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元勇者、我が子と国道沿いをうろつく  作者: ---


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9/9

第9話 2025年・冬・自衛隊基地跡地公園

 一方そのころ、轟剛三郎の自宅。

 リフォームした部分としていない部分で継ぎはぎになっている古団地のリビングは、暖房もついていないまま静かに冷え切っていた……。


「ウウッ……酷い夢を見た……氷の城での野営中に冷えすぎて動けなくなる夢……」


 古い砂壁に囲まれて、新しめのシーリングライトの白い光に照らされ続けた轟剛三郎が目を覚ます。

 シンプルに寒かったというのもあるし、

 まだまだアドレナリンが出まくっていて眠りが浅かったからかもしれない。

 轟剛三郎はだるそうな様子で体の上にかけられていた掛け布団を取って、のっそりと起き上がった。


「……ん? アンジェリカ? ケニー君?」


 彼は周囲を見回しながら子どもたちの名前を呼んだが、周囲に人の気配はい。


「……どういうことじゃ?」


 轟剛三郎は首をかしげつつ、家の中を見て回った。


 風呂場。

 底冷えする黒い玉砂利の床と水色のポリ浴槽が合わさった古い風呂場には、今は誰の気配もない。


 トイレ。

 和式便器に無理やりプラスチック製便座カバーをかぶせて洋式にしているこの場所にも……ここにも、誰もいなかった。

 トイレのドアから顔を出して玄関に目を向けると、きっちり二人分の靴がないのが見えた。


「……。

 ……。……アイツら! こんなに夜遅いのに遊びに行ったのか!!」


 轟剛三郎は洋式便座にドンッと座り込んで頭を抱えた。


(外は危険なんじゃぞ!? 車にでもかれたらどうするつもりじゃ!!!!)


 部屋中をうろうろして、祈るような気持ちでベランダに出て、ごみ袋にまみれつつも周囲を見てみる……誰もいない。


 なんと、道路向こうのコインランドリーにも人の気配がなかった。


「……メニュー画面オープン、魔法補助魔法、ノクティヴィジョン……」


 轟剛三郎は夜目がきくようになる補助魔法を使って、

 畑の目立つ深夜の地方都市の街並みに目をらす……が、いない……。


 玄関を開けて周囲を見たが、共用部にもいないようだった。

 ドアを閉めて、無理やり深呼吸して、落ち着きのない様子でリビングに戻る。


(ママママズいぞ……マズいぞ!

 いったいどうやって探せばいい!?

 人間が徒歩で移動できる範囲はそんなに広くないとはいえ、この町は広くてワシ一人で探すなんて無茶だ!!)


 轟剛三郎はケニー君の使っていた人探し魔法(?)がめちゃめちゃうらやましくなったが、今使えないものは使えないので、他の方法を考えるしかない。

 必死に頭をフル回転させ……一つの結論にたどり着く。


「……クソッ、できるかどうかは分からないが、やってみるしかない!

 大勇者ナメんなよ! ……やってやる!」


 腰を落として、自分の髭をなでて、祈るように目を閉じた。


「……。

 ……召喚魔法の、応用じゃ!!」


 と、彼が叫ぶや否や、髭がビカアアアアッと激しく光った。

 みるみるうちに世界が色をなくし、人類の女神の魔法の光で白く染まる……。

 ……やがて世界は元通りの景色となり、

 轟剛三郎は人の身でありながら神の魔法を使った代償を受けて、

 その場にドサリと崩れ落ちた。


「ハア、ハア……ウウウ……」


 崩れ落ちた轟剛三郎の体はさらに老けてしまっていた。

 シワシワの体はもう中年と呼ぶのも難しく、

 ちょっと筋肉質な高齢者のそれである。


「やった……か……」


 轟剛三郎は脂汗をかきつつも、ほっとした風に笑った。

 彼が人間でありながら神の力を振り回して、多大なリスクと膨大な生命力をささげて、異世界から呼び寄せたもの、それは……。




 団地の1LDKいっぱいの、猿の群れだった。




「ウキィー……」


 猿たちはニホンザルのような見た目をしており、

 おのおのがキー……キー……と戸惑いの声を上げていた。


 ……彼らの種族名は魔の猿、魔猿まざる


 かつて、轟剛三郎ファミリーと異世界の温泉を巡って本気の縄張り争いをしたライバルたちである。

 魔猿と轟剛三郎たちは山の中で威嚇いかくし合い、怒鳴り合い、殴り合い……。


 なんと、最終的に和解することに成功していたのだった。


 そんな魔の猿・魔猿たちが今、いきなり異世界である現代日本に召喚され、身動きが取れないほどに戸惑っている。


 なんとか息を整え、ヨロリと立ち上がる轟剛三郎。

 こわごわと轟剛三郎を見守る猿たち。

 猿の中の一匹が、おずおずと控えめな様子で質問をした。


「キー……。

(お久しぶりです轟の旦那。……あの、なんでワシらをこの場所へ?)」

「うむ……久しぶりだな魔の猿・魔猿たちよ。

 ここはワシの故郷の街だ……お前たちの世界とは全く別の世界でもある」


 轟剛三郎が猿の質問によどみなく答える。

 なんと、轟剛三郎には猿たちが何を言っているのかが理解できた。

 例のプロパティから言語設定を一種類に変えてしまうご都合魔法は、動物相手にも有効なのだ。


「ウキャーッ……。

(い、異世界ですか……)」

「そうじゃ。ワシはお前たちに人探しを頼みたくて、魔法の力でお前たちをここに呼んだのだ」

「キッ、ウキキッ。

(人探し? 誰をです?)」

「ワシの娘、アンジェリカじゃ」

「ウキャッ、キキキッ、ホー。

(あの娘さんですか。あの子の顔なら、温泉の縄張り争いの時に嫌というほど見たので覚えていますよ。温泉に本を持ち込んであなた様にしこたま怒られていた子ですね)」

「うむ、その子のことじゃ。

 頼む……人海戦術ならぬ猿海戦術を使わなければ、

 こんなに広い街で娘を見つけ出すことは不可能なんじゃ」

「ウキキッキッキー。

(我々はヒマだったんでそれは構いませんが……なんでワシらにやらせるんです? アンタ勇者なんでしょ? 仲間の人間どもにやらせればよくないですか?)」

「いや、それは無理じゃ。山に引きこもっているお前たちは知らないかもしれないが、我々の世界の人間はほぼ全滅したんじゃ……」

「キャーッ!!!!!

(ええーっ!?!?)」

「いやもちろん、完全なゼロになってはいないと思う。

 だが、お前たちのように群れとして組織だって立って動くことはもはや不可能じゃろうな……」

「キャッキャッ。

(そんなに減ったんですか。災難でしたねえ)」

「うむ。

 それにな……もともとこの町は、人間よりも猿が動いたほうが都合がいいのじゃ。


 この町……いやこの国では、人間は少しでも不審な動きを見せると警察に捕まってしまう。

 しかし、猿は大丈夫なんじゃ。


 おととしから今この時にかけて、この国が一匹の猿に翻弄されたという時事ネタがあってのう……。


 東北から現れたサルが関東各地を自由自在に歩き回り、神奈川でブランコ遊びをしたり、町田市で民家のドアをノックしたり、埼玉でハサミを持ち歩いたり人を襲ったりと、好き放題に暴れたのだ。


 しかしなんと、この猿は捕まらなかった。


 これはあくまでワシ個人の考えだが、この国はクマや猪、不審者などには厳しく対応できるんじゃが、猿に対しては無力なんじゃ。


 そういうわけで頼む。貴様らが猿であるという利点を生かして、この街を走り回って娘を探してくれ!! 捜索にはワシも参加する。見つけたらすぐに報告を頼む!」

「ウキー……

(分かりましたけど……猿遣いが荒いですね……)」


 猿たちはキーキー言いながらベランダから飛び降りたり、慣れた手つきでドアを開けて玄関から出て行ったりした。

 轟剛三郎は厳しい顔でそれを見送り、ベランダ向こうの街並みをにらみつける。


 ……ぶっちゃけ(猿にこんなことを任せてよかったのか?)という疑問もなくはなかったのだが、もはや頼れる存在は猿しかいない。

 頼れる存在が猿しかいない。

 その事実が重くのしかかる。


(それでも今は、娘を探す! なんとしてでも……)


 轟剛三郎もまた街に繰り出した。

 疲れ切った彼はまだ眠れそうにない。




☆☆☆




 まだまだ深夜、日の昇る気配のない午前三時。

 国道██号線ぞいを歩いていた若い警察官・佐藤巡査は自分の目を疑った。

 ナトリウム灯の淡いオレンジに照らされたアスファルトの上を、奇妙な影がいくつも疾走しているのだ。


 (薬物中毒者? いや、酔っ払いの集団か……?)


 佐藤はそう思ったが、すぐに「違う」と気が付いた。

 まず、シルエットが人間ではない。

 街路灯の柱を軽々と駆け上がって、標識の上で器用に毛繕いを始めた『それら』は、明らかに……。


「……猿だ」


 ニホンザルだった。

 それも、一匹や二匹ではない。

 暗がりのいたる所で、歩道橋の手すりの上で、あるいはバイク屋のカッコいいショーウィンドウの照明に照らされて、キーッウキキーッと猿どもが鳴き騒いでいるのだ。


 ……その数は、数えきれない。

 目視でパッとわかる規模ではない。

 ニホンザルの大規模な群れが、眠りについた市街地をウキャウキャはしゃぎながら走り回っているのだった。

 地域の皆さんが就寝中であることなどものともせず、サルたちは悠々と移動して、飛び回り、今は集団でコンビニの中に入ろうとしている。


「うわっ、たっ、大変だ!!」


 警察官らしい正義感にかられて、とっさに助けようとする佐藤。

 ……しかし相手が無数の猿で勝ち目がないという事実に気が付いて、まずは応援を呼ぶために身をひそめ、無線機のスイッチを押して、二言三言呟いた。

 相手の「██了解、どうぞ」という声に促されて、震える声で現状を報告していく。


「国道……██号、███交差点付近において、ニホンザルの大規模な群れを発見……頭数不明、少なくとも四十以上……うわあああ~~~~っ!?!?」

「どうしました?」

「なんでもありません……」


 猿がコンビニの中でバナナを食べ散らかしているのが見えたのだが、そんなことよりもまず応援の要請だ。


「現在、群れは国道を横断し、一部……五頭はコンビニの███店に侵入、のこりは██町方面と██方面へ移動中で……ひえ~~~~~っ!?!?」

「ど、どうしました?」

「なんでもありません……」


 猿どもが紙パックの日本酒をビリビリ破いて中身をゴクゴク飲んでみるのが見えてビビったのだが、まずは応援の要請が最優先だ。


「場所が██████ …… 最寄りのPB(交番)員お願いします。 110番整理番号、███、3時11分……担当佐藤です。どうぞ 」

「本部了解。付近のPB、PC(パトカー)を急行させる」


 あっけなく通信が終わる。佐藤はそっとため息をつき、目の前の惨状に目を戻した。


 ──コンビニの店内は地獄絵図だった。

 蛍光灯に照らされた明るい空間で、猿たちがやりたい放題に暴れている。

 栄養ドリンクの棚はなぎ倒され、スナック菓子の袋が次々と引き裂かれ、床にはぶちまけられたカフェラテが水たまりを作っていた。店員の姿が見えないのは、奥の事務室に避難したからだろうか? ……そうだと思いたい。どうかそうであってくれ。


(信じられない光景だ……これではこの世が終わってしまう!!)


 佐藤は戦隊ヒーローへのあこがれが高じて警察官になった種類の人間で、

 悪漢暴漢を退治する妄想なら何度もやったことがある。

 しかし、猿の群れは妄想したことがない。

 サルの群れが人間の街にいきなり出現するなんて、そんなの考えたこともなかった。


(ええと連絡網……偉い人たちを起こさなければ……。

 それにしても、猿の群れ相手には網? 盾? 何を使えばいいんだ? 一体どうしたらあんなのを制圧できる……?)


 佐藤は呆然と立ち尽くしていた。




☆☆☆




 さて、街がお猿さんパニック会場状態になっていることなど知るよしもないアンジェリカとケニー君は、団地から離れた深夜の道路をトボトボと歩いていた。


「あの、アンジェリカ……。

 冒険するのは構わないが、ここまで離れてしまってはマズくないか? 明らかに森っぽくなってきている。

 立場のある者がこんなに不用意に外を出歩くのは……」

「あら、立場ですって?

 わたくしは無職のアンジェリカですのよ。

 無職が暇つぶしに街を練り歩いて、一体何が悪いとおっしゃるの?」

「ぐうっ、反論できない……」


 そのままトボトボ歩き続ける二人。

 深夜は人の気配などほぼなく、たまに行き交う車の音だけが不規則に響いている。

 やがて、アンジェリカが急に立ち止まり、ケニー君は不思議そうに目を瞬いた。

 ……どうやら公園のようだが、木々がうっそうとしげり、国道沿いの町に比べると照明が少ないことが気にかかる場所だった。

 やけに広く、奥がどこまで続いているのかもわからない。


「……ここがいいですわね」

「ん? ……ここは……公園? 広場か?

 植栽以外はほとんど何もない広場だな……」

「ええ」


 アンジェリカは生い茂る植物などものともせず、広い公園の広場の中にずかずか入っていった。

 ケニー君から少し離れた広場に立って、ケニー君に向き直る。広場の中にはロクに照明がないが、道路沿いの街灯のおかげで、お互いの姿はかろうじて見えていた。


「ケニー君の正体をどうやって暴くか……考えても考えてもいい方法が思いつかないので、こうすることにしましたの。

 これくらい広ければ、わたくしたちが魔法を使っても何かを破壊してしまう心配は少ない……。

 ……ここでなら、戦うことができる。そうでしょう?」

「まだ私のことを信じてはくれないのか。アンジェリカ」

「ケニー君が人類にトドメを打った事実と、わたくしに死刑宣告をかましたことってそう簡単に取り消すことのできるものじゃありませんのよ? それに……」


 そう言って、アンジェリカは目を伏せる。



(……人としての在り方は違っても、私たちは同じ道を目指せるはず……)



 かつて、城の物置でケニー君に言われたことを思い出す。

 アンジェリカは痛みをこらえるように下唇を噛んで、フリフリドレスを両手でぎゅっと掴んで、ケニー君を見据えた。


「……『あの言葉』を裏切って婚約破棄までしでかした罪は、重いですわよ。

 誠実な説明なしにわたくしが元の鞘に収まるとは考えないでほしいものね」


 アンジェリカがそうつぶやくと、ケニー君は不思議そうな顔をした。


「……『あの言葉』? はて、いったい何のことか……」


 ケニー君は少し考える様子を見せた後、ふっと苦笑を見せる。


「……ああそうか。過去の思い出の言葉ってやつか……過去の言葉は私にはどうにもなあ……ハハハッ」

「なにがおかしいんですの!!」


 アンジェリカの怒号などに構いもせず、ケニー君は笑い続けている。

 最初の笑い声はこらえるように、だが、次第に我慢できないような哄笑こうしょうに変わっていった。


「ハハハハハハハハッ!!

 ……いいだろうアンジェリカ。

 本当は、お前と大勇者様の寝込みを襲って殺すことができればよかったのだが……。

 しかし、寝込みを襲える可能性が限りなく低くなった今、

 これは伏せておくべき情報でも何でもない。

 アンジェリカよ、死後世界への土産に教えてやろう。

 今の私のこの身は、あなた様の愛するケニー・フォン・スミスそのものであることはあなた様の御覧の通りですが、ご推察のように、今喋っているこの私はケニー・フォン・スミスではございません」


 ケニー君の口調がいきなり変わったのでアンジェリカはぎょっと目を見開いた。

 道路沿いの弱弱しい街灯に照らされるケニー君は、口調以外は何も変わらない。

 日焼けした肌も、水色の瞳も、金髪の角刈りも、あまり美形らしくない格好をしているのに不思議と「美しい」と人に思わせる圧倒的カリスマ性も……。

 それがかえってアンジェリカには不気味に見えた。


「私のこの人格は、魔族独自の魔術探究の結晶です。

 魔族たちは長い魔術探求の末に、人にとりつくアンデッドモンスターの魂に、他者の魂を模倣した跡を定着させる魔法を完成させました。

 私は、あらかじめ指定された人間の言葉、挙動、そして思考の指向性を克明に刻み込まれた魔術式体です。

 アンデッドモンスターの魂に、模倣対象の『影』を幾重にも転写して、その人物に限りなく近い反応を返すよう調整されております。

 現在、私は模倣対象の人間であるケニー・フォン・スミスの振る舞いを遺漏いろうなく実行することが可能で、模倣の深度が既に実践運用に足る水準に達しましたので、このようにあなた様と大勇者様の抹殺まっさつという目的のために運用されております。

 この事実が分かったところで、ケニー・フォン・スミスの肉体を破壊することはあなた様には不可能ですので、あなた様の意向に従って『誠実な説明』を開示いたしました。

 アンジェリカ・フォン・トロイエンバウム、他に質問はございますか?」

「……。

 ……。……。

 ……ん? えっ、あっ、なん? どういうなんですの????」


警察のやりとりは色々本を見たり動画を見たりして調べたんですが不正確やもしれません。いろいろ間違っていたらすみません&不正確なようでしたらまとめブログとかではない情報を添えてご一報下さると幸いです。どうしても、サルの群れを前に大変なことになる警察が見たくて……。

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