問21.指輪
あれから、ノヴァさんにフォレストベアの胆のうを渡した際に、偽装ネックレスの件を報告した。
念のためギルド長に報告を上げるよう指示を受け、私は少し緊張しながらギルド長室を訪れた。
「なるほどね。リリー嬢が持っていたネックレスが、注意喚起にあったデザインに似ているんだね」
「はい……実物を確認できていないので、断定はできないのですが……でも、見たときに違和感があったのを覚えていて——」
先輩のエレナさんもそのネックレスを見ていたことを伝えた。
「……そうだったのか。知らせてくれて助かるよ」
カイルは少し考え込むように目を細め、報告用紙を一枚つまんでこちらに差し出した。
「報告書にして提出してくれるかな? 偽装されたネックレスも装備も販売されていたのは王都なんだ。でも、どこかに拠点があるはず……まだこの時点では動くことはできないけど、記録が残っていれば後で動きやすくなる」
「わかりました」
私は慌てて頷いた。
素材の偽装はギルドだけでなく、国にとっても深刻な問題だ。特に自ギルド職員が関わっているとなれば、大問題になる。報告用紙を受け取ると、カイルが静かに続けた。
「リリー嬢の付き合っている王族の件だけど……俺の方で少し調べておくよ。エラビーヌ王族を名乗っているなら、なおさら気になるところだ」
「お願いします」
(やっぱり相談してよかった……)
ホッとしたような、頼もしさを感じるような気持ちで、私は小さく頭を下げた。
「——それと、モスの件だけど……なにか接触があったらどんな些細なことでも俺に言ってほしい」
あまりに真剣に見つめられて、思わず瞬きする。
「心配なんだ。ローズマリーは俺の大切な人だから」
「っ!」
(〜〜いっ、いきなり、甘いです!)
とろりとした甘いまなざしにあぶられて、頬が熱くなっていく。このまま一緒にいたら余計なことまで口から飛び出しそう。
「あ、ありがとうございます。あとで報告書を持ってきます……っ」
逃げるようにギルド長室から飛び出した。
§
それから何事もなく二週間が経過し、頭の大部分を占めていたネックレスの件は、試験勉強や日々の業務で頭の片隅に追いやられていた。
「にゃ! にゃん!」
「リーフどうしたの?」
「うにゃにゃ——!」
仕事を終え、自宅に帰ると、リーフが玄関ドアの隙間の前で何度も鳴きはじめる。どうしたのだろうと近づくと、封筒のようなものがドアの下の隙間に無理やりねじ込まれていて、リーフが前足で必死に掻き出そうとしていた。
「……なんだろう?」
鍵をあけて、リーフの代わりに拾い上げる。それは、宛名も差出人の名前もない白い封筒だった。
チラシが郵便受けに入っていることもあるが、それとは違う異質な手紙に警戒心が跳ね上がる。リーフと一緒に部屋に入ると、きちんと扉を施錠した。
(どうしよう……。カイルと一緒に開けたほうがいい? でも、危険かどうかもわからないのに、煩わせるのも……)
迷ったけれど、中身に触れないように手袋をして慎重に開封すると、便箋の間から指輪が出てきた。
金色の華奢なリングに、透明なガラスの中に青く可憐な小花が閉じ込められている。幼い頃に憧れていたような花の指輪なのに、大人の女性がはめても違和感のない華やかな可愛さだ。
(……でも、なんだか気味が悪い)
便箋をひっくり返してみても何も書かれていないが、この小さくて可憐な青い花に見覚えがあった。
(これって『忘れな花』よね? 忘れな花って……)
——昔、若い騎士ライオネルと、恋人の妖精シルフィアは、異世界とこの世界を繋ぐ大河のほとりを歩いていた。
水際に青く輝く忘れな花を見つけ、ライオネルはシルフィアのために摘もうとした瞬間、足を滑らせて河に落ちた。流されながらも花を摘み、岸へ投げて叫ぶ。
「シルフィア、僕を忘れないで!」と言いながら、ライオネルは光の粒となって異世界に消えた。それ以来、シルフィアは生涯その忘れな花を指輪に封じ続け、彼のことを決して忘れなかったと言われている。
忘れな花の花言葉は『私を忘れないで』……そして『真実の愛』だったはずだ。
(考えたくないけど……モスから……?)
モスは、私の家を知っている。
それにリリーがモスに伝えると言っていた記憶が頭をよぎり、鳥肌がぞわりと立った。
(モスじゃないかもしれないけど……)
捨ててしまいたいのを堪えて、明日になったらカイルに相談してみようと気持ちを落ち着かせる。
その夜、私は手紙を引き出しの奥にしまい込み、ベッドに横になった。丸くなるリーフに顔を当てて、いい匂いを吸い込んでみても、なかなか寝付けない。
(なんのために、こんなことを……?)
頭の中で、なぜ、どうして、がぐるぐると回る。
結局、あまり眠れないまま朝を迎え、早めにギルド長室へ向かった。部屋の前で副ギルド長に声をかけられた。
「ローズマリー、ギルド長は今朝早く王都に出発したぞ」
「え?」
予想外の言葉に、私はぽかんとしてしまった。
「元々は来週の予定だったギルド長会議だ。夜遅くに緊急議題を追加するって王都から連絡があって、日程が前倒しになったんだ」
「……そうなんですね」
(……聞いてない。こんなに急に決まるなんて)
副ギルド長は肩をすくめながら続けた。
「急な召集だってことは、数日かかるかもな」
「……長いですね」
相談しようと思っていた手紙の入った鞄をぎゅっと握りしめる。
(話したかったけど、大事な会議だから仕方ない……でも、それならリリーに聞いてみよう)
リリーにモスに私のことを伝えたかどうか聞けば、この手紙の送り主は分かるはずだ。
一瞬だけ、この指輪がカイルの可能性が浮かんだが、カイルなら送り主の宛名や手紙も書くだろうと即座に否定した。彼がこのような相手を不安にさせるようなことをするわけがない。
「ローズマリー、ギルド長になにか用事だったのか? 俺で分かることなら代わりに聞くぞ」
「……いえ。帰ってきてからで大丈夫です。ありがとうございます」
副ギルド長に会釈をして、リリーのところへ向かう。いつも始業時間ぎりぎりに来るリリーが、珍しくすでに席に着いていた。私が近づくと、リリーは目をぱちくりさせたあと、唇を尖らせた。
「あれ〜? ローズマリーさん、どうして指輪してないんですか〜?」
「っ! どういうことですか……?」
私は声を潜めて聞き返した。
「あっ、まだ、モスさんから指輪は届いてないんですね! 届いたらちゃんと身につけてくださいね〜。忘れな花の指輪って、復縁したい恋人たちの定番なんですよ」
「復縁……ですか?」
思わず眉を寄せてしまう。
「リリーの彼氏が作ってて、すごく評判いいんですよ! 一度離れた恋人もまた呼び戻せる『復縁リング』は、相手が身につけたら、絶対に復縁できるんです。忘れな花のお話って知ってますか〜?」
「……知ってますけど」
「んふふ。あの話って、実は続きがあって〜指輪に願いを込めて祈り続けたら、異世界から恋人を呼び戻せて再会できたんですよ〜」
「そ、そうだったんですか?」
忘れな花の逸話に続きがあったのは知らなかったので驚いてリリーを見つめれば、得意そうににっこり微笑んだ。
「考えたのは、彼なんです! すごくないですか〜?」
「え……? そう……ですかね?」
「うふふ。一度離れてしまった恋人もまた会える『復縁リング』には、復縁するための決まりがあるんです。まず指輪を復縁したい相手に贈るんですよ。それで相手が身につけたら、絶対復縁できるんです! だ、か、ら、ローズマリーさんも指輪が届いたら、必ず身につけてくださいね〜」
(絶対身につけたくない……! でも……)
やっぱり指輪の送り主はモスで間違いなかった。
たまたまかもしれないけれど、もしも相手が身につけたら絶対に復縁できるとしたらおかしい。人の気持ちはそんな簡単なものではないのだから。
(気持ちを操作するなんて、洗脳や呪いに近い。もしかして……)
エラビーヌ王国のダンジョンには不思議な魔道具もあるという。私の手元にある忘れな花の指輪を調べれば、なにかわかるかもしれない。
(リリーの嬉しそうな笑顔が、怖い……)
私は無理に微笑みを浮かべてその場を離れたが、頭の中はぐるぐる回っていた。カイルが傍にいてくれたら、と思ってしまうけれど王都にいる彼に相談することはできない。
(一人でも大丈夫……帰ったら指輪を調べてみよう)
仕事を終えると急いで家路につく。
手袋をはめて、私は昨日届いた指輪の入っている手紙を引き出しから取り出した。
(魔道具だと想定するならば、指輪の内側やガラスの台座があやしいはず……)
私は深呼吸をしてから封筒を開けた。指輪だけをそっと手のひらの上に乗せる。
青く可憐な忘れな花が、透明なガラスの中に閉じ込められていて、一見すると、ただの美しいアクセサリーにしか見えない。
でも、私は素材鑑定士の卵だ。毎日、冒険者たちが持ち込む素材や魔道具を目にしてきた経験がある。なにか違和感を感じる。
「……あれ?」
デスクライトの光にかざし、内側を丹念に観察をはじめた。
(……内側に、細かい刻印がある)
肉眼ではほとんど見えない古代文字のような記号が、リングの内周にびっしりと刻まれていた。明らかに異質で、ただの装飾ではない。古代文字に近いような、見たことのない記号の羅列。
次にガラスの台座部分を注意深く調べていると、カチッと小さな音がして中央がわずかに沈んだ。
「っ……!」
瞬間、台座の縁から細い針がするりと飛び出した。
長さはほとんど見えないほどの極細の針だ。針の先端には、うっすらと紫がかった光が宿っている。
私が指を離すと、針はすぐに台座の中に引っ込んだ。背筋が凍る。
針を刺し、契約したい者の血を媒介にして魔力を強制的に指輪へ流し込み、契約を結んでしまえば、簡単には外せなくなるのだろう。
(これをはめた瞬間、強制的に契約をさせられてしまったってこと……?)
精神操作や魅了の魔道具なら、一方的に贈る側の思いを押し付け、受け取った側の気持ちを無視される。想像しただけで吐き気がした。花言葉の『私を忘れないで』が、急に恐ろしい呪いの言葉に聞こえてくる。
私は震える手で指輪を封筒に戻し、絶対に素手で触らないよう厳重に封をした。
(これ、絶対にただの復縁リングなんかじゃない)
正確な効果までは読み取れなかったけれど、少なくともただの指輪ではないということだけは確信が持てた。
(明日、ノヴァさんに鑑定を頼んでみよう……それから……)
「ウーッ! うにゃあ……!」
突然、リーフが喉の奥で低く唸るような声を上げ、耳を倒して玄関に向かって走り出した。毛を逆立て、ドアの前で威嚇するように鳴き続けている。
(……まさか)
嫌な予感がして近づくと、昨日と同じ封筒が、再びドアの下の隙間にねじ込まれていた。
「〜〜〜っ!」
声にならない悲鳴を喉の奥で押し殺し、両手で自分の身体を抱きしめた。
「…………にゃん」
どれくらい経っただろう。リーフが心配そうに足元にすり寄ってきたので、ようやく封筒を拾い上げる。
深呼吸をして開封した。
『離れてからも、ずっと一途に思っていてくれたことを知っているよ。
ギルド長に脅されて、あの時オレの胸に飛び込めなかったのも、ちゃんとわかっているから安心して。
邪魔者はいない。明日の夕方、噴水の前で待ってる。一緒に街を出よう。指輪をつけてきてくれたら、君をもっと愛せる。照れて来なくても必ず迎えに行くから安心して。オレの一番は、ずっと君だよ。
あなたの想い人より』
手紙を放り出さなかった自分を褒めてあげたくなった。あまりに身勝手で一方的な手紙に、気持ち悪くて身震いをしてしまう。
(…………モス)
彼の冒険者の書類は何度も見ている。少し角張った癖のある字は間違いなくモスのものだ。
(カイルに相談したい……早く帰ってきてほしい……)
でも彼は王都でギルド長会議中だ。数日は帰ってこられない。
指輪の感触が、まだ指先に残っている気がして、思わず自分の手をぎゅっと握りしめた。
(……どうしたらいいんだろう?)
途方に暮れたまま、私はリーフを抱きしめ、震える息を吐きだした。












