第三十五話 回帰の象徴・エテルニテ
「……えっと、つまり、俺と、ヴォレットをそのエテルニテに連れて行って保護する……ってことか?」
シャリオンが未だ信じられないといった表情で目の前の少女、アウゼ・ルテットを見つめる。
「も~、なんでまだ信じてくれないんですか~、この力、いや魔具を見たら本当ってことはわかるでしょ~」
身長は見たところ小学四年生あたりだろうか、とにかく小柄で先ほどからずっとこちらをそのまん丸な瞳で見上げている構図になっている。
二人が話していると不意にルテットの背後から殴りかかる人影が一つ。泉だ。
が、その拳は届くことなく、気づいたころには自分の頬に青い痣が出来ていた。
「ヌッ……!?くそ、対策済みか……一体なんなのだこれは」
疑問を抱いている泉を見てルテットは不思議に思いシャリオンとの会話を一時中断し問いかける。
「ん~?君、おかしな人だね?この魔具を知らないの?」
「僕が今まで戦ってきた相手の武器にそんなものはなかった」
「そっか……でもこれ学校とか、なんなら本とかにも普通に書いてることなんだけど……」
その言葉を聞いて、泉はまるで体の内側から何かが這い上がってくるような、そんな気分になった。
この気味悪い何かが、自分が怒りの感情を抱いていると気付くのにそう時間はかからなかった。
「お前……」
明らかに泉が自分に怒っていると感じ、すぐ誤解だと両手を横に振ったが遅かった。
「あぁ、すいません、悪気はなかったんです……けど……」
「嘘を!」
泉が怒りのまま次に何をするのか見当がついたシャリオンは急いで止める。
「あ、おい!やめとけ!」
が、遅かった。すでに泉の右足は薙ぎ払われ、ルテットの右脇腹に当たった……はずだったのだが、瞬間泉の左脇腹に青い痣ができていた。
「グフッ……チッ……先のはまぐれじゃなかったのか……」
攻撃を受け一時は混乱したものの、すぐに冷静になり泉の前まで歩み寄る。
「ん~、本当に知らないみたいですね……ん、わかりました。じゃあ……」
地に膝をつけながらギロリとルテットを睨む。
「もう、そんなに睨まないで、これから説明するんだから」
「……聞こう」
ルテットは少し身構えたものの、泉の以外にも冷静な判断で安堵した。
「では、まずこの魔具は笛型のもので、名前を休戦の笛。私たち隣国統合会に属する者に与えられるものです。主にこういった戦闘を止めて仲裁に入る場面で使用するんです。効果は二つ。一:笛を吹いた半径五メートル内に位置する者全員の魔力供給を断つ。それすなわち魔法使用を強制的に禁止させる。二:範囲内にいる者は範囲内にいる他者に攻撃すると自分の体にその攻撃した箇所と反対の箇所に同等の威力が返ってくる。これは例えば包丁で他者の腹部を刺せば、自分の背中に刺し傷ができるということです。わかりましたか?」
泉は少し頭を抱えながらなんとか理解したようで無言ではあったが頷く。
その後間を置いて泉が口を開く。
「……なぜ、そのようなことを僕に教えたんだ」
ルテットはそれを聞き、シャリオンの方へ向けた足を止め、振り向かずに答える。
「おかしなことを言いますね。私たちは言った通り隣国統合会です。皆さんを平等に扱うのが我々の使命、それは敵であっても決して覆らないことなんですよ」
「…………」
泉は何も言い返せなかった。その後ろ姿がまるで、いつしかの誰かに似ていたからだ。顔も、名も思い出せはしない。だが、気配がその人だと語っていた。
それに、そんなことも理解できないで疑問を投げかけたのかと自責の念にかられたからでもある。
今はただ、何も言わずその場でノイズがかった思い出と共に目を瞑った。
言い終わり、再度歩みを進めルテットはシャリオンの元へ戻る。
「今思ったらそれ、最強だよな」
シャリオンがルテットに近付きながら言う。
「いや~そうでもないですよ~?だってこれ一応その場しのぎにはなるかもですが一度使ったら最低五キロは離れないと再度使えないんですよ……しかもこの笛を吹いて出来た範囲っていうのは一日経たないと解除されないんです……」
「あ~、まぁ、確かに使いにくそうだな」
しゅんとした表情でルテットは頷く。
その後けろっと表情を変え手を伸ばしてくる。
「さ、シャリオン様時間も押してますし行きましょうか」
「え、でもどうやって……」
ルテットは首を傾げながら空を指さす。
「空ですよ。飛ぶんです」
当たり前のことのように語っているが、シャリオンからすればそれは地獄の言葉であった。
「え……ちょ待ッ―――」
「よいしょ~」
シャリオンは、重度の高所恐怖症であった。
静止の言葉もむなしくルテットは笑顔で高く飛び上がり、シャリオンは白目を向き泡を吹いた。
(……ん、なんだこれは……俺は寝ているのか……?いや、意識はあるわけだから寝てはいないのか……)
シャリオンは意識があるのかないのか、定かではない。
前か後ろか、右か左かの方向感覚もない。
(なんだこれ……足が重い……)
まともに前に進むこともできない。
(……いや、違うな、寝ているのではなく、気絶をしているのか)
昔授業で教えられたことを思い出した。人は気絶等で脳が混乱すると無意識のうちに古い記憶が呼び起こされることがあると。
今まさに自分がその状態であることを認識した。
根拠は目の前に広がる景色で十分だった。
(……はぁ、思い出したくもない、なんだってこんな記憶を今更……)
目の前にはとある研究施設があり、シーンが切り替わると球体のカプセルに入った子供のシャリオンが目に入る。
走馬灯もこのような感じなのだろうかと思いながらまるで一本の映画を鑑賞するように見る。
周りにいる複数人の研究員がマスクを取り、機会をいじる。するとカプセルが開き、謎の液体と共にシャリオンが目を覚ます。
一人の年老いた女性研究員が近づき声をかける。
「やぁ、今日はどうだったかの?苦しくはなかったかの?」
シャリオンが首を振り答える。
「うん、だいじょうぶだったよ。ん~でもやっぱりこの液体だけは慣れないや」
「ははは、そりゃ誰だってそうさ、儂とて慣れとうない……じゃがそれでも頑張ったお主はえらいぞ~さすが、我が研究施設の代表なだけあるわい」
年老いた女性研究員は高らかに笑う。
しばらくして周りの冷たい目線に気付いたのかコホンと一息ついた後本題に入る。
「まったくつれないのぉ、まぁよい、今回の成果じゃが、ふむ、なかなかじゃったぞ~?魔力補給量が今までの倍じゃったからの!」
シャリオンが目を輝かせると、じゃがと続ける。
「申し訳ないが、喜べる結果じゃない面もあったのじゃ、これを見てくれ」
そういいながら資料を見せ、端にあるグラフを指さす。
「知っての通りこれはお主の魔力保存持続時間じゃ、まぁどれだけ長く魔法を放てるかの仮想テスト結果じゃな。ほれ、ここの点でかくーんと下に下がっちょるじゃろ」
「これって……」
「うむ、つまり今回は魔力を取り込むことは十二分にできておったがそれだけに持続せんかったちゅーわけじゃな。まぁ落ち込むでない、まだ望みはあるでな」
シャリオンが首を傾げる。
「まぁ、お主はわからんでよいよ。その代わりちゃーんと我々に付き合ってくれよ?」
それを聞いて元気よく返事を返したところでまたシーンが移る。
今度は女性研究員がひとり研究に没頭していた。
「……やはり無理か……これで―――だれじゃ!」
一瞬ビクッとした。その時には存在しないはずの自分の存在を認識したと思ったからだ。
「……いや、今は……いや、これからも一人なんじゃ、疲れすぎかの……」
何があったのかは思い出せないが、シャリオン自身も少しばかり思い出せた。確かある時突然研究員が全員失踪したのだ。その時ちょうど遠くの国へ出張に出かけていたこの女性研究員を除いて。
その背中こそ何も語らなかったが悲しみ、後悔が入り混じっているように成長したシャリオンは見えた。
「こんなものかの……ただ、これをシャリオンに渡すのは、少々……いや、そんなことをもう言っている場合ではない……儂も成長せねば……」
そしてまたシーンが移り、少し身長の伸びた青年のシャリオンが映る。
「何?■■■■■さん」
少しノイズが混じってきた。いったい自分はどのような名前で女性研究員を呼んでいたのだろうか……
部屋に来たシャリオンに気づいた女性研究員にはいつもの笑顔は無く、手には鞘に入った剣を持っていた。
「それは?」
「……あまり儂は気分は乗らないんじゃがの……本当にいいのか?」
一瞬シャリオンの顔が曇った。迷っているのだろう。だが、すぐに意を決したように顔を上げ頷く。
「……あぁ、いいよ。自分はこのために今まで十三年間実験をしてきたんだ。皆いなくなったぐらいで諦めるなんて、この自分も、あなたも嫌でしょ」
「……すまない、儂が不甲斐ないばかりに……」
「言わないで、あなたのその言葉は、僕にも……いや皆にも響く言葉だ」
言われてはっとしたのかすぐに微笑を浮かべる。
「あぁ、そうじゃな……じゃあ、受け取ってくれるかの?」
「もちろん」
そう言い、剣を……否、半魔剣を受け取ったところでノイズが一層酷くなり始め、もはや聞き取れないぐらいになったところで何者かに起こされる。
「―――さん!―――く――い!」
「シャ――ンさ~ん?おねん――おしま――よ~?」
(ん……なんだ……だれが俺を……)
徐々に体の感覚が覚醒し、誰かに揺さぶられていることに気付く。
「シャリオンさま~―――いと―――しますよ~?」
(何をされるんだ!?くそ、上手く聞き取れん……そろそろ起きないと……ってあれ)
シャリオンは皆に言われるがままに体を起こそうとするが、上手く起きれない。まるで重りを乗せられているような……
いや、乗っているのか?
感覚が研ぎ澄まされていくと共に視界も回復していく。
「オリヴィア!?ゲホゲホ!」
「あぁ、もう、起きてとは言いましたけど~体もとは言ってませんよ~」
目の前にはまさにオリヴィアが寝ていた。いやまだそれだけならいいのだが、場所が問題で、椅子に座りながらも上半身はシャリオンの体の上に覆いかぶさる形ですやすやと寝ていたのだ。
道理で起き上がれないわけだ。
周りを見渡すと玲、シュシュ、寝ているオリヴィア、横を見ると同じくベッドに横たわっているヴォレット、そしてルテットがいた。
「私もいますが」
一瞬びっくりした。なにせベッドの下から高身長のルテット同様ハイハット帽子を被った女性が出てきたのだから。
……いやなんでベッドの下なんだ……?普通に立っているのじゃダメなのだろうか。
「さぷら~いず成功ですね。あぁ、そういえばあなたには自己紹介はまだでしたねすいません。寝ていたものですから」
コホンと咳払いをすると今まで気だるそうにしていた顔とは思えないほど真剣な表情になり、口を開く。
「私はバウヴァ・ファザラ。ルテットと同じく隣国統合会魔法科副代表です。この度はオリヴィア様の命によりこの国名義でこちらまでレイ様、シュシュ様並びにオリヴィア様、アリアドネ様を保護いたしました。ここはお察しの通り回帰の象徴・エテルニテの一等回復専用宿谷でございます」
言われて再度見渡す。が、唯一見当たらない者が一名。アリアドネだ。
「あの……」
「言わなくてもわかります。アリアドネ様ですね。もう立てるのであればご案内いたします」
おぼつかない足取りでついていくととある大扉の前で止まり、振り返る。
「先に忠告を。何があっても、何を見ても、決して驚かれなきようお願いいたします」
それを聞いて、シャリオンは血の気が引いた。
「え……」
「心の準備が整っていないのでしたら後ほど……」
気を遣われ、引き返そうと踵を返したバウヴァの腕を掴む。
「―――いい」
ファザラはそれだけで覚悟が決まっていると判断し、扉に手をかけ、徐々に開けていく。
「ッ―――そ……んな……」
そこには、顔の半分が赤黒い血で染まった包帯で覆われ、体中に傷跡が包帯では隠せないほどに散らばっていた。アリアドネのアイデンティティでもあったツインドリルは治療の為か解かれ、ベッドに乱れ散っている。
そこまでは自身でも見ていたので予想はできていたが、驚いた理由は他にあり、体中の皮膚が文字通りひび割れて血が止めどなく流れていることであった。
「……彼女の体内にある魔法腫瘍が、本来血小板が埋めるはずの傷口に入り込んでしまい、そこから連鎖反応による症状でこのような……」
混乱しているだろうと思いバウヴァは説明するが、シャリオンに遮られる。
「……なぁ」
「はい」
シャリオンはアリアドネの顔を見ながら言う。
「一人に、してくれないか」
「……承知いたしました」
バウヴァが扉を出るとすぐにシャリオンの咽び泣く声が耳に入るが、聞こえないふりをし、その場を立ち去った。
皆さんこんにちは!隠岐供契です!
今回の話も読んでくれてありがとうございます!
第三十五話、いかがでしたでしょうか?
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別界勇者は毎週金曜日の20時投稿です!乞うご期待ください!




