びっくりするので、突然するの、や、やめてください!」
「突然じゃなかったら、していいってこと?」
「し、知りません……!」
ニコリと微笑むカイルに敵いそうもない。心臓がバクバクしたまま、真っ赤な顔でそっぽをむく。ジャムの甘さは、もう全然感じられなかった。
夜更け、バルコニーで二人並んで星を眺めていた。
新年を迎える夜、流れ星を見つけて願い事をすると叶うと言われている。街の人々は皆、空を見上げながら年を越すのだ。
キラリ——
(素材鑑定士になれますように……! そして、カイルにちゃんと気持ちを伝えられますように……!)
祈り終えて隣を見ると、カイルが優しくこちらを見つめていた。
「どんな願い事をしたの?」
「……素材鑑定士になれますようにってお願いしました」
「叶うよ」
「ありがとうございます。カイルは何をお願いしたんですか?」
「それは、内緒」
「ええっ、ずるいです……」
膨らませた頬にするりと手を添えられ、その手から、温かさがじんわりと伝わってくる。
「俺もローズマリーの素材鑑定士の試験が受かりますようにってお願いしたよ」
「……ありがとうございます」
「俺のためにも受かってよ」
(そうだよね……こんなに教えてもらってるんだもの、絶対に受かりたい)
カイルの美しい紫の瞳が、星空の下でより深く輝いて見えた。どんな星よりも綺麗で、吸い込まれそうになる。
親指が頰をそっと撫で、私は思わず息を詰めた。視線が絡み合い、心臓の音が耳の奥で大きくなっていく。頰から耳の後ろに手が入り、カイルの顔がゆっくり近づいてきて——そのとき、街中に新年の鐘が美しく、力強く鳴り響いた。
「っ!」
唇が触れそうな距離から、パッと体が離れる。
(えっ、今のって……?)
「…………新年おめでとう」
「は、はい……新年、おめでとうございます」
顔が痛いくらいに熱い。耳の先まで真っ赤になっているのが自分でもわかった。
カイルが来てからの一年は、本当に怒涛のような年だった。今年こそは、いい年になりますように——そう願いながら、私はまだ鼓動の速い胸をそっと押さえた。












