問20.宝石
ギルドへ向かう道の街並みが、日に日に赤や黄色に染まっていた。
お祖母様を訪れてから三か月が経ち、季節はすっかり秋になっていた。今でも、あのラヴァンド畑での会話や、自分からカイルにプロポーズしてしまったことを思い出すだけで、顔が熱くなって叫びたくなる。
最近はカイルの家で試験勉強をする機会が増えていた。
私が問題を解いた後、カイルがわかりやすく丁寧に解説してくれる。秋に大型化する熊の魔物——フォレストベアの素材が試験に出ることが多いことから、魔力結晶化する胆のうの仕組みと、素材としての効能や価値について教えてもらった。
「フォレストベアの胆のうは、粉末にして使うんだ。高い解毒効果がある上に、呪いを解毒する素材としても重宝される」
「呪いを解くのにも使えるんですね」
「ああ、そうだ。魔力が濃縮されているほど素材としての価値が高い。通常だと黄色くらいなんだが、最高峰に濃縮されている胆のうは、深い緑色で宝石みたいなんだ」
「宝石……! 見てみたいです」
「運が良ければ、魔力が濃縮したフォレストベアが、うちのギルドに持ち込まれるかもしれないな」
宝石みたいな胆のうを想像しながら頷いていると、視線を感じた。カイルが優しく目を細め、私を見つめていたので、つい顔が熱くなってしまう。
(視線が甘すぎる……心臓がどきどきして爆発しそう)
お祖母様を訪問して以来、二人きりになるとカイルの雰囲気が甘くなることが増えたように感じる。でも、甘やかな空気が流れると、「にゃん!」とリーフが私たちの間に割り込んでくるようになった。
時間があれば二人で季節の素材を知るためと気分転換も兼ねて、近くの森へ素材採集に出かけることもある。カイルが魔物の気配を察知しながら、私が安全に採取できるように見守ってくれる時間が心地いい。そんな時間を重ねて、私の好きの気持ちも静かに降り積もるように増えている。
でも、今はそんな甘い余韻に浸っている場合じゃない。素材鑑定士の試験が、刻々と近づいている。
(……まだ、怖いけど)
あの朝のラヴァンド畑で、カイルの本当の気持ちを聞くのが怖かったことを、今でも思い出す。
でも、この三ヶ月で少しずつ変わってきた。カイルと過ごすたび、好きという想いがどんどん大きくなっている。ただ泣いてすがっただけの私ではなく、ちゃんと努力して、自信を持って彼の隣に立てる私になりたい。
(試験に合格する!)
胸を張って「合格したよ」って報告したい。その上で私の気持ちを伝えて、カイルの本当の気持ちも聞きたい。
契約で結ばれた関係のままでは、もういたくない。
そのためにも恋よりもまず、一年に一回しかない素材鑑定士の試験に合格して、資格を取らなくてはならない。
素材鑑定士の試験は、筆記と実技の二つから成り立っている。魔物・鉱石・植物・希少鉱物など、多岐にわたる素材の特徴を問われる試験だ。筆記試験は、カイルの指導で合格ラインに近づいてきたが、実技試験はまだまだ実践が足りていない。
今は秋だから、年明けすぐの試験までの時間を考えると、焦りばかりが募っていく——
(試験のことは一旦置いて。今は目の前の仕事に集中しないと)
ギルド証を魔法水晶にかざして出勤する。エプロンを身につけて、作業台のある仕事場に入った。
当初はモスとリリーと距離を置くための一時的な異動だったが、カイルと副ギルド長、素材鑑定士のノヴァさんの協議で、試験が終わるまでノヴァさんの下で働けることになった。
(みんなが配慮してくれているんだから、絶対、期待に応えたい……!)
「ノヴァさん、おはようございます」
「おう、おはよう。今朝、注意喚起の案内がきてたから目を通しておいてくれ」
「はい、わかりました」
素材鑑定士のノヴァさんに渡された注意喚起の用紙に目を落とす。女性向けのアクセサリーに偽装素材が使われているらしい。注意喚起の横に添えてあるアクセサリーのイラストはいくつかあった。
ゴールドに輝く繊細なフラワーモチーフが連なるもの、華奢なシルバーのチェーンに一粒のビジューが煌めくワントップネックレス——
(あれ? どこかで見たことのあるような……?)
記憶の片隅に引っかかった資料をじっと見つめる。
「そのアクセサリー、ドラゴンの逆鱗が使われているって触れ込みなんだが、実際は中級の宝石に魔力の流れを乱す塗料が塗られてるんだ」
ノヴァさんの声に、資料から視線を上げる。
「そうなんですね。でも、冒険者じゃない女性なら、ただのアクセサリーとして気づかないでしょうね……魔力の流れを乱す塗料に気づくなんて、素材や宝石の知識がないと難しいと思います。それに、贈る男性も『ドラゴンの逆鱗』と聞けば『永遠の愛の証』だと思って、高額でも疑わないでしょうね……」
一枚しかない逆鱗に触れるとドラゴンが激昂する、という古い伝説が脚色され、今は『運命の相手にだけ捧げられる』というロマンチックなものになっている。婚約者や恋人に贈られたいと憧れを持つ人も多い。
「そうだなあ。本物の逆鱗なら、装備に使えば魔力増幅効果が抜群で、耐久性も桁違いに上がる。呪いや毒への耐性も強化されるんだが……偽物には、そんな効能は一切ない」
「……偽物ですもんね」
「ああ。しかも最近は、冒険者の防具からも同じ偽の逆鱗が見つかっているらしい。中級宝石に魔力の流れを乱す塗料を塗って、逆鱗に見せかけた加工品だ。アクセサリーならまだしも、防具に使われてたら命取りになるぞ……」
「えっ? 冒険者でも気づかないんですか……?」
不思議に思って私が尋ねると、ノヴァさんが話を続けた。
「……そうらしい。逆鱗の偽物が使われた防具の実物を見たことがないから、なんとも言えないんだがな——もしそんな偽装された防具を信じて、命を落とすようなことになったら……ギルドとしてもかなり頭が痛いところだな」
「本当ですね……」
「なんにせよ、ドラゴン素材なら宝石鑑定士より素材鑑定士のほうが専門分野だからな、これからはこういった加工品が鑑定品として持ち込まれることも増えるかもしれん」
私が頷き、話が一段落して準備を再開しようとしたら、ノヴァさんが思い出したように付け加えた。
「ああ、そうだ。解体士からフォレストベア解体が終わった連絡が来てたから、取りに行ってくれ」
「わかりました」
フォレストベアのような大きな魔物は、ノヴァさんの作業台では解体しきれないため、専門の解体士に依頼する。受付で冒険者から素材の買取依頼を受け取った後、大型個体はギルドの外にある一時置き場に運び込まれ、そこから解体へ回される流れだ。
私も今回の買取依頼のあったフォレストベアを、ギルドの一時置き場で遠目に見た。かなりの大きさだったので、もしかして魔力が濃縮された宝石の胆のうが見られるのではないか、と期待している。
胆のうを受け取るために、解体を行う解体棟に向かう。解体棟はギルドの建物本体からは少し離れた場所にある。
正門から見て裏手、北側に広がる広い敷地の一角だ。石畳の通路を進むと『素材解体棟』の看板が掲げてある平屋の建物が見えてきた。
扉を開けると、なんともいえない独特な臭いが漂う。
「にゃお!」
リーフが大きな声で鳴くと、中央の作業台で打ち合わせしていた解体士が振り返り、迎えてくれた。
「リーフにローズマリーか、ノヴァさんに頼まれていた胆のうを取り分けておいたぜ。今回の胆のうは魔力結晶が濃くて凄いぞ!」
「……っ!」
素材の劣化を防ぐ薬液に浸された瓶詰めの胆のうを見せられて、思わず息を呑む。
(カイルが言っていたとおり、本当に宝石みたい……!)
魔力が濃縮された胆のうは、深い緑色に煌めいていた。
カイルと勉強したときに聞いていた言葉が、そのまま頭の中で蘇る。
まさかこんなに早く、実物を見られるなんて。
「す、すごいですね……」
「おうよ。こんな立派な胆のうは、滅多にお目にかかれないぞ。あとは、これな。他の毛皮や肉の部位なんかの買取り査定表だ」
「確かに受け取りました。ノヴァさんに渡しますね」
煌めく胆のうと、フォレストベアを解体した素材部位毎の買取り査定が記入された用紙を受け取る。
「おうよ。最高の胆のうだ、早く持って行ってやれ」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、解体士たちがニカっと笑う。外に出ると日差しが心地よくて、秋にしては柔らかな風が吹き抜けていった。
瓶詰めを大切に抱えながらギルドの廊下を歩いていると、角を曲がった瞬間——
「きゃっ!」
危うく人にぶつかりそうになった。
私は慌てて後ろに飛び退き、フォレストベアの胆のうが入った瓶をぎゅっと胸に抱きかかえる。落としたら大変だ。
「もう、ローズマリーさん。危ないじゃないですか〜」
甘ったるい声が廊下に響き、顔を上げるとリリーが立っていた。リリーの視線が、私が抱えている瓶にぱっと止まる。
「ローズマリーさんの持ってるの、すごくキレイですね〜! なんの宝石ですか〜?」
リリーが興味津々で身を乗り出してきたので、私は少しだけ瓶を傾けて見せた。窓から差し込む日差しにキラキラと反射する。
「これは宝石じゃなくて、フォレストベアの胆のうなんです。魔力がすごく濃縮されていて、解毒効果が高い素材なんですよ」
私の言葉を聞いた途端、リリーの表情がさっと変わった。
「……胆のうってことは、魔物の内臓ですか〜? な〜んだ宝石じゃないんだ。よく見たら形とか気持ち悪いですね」
彼女は眉をひそめ、好奇心たっぷりの顔が一瞬で嫌悪に染まる。
(フォレストベアの胆のうは、とても貴重なものなのに……)
思わずむっとしてしまう。
そんな私の顔を見たリリーが、大袈裟に声を上げた。
「やだ、怖い顔! ローズマリーさん、睨まないでくださいよぉ。そんなに怒ると、シワができちゃいますよ?」
リリーがわざとらしく両手を頰に当てて、くすくす笑う。
どれほど貴重な素材なのか反論したくなったけど、グッと堪える。このままリリーの顔を見ていたら、腹立たしさがこみ上げそうなので、顔から視線を外した。下へ落とした視線は、何も身につけていない胸元へと変わる。
(あれ……?)
なぜかその胸元の空白が、逆に妙な違和感を覚えた。以前、リリーの胸元に仕事でするには華美なネックレスがついていた気がする。
(……待って。そうだ、あの注意喚起のネックレスって……?)
数ヶ月前、ギルドの倉庫でリリーのネックレスを見た光景が、頭の中にぱっと蘇る。
リリーが自慢げに胸元を揺らしながら、「モスからのプレゼントなんですよ!」って笑っていたネックレスは、ゴールドに輝く繊細なフラワーモチーフが連なるものだった。
そして、さっきノヴァさんが見せてくれた注意喚起のイラストと、デザインがそっくりだ。
(気のせいかもしれない……でも——)
あの時、倉庫の少し薄暗い中でも、素材のわからないネックレスが妙に気になった。なによりデザインが似ている。
「……あの、前にモスさんからプレゼントされたって言っていたネックレス、まだ持っていますか?」
リリーの目が大きく見開かれる。
「ええ〜やだ〜! ローズマリーさん、まだモスさんに未練があるんですか〜?」
「そういうわけじゃないです」
否定をしたが、リリーの勢きが止まらない。
「隠すことないですよ〜! 復縁いいと思うので、リリーは応援しちゃいますよ」
私は深呼吸して、なんとか冷静さを保とうとした。
「リリー、モスさんとはなんでもないっていうか〜モスさんはリリーの運命の相手に引きあわせてくれた人なので、幸せになってほしいんですよね」
「いえ、そうではなくて……!」
「あっ、ネックレスの話でしたよね? モスさんがプレゼントしてくれたんですけど、実は——今お付き合いしてる方がリリーのネックレスを見て、僕の作ったアクセサリーをしてるって声を掛けてくれたんですよぉ」
「えっ?」
(偽装素材かもしれないネックレスの製作者が、リリーのお付き合いしてる人……?)
あまりに驚く私の反応に気分をよくしたリリーがにっこり笑みを深めて得意そうに話し続ける。
「彼ったら『君に出会えたのは運命だけど、誰かのものだったなんて運命って皮肉だよね』って言うんです。なんか、ロマンチックじゃないですかぁ? ——そうしたら、なんと、彼はエラビーヌ王国の王族だったんですぅ」
エラビーヌ王国は、地下に複数の巨大ダンジョンを持つ豊かな大国だ。ダンジョンで自然発生する魔物の魔石が、魔道具の動力源として大陸中で使われている。
(王族がアクセサリー作りなんてする……? ダンジョン資源が豊富なエラビーヌの王族が、なぜこんな王都でもない地方に……? 変じゃない?)
「ギルド長もちょっといいなって思ったんですけど〜Sランク冒険者といっても侯爵家の次男ですもん。王族とは比べものにならないですよね〜」
うっとり両手を組んで微笑むリリーが、パッとこちらに明るい笑顔を向けてきた。
「——というわけで、モスさんはお返ししますね」
「…………え?」
突然の宣言に頭の理解が追いつかない。ぽかんとする私を見て、リリーが呆れたようにため息をはいた。
「だって、モスさんって運命の相手に引き合わせてくれたキューピッドなのに、ギルドに怒られてるし、彼女もいないんじゃ可哀想じゃないですか〜? リリーとは付き合えないけど、ローズマリーさんならフリーですもんね」
(いやいやいや……! どうしてそんな理論になるの?)
「——お断りします」
「またまた〜照れなくても大丈夫ですって。リリーに任せておいてください」
「本当にモスとは、もう二度と関わりたくないんです!」
「うんうん、わかりました。大丈夫で〜す」
手のひらをひらひらと振ったリリーが去っていく。不安だけが残ったまま、私は胆のうを届けるためにノヴァさんのところへ急いだ。
手の中で宝石のように煌めく深い緑の胆のう。それとは正反対に、私の胸中は暗く沈んでいた。












