第三十六話 姉妹と兄妹
「ハッ……お兄様は!?」
あれから数時間後、オリヴィアは誰もいないベッドの上で目を覚ます。そのベッドはつい先ほどまでシャリオンが要治療といわれファザラに寝かされていた場所である。
周りを見渡すと空はまだ赤いものの夕日らしき光が窓から居心地の良い気温と共に差している。
そして……
「誰もいない……」
一瞬またゲノ・スケローイやロコ・ボッカのような者たちの襲撃にあったのだろうかという最悪の想像をしてしまった。まぁ無理もない、目の前でお兄様がやられ、なにより王であるアリアドネを意識が戻るかも怪しい程の重症にたらしめたのだから。
だが、今はその考えを捨てることにした。
「いいえ、だってここはエテルニテ、ですもの。王が認めた者しか入国を断じて認めないビップ専用とまで言われる国……えぇ、大丈夫ですわ」
そう言い聞かせながら扉を見つめる。
「外に行かれているのでしょうか……」
入れ違いになるのは怖いが、この胸のざわつきがオリヴィアの足を扉の向こうへと運ばせた。
やはり夕方だからだろうか、廊下はすでに薄暗く、蝋燭の火も灯っていない。
「こわ……くはありませんが……これは少し気味が悪いですわね……」
そう自分を勇気付けるために口を開く。
しばらくまっすぐな廊下を歩いているとある扉が目に留まる。
「あら?この扉だけ開いて……って鍵が掛かってますわね……チェーンロックが掛かっているのですね。でもなぜここだけ……」
「あぁ、そこですか。あまり見ないほうがいいですよ」
「そうなんですね……」
「はい」
「え?」
そこである違和感に気付く。
一体私は誰と喋っているのだろうと。
それに気付いた瞬間肩の震えが止まらなかった。今まで誰もいなかったはずの場所から少女の声がしたのだから。
「あああああっちへ行ってくださいゆゆゆゆーれいさんッ!……ってあれ?」
勇気を振り絞り振り返るとそこには自国のデザインとは違うもののメイド服を着た身長はアリアドネより少し高いジト目の少女が立っていた。
「えっと、だからその中見ないほうが……」
「ぎゃああああああああ!」
先程まで幽霊と思っていた存在が喋ったとまだ頭で思っているのか、その少女が口を開いた瞬間思わず叫んでしまった。
「……なんで私の姿を見ても驚くんですか。そんなに不気味ですか」
「はぁ、はぁ、すいません。後ろから急に話しかけられたものですから……つい……」
少女の目はさらにジト目になる。
「私の姿を見てからも、驚いていたじゃないですか」
ごもっともな返しに顔を下に向けてしまった。
「返す言葉もありませんわ……」
しばらく立ってようやく緊張がほぐれた二人は少しそのドアの前で座りながら雑談をしていた。
「あぁ、あなたがアリアドネ国の王女候補のオリヴィア様でしたか……実際アリアドネ様ってどのような方なのです?」
「まぁ、そうですね、王女というには少し子供すぎるところもあって、いつも世話を焼いている人です」
そう言うと少女は首を傾げる。
「不思議な方なんですね。よく付いていこうと思いますね」
「ふふっ、確かに。でも、いざというときは本当に我々を身を挺して守ってくれる、いい女王様です……だから、毎度の子供染みた行動言動なんて、些細なことなんです」
少女はまた何か聞こうとしたが、オリヴィアが肩を震わせていることに気付いて、やめた。
それは先の恐怖からのものではなく、悲しみから来ているものであった。
何か別の話題にしようと少し考え、口を開く。
「……あ、そうだ、まだ私の名前、伝えていませんでしたね」
「え……?」
オリヴィアの困惑をよそに続ける。
「私はアーヤ・ファンファティシアです。気軽にアーヤとお呼びください」
軽くお辞儀をしたのち、再びオリヴィアに目線を合わせる。
オリヴィアもわざわざ話題を逸らしてくれたと気付き、微笑を浮かべる。
「えぇ、ではもう知っているかもしれませんが、私はオリヴィア・グレイスです」
アーヤ同様お辞儀を返す。
再びアーヤに目線を合わせると、何かを考えているような仕草をしている事に気付く。
「グレイス……」
「……?なにか?」
「いえ、どこかで聞いたことが……すいません。何でも」
オリヴィアは首を傾げつつもこれ以上の詮索は良くないと悟り話を終える。
お互い自己紹介を済ませ、どうしようかと一瞬考えていると、遠くから足音が聞こえる。その音はだんだんとオリヴィア達に近づき、その音の主が姿を現す。
「お兄様!」
「オリヴィア!……ってことはお前だったのかよさっきの叫び」
「うぅ、恥ずかしい限りです……」
言いながらシャリオンは隣に目線を移動させる。
「えっと、そちらの方は?」
「あぁ、アーヤさんです。今までずっと話をしてくれたんです」
「どうも」
アーヤが手のひらをクイッとあげて軽く会釈する。
「はは、こりゃかわいいお嬢さんだ。どう……もぉ!?」
急に叫んだと思ったらアーヤがシャリオンの脛に蹴りを入れていた。
シャリオンがうずくまりか細い息を吐きながら傍でイラつきを隠せていない表情で見下ろしている。
「今のはお兄様が悪いですよ?ほら謝って」
「すま……」
「許しません」
「まだ言ってないんですけどぉ……」
シャリオンの謝罪に故意に被せ絶対に許さないという意思を見せる。
するとシャリオンの後ろからアーヤと同じメイド服を着た女性が姿を現す。
「こらアーヤ!またお客様に蹴り入れて!ダメってあれほど言ったでしょ!?大丈夫ですか?すいません本当に……」
「あぁいえ……」
するとアーヤはシャリオンをビシッと指差し、「こいつが悪い」と言わんばかりにその女性メイドを見つめる。
「指を差さない!」
恐らく先輩メイドなのだろう。まるでお母さんだ。見てて微笑ましいまである。
オリヴィアはこれ以上アーヤが怒られるのを防ぐために無理やり割り込む。
「え、えっと、あなたは?アーヤさんの先輩のようですが……」
言われてハッとしたのか姿勢を正し、深くお辞儀をする。
「私は先ほどまでシャリオン様とご同行させていただいておりましたエイシャ・ファンファティシアです。どうぞお見知りおきを。あなたのことはシャリオン様から伺っております」
「え、ファンファティシアって……ということは……」
エイシャはアーヤと目を合わせ、微笑む。
「あ、そちらはもう自己紹介済みでしたか。はい、私たち姉妹なんです。でも珍しいですね。アーヤから人に自己紹介をするだなんて」
「え……?」
驚いたオリヴィアはアーヤを見る。
視線に気付いたアーヤは恥ずかしかったのかそのジト目をほんの少し開き、顔を背ける。
声には出さなかったが、オリヴィアは思った。
アーヤさんは人に興味ない振りをしているけれど、本当は人の気持ちを常に考えている本当に優しいお方なんだな……と。
「な、何見てるですか」
アーヤがオリヴィアの目線に耐え切れなかったのかついに口を開いた。
その直後、エイシャの拳骨がアーヤを襲う。
「こらアーヤ!すいません、私の妹が……」
「まぁ、いえ大丈夫ですよ。いいじゃないですか可愛くて」
そういうとエイシャは複雑そうな表情をする。
「まぁ、そうなんですけど……甘やかした結果これなので……どうしたものか……」
困っていそうな表情をしているエイシャにオリヴィアが語り掛ける。
「であれば、もういっそ甘やかしてみては?ほら、悪い意味とは捉えないで欲しいんですが、今まで甘やかされていた本人からすれば急に厳しくなって、そうですね、表現が難しいですが、簡単に言うと怖い、といった感情になると思うんです。だから……」
必死に説明しようとするオリヴィアの気持ちを汲み取ったのかエイシャがお辞儀をする。
「え、え?エイシャさん?ど、どうしたんですか……」
「ありがとうございます。私は今まで、指導しなければという意思のみで暮らしてきました……ですが、そうですね、今まで甘やかしていたのは私自身なのに……それを急に厳しくして……全て私のエゴを押し付けていただけでした。ごめんなさいアーヤ。そしてオリヴィア様、改めてありがとうございます」
オリヴィアはまるで自分たち兄妹を見ている……そんな気がした。
後ろからシャリオンが話しかけてくる。
「なぁ、俺にも優しく……」
「ダメです」
「それはエゴじゃないのかぁ!?」
「いいえ違いますーアーヤさんやエイシャさんみたいに元からしっかりしている方にはという意味ですあれは!お兄様は逆に言わなければ仕事もろくにしないでしょう!」
「しようとしてますー」
「またそうやって子供染みた……」
言い合いをしていると、エイシャが微笑ましかったのかつい声に出して吹き出してしまった。
「プッ……本当に、仲がいいんですね」
すると途端に恥ずかしくなったのか両者赤面してしまった。
その空気に耐えられなかったのかシャリオンが踵を返しながら言う。
「あぁ、もう、とにかくもう行くぞ。元々こんな話する予定じゃなかったんだ。飯だってんのにオリヴィアがいねーし叫び声するしで来ただけだからな!」
シャリオンはグチグチと言いながら廊下の奥へ歩いて行った。
オリヴィアは言おうか迷ったが結局言わなかった。
「ふふ、あなたのお兄様、本当に妹思いなのですね」
「え?あぁ、はい、そうですね、たまにそれが面倒な時は多々ありますが」
エイシャもシャリオンに続き廊下の奥へと歩みを進めようと踵を返しながら言う。
「でもシャリオン様、あなたの叫び声が聞こえたとたん走り始めました、私やほかの皆さんを差し置いて……ま、道中あなたの愚痴も添えてですが」
「そう……ですか」
その時は言わなかったが、オリヴィアはそれを聞いて本当に嬉しかった。
暗いところが怖いあのお兄様が、私のために必死になって恐怖をも凌駕して駆けつけてくれたこと……そして何より、あの時本当は心細かったんです。その時にお兄様の声が聞こえたとき、どれだけ安心したことか。
さっきはあれだけ怒ったが、後で少し甘やかしてみてもいいのかもしれない。そう思いオリヴィアもまた、シャリオンとエイシャの後を追う。否、追おうとした……が、それはアーヤによって止められる。
ふと後ろを振り返るとアーヤがその小さな手でオリヴィアの袖を掴んでいた。
「えっと……どうしました?もしかして怖い……」
「そんなわけないでしょ。はぁ、あなたには伝えないといけないと思ったからです」
最初は暗いところが怖いのか、など考えていたが、その先ほどまでの表情と打って変わって真剣な表情になっているのを見てその考えを捨てた。
「何を……です?」
アーヤは無言で目の前の扉を指さした。
「この部屋のことです」
それは最初アーヤと出会ったきっかけでもある「入ってはいけない」と言われた扉であった。
「ここは確か……入ってはいけないと言っていた?」
「はい、ですが、あなたのそのグレイスというラストネームを聞いて、あなたにだけは話さないといけない、そう思いました」
一息ついてからアーヤは再びオリヴィアの顔を見て、問う。
「オリヴィア様は、あなたの父、シリアス・グレイスその人を……知っていますか?」
皆さんこんにちは!隠岐供契です!
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