第三十七話 改造の罪
「お、やっと来た。オリヴィアはここ座れ」
回帰の象徴・エテルニテの城下町にある一等回復専用宿谷内の食堂に入るとすぐにシャリオンが気付き、手招きをする。
が、オリヴィアは一瞥するだけでわざとだと言わんばかりに踵を返し、真反対に座っている玲の隣に座った。
「ねぇ!絶対わざとだよね!?ねぇ!?」
「まぁまぁ、落ち着いてください……」
その姿を見てシャリオンは喚き、隣に座っていたここのメイド、エイシャが慰める。
「あの、あっちに行かなくても……」
「いいんです」
「えぇ……」
ガン無視されたシャリオンが少し可哀想で玲もあちらに行くよう促したが言葉に重ねるようにして拒否された。
ここまではいつも通りの流れで、何の変哲もないただの日常会話だったが、玲には少し違和感があった。
食事が進み、皆が団欒し始めたころ、ついにオリヴィアに問いただした。
「……あの、失礼かもしれませんが、オリヴィアさん?」
うつむきがちであったオリヴィアはハッと我に返り、少し焦った表情で答える。
「あ、はい、えっと、なんでしょう?」
未だに心配を隠せていないが、反応してくれたことで少し安堵して続ける。
「いえ、先程から上の空だったようですので、何かあったのかな……なんて」
オリヴィアは言葉を失った。図星だったからである。
―――三十分前―――
「えっと、はい?私の父……ですか?」
場所は一等回復専用宿谷内のアーヤから「入らないほうがいい」と言われていたとある部屋の前。
そこでオリヴィアはアーヤにとある質問を投げかけられていた。
「はい、そうです。あなたの父です。知ってますか?」
突然言われた問い、それはオリヴィアの父、シリアス・グレイスの存在を知っているかどうかというものだった。
「そんなの……知ってるも何も……」
「……そうですね、愚問でし―――」
「知ってるわけないじゃないですか」
「……え?」
アーヤは目を見開く。
その答えの意味することは、他でもない少なくともアリアドネ国、延いてはこの国エテルニテ含む周囲五ヶ国の危機を意味していた。
そう、オリヴィアは生まれてこの方父、母ともに失踪しているとアリアドネに聞かされ育ってきたのだ。
「そんな……くそ、知っていれば……オリヴィア様、本当に知らないんですか」
アーヤの必死を隠せていない表情に困惑しながら答える。
「え、はい……何か……?」
意を決したように口を開き、その部屋の扉に目を向ける。
「この部屋は、いえ、この書庫は、過去にシリアス・グレイス様がこの国に深手を負い、来られた際に利用されていた部屋……とお聞きしております」
オリヴィアはその言い方に少し違和感を覚える。
「お聞きして……?ということは知らないのですか?」
アーヤは頷きつつ続ける。
「えぇ、ですがここで何を書いていたかは知っています。ちょうどその時に姉とここへ来たので」
「何を、していたのですか?」
それは、と続けたかったのだろうがつい言葉に詰まってしまい、一息ついてから喋る。
「彼は、魔法改造の設計図を書いていました」
オリヴィアは一瞬、否この先ずっと信じがたいことだろう。
そもそも父と母はもういないと言われていた本人なのだ、存在していたこと自体信じがたい。
だがそれ以上に魔法改造、その言葉が何よりも耳を疑うものであった。
「魔法の……改造?私の父が?でもそれって……」
「えぇ、罪です。それも死罪に値します」
魔法改造とは、その名の通り今ある魔法を改造し、威力を増幅させる行為を指す。
昔、これをしたとある団体が二つの国を滅亡に追いやり、地図から消したことでこの法律が施行され、それを元に今ある十の法が出来たと過去に教えられた記憶がある。
「まだ、まだあなたがその方の存在を知っておられたなら話は別でした。公表しても問題ない範囲での改造ということになりましたから……それに、アリアドネ国と我が国は友好国でもあります……だから……」
その時のアーヤの目は、めんどくさいといったものではなく、悲しいに近しいものを感じられた。
「この国を、愛しているんですね」
アーヤはまたジト目に戻り横目で言う。
「なぜそうなるんです」
少し拗ねたような表情を見て微笑ましく思いながら自信を持って答える。
「だってそうでないと、あの顔にはなりません、あれは誰かを思い、悲しんでいる人のそれでしたから」
「そ、そんなことないです。あなたはどうなんですか、多分、相当驚かれたでしょう」
それを聞いて心の整理をしようとその場で座り直しながら顔を手で覆う。
「それは、そうですわね。いきなり今までいないと思っていた相手がまさかこんなところに滞在していたと知ったら、誰でも驚きます。ですが、私思うのです、こういう時こそ冷静に出来てこそ、王女だと」
「悲しい職業なんですね」
「……えぇ、大変で、苦しいものです。ですが、民の笑顔というものは、それをも凌駕するんですよ?」
呆れたのか、アーヤはそっぽを向いて立ち上がる。
「そんな考え、いつかあなたを殺しますよ」
言い捨てるようにそのまま歩いて行ってしまった。
無礼だと思えるかもしれない。でもオリヴィアにはそうは思えなかった。むしろ嬉しかった。今まで位を気にしてそんなこと言ってくれる人などいなかったから。
「……恐らく食堂ですわよね、行きましょうか」
そう呟きながら立ち上がり、冷静に出来ると言い張った父のことを考え、結局動揺を隠せないでいた。
「あの、オリヴィアさん?大丈夫ですか?」
玲に、急にそういわれた気がしたが、その様子からしてずっとオリヴィアのことを呼んでいたのだろう。
目の前にはもうメインディッシュが配膳されていた。
「あぁ、はい、すいません、なんの話でしたか?」
「何かあったんですか……と聞いていたんですが、おそらく何かあったんですね?」
気を使っているのか、少々声を小さくしてくれている。
「すいません、まぁ、そうですね、何もなかった……なんて言っても、嘘と見抜かれていそうですね」
申し訳なさそうにして玲は頷く。
「いえ、気にしないでください。むしろありがとうございます。乙女は変化を気づいてくれることが嬉しいんです」
小声で喋っているからかシャリオンが対面から叫んでくる。
「なんだーお前らー!小声で何を喋っているんだ!」
「い、いえ別になにも……ね、ねぇ?オリヴィアさん……」
玲が言い訳しようとするが、横でオリヴィアが微笑を零す。
「プッ……」
「オリヴィアさん……?」
するとシャリオンを挑発するように細目で見つめる。
「恋バナ、ですわよ」
「オリヴィアさん!?」
「お前レイぃぃぃぃぃ!」
「違います違います!」
シャリオンが机に乗り出して玲の胸倉を掴み怒っている。
傍からみればそれは止めるべきものだったが、皆は笑っている。これが彼らの、いや、私たちの日常だとわかっているから。
「だからお兄様、あれは私の冗談ですってば……」
「いや、オリヴィアさんがあんなこと言うから……」
あれから食事が終わり、一時間ほどたつと言うのに未だに玲の肩に手を回し、顔を近づけている。
「こんなに怒るとは思わないじゃないですか……」
シャリオンの手を引き剝がそうとオリヴィアは奮闘するが脳筋である彼の腕を玲から引きはがすのは至難の業であった。
そんな言い合いをしていると横からアーヤがひょこっと顔を出し、脛を蹴る。
「いだあああ!おめえまたかよ!」
ふとシャリオンを見ると腕が玲から離れていた。
その叫びを聞きつけたのか姉のエイシャが叱りにこちらへ来る。
「アーヤ!何回言ったら……ってオリヴィア様?」
注意しようとした瞬間、オリヴィアがアーヤの頭を撫でていた。
「撫でないでください」
「いいえ、これはお礼の印で……」
「絶対嘘ですよね。聞いたことないですもん」
「い、いいえ?で、でも本当に感謝してるんですよ?お兄様の宥め方が分かったので」
「俺は犬かなにかか!?」
「すいません、ここに首輪って……」
「躾けようとするなぁ!」
「ありますよ」
「あるな!」
その光景を見てエイシャが困惑する。
「あ、あの、これってどういう……」
皆を代表して玲が答える。
「まぁ、アーヤさんがまた脛を蹴って、そのおかげで僕からシャリオンさんが離れたのでオリヴィアさんが感謝している……んだと思います」
少し悩んだ後エイシャは微笑み、その場を見届けることにした。
「それなら、まぁ、良くはありませんが、今回は良しとしましょうか」
しばらく眺めていると、再度エイシャが口を開く。
「あの子、昔は本当に周りに迷惑ばかりかける子で、毎日叱っては喧嘩していました……ですが、こんなに、成長していたんですね。いつも近くにいたのに……」
「近くにいるからこそ、わからないんだと思います。だって……」
だって、師範がそうだったから。そう言いかけて、止めた。
親代わりの人をどうして悪く言えようか。できるわけがない。むしろそのような発言をしようとしてしまった自分を殴りたかった。
「花と同じです。ずっと眺めていても変化はわかりません。気付いたときにふと成長を感じるものですよ。逆に変化に気付かないというのは、それほどずっと近くにいた……そういうことだと思うんです」
しまった、玲はそう思った。気付くとエイシャが呆気にとられた顔でこちらを見ていたからだ。
すぐに謝罪しようとしたが、それよりも早くエイシャが口を開く。
「ありがとう、ございます。そう言ってくれたのは、あなたが初めてです……」
数秒と立たない間を開けて続ける。
「あなた方と出会って、気付かされることだらけですね……本当にここに来て、よかった」
感傷に浸っているとあちらも話し終えたのか、急にシャリオンがこちらへ顔を向け、歩いて来た。
奥でオリヴィアとアーヤが呆れた表情をしており、玲は嫌な予感がした。
が、実際に言われたことは予想していたものとは違った。
「おいレイ、今からショッピング行くぞ、付いてこい」
「……はい?」
今のあの流れでどうしてそのような流れになったのだろうか。
理解が追い付かないまま宿谷を後にし、気付くと玲はオリヴィア、シャリオンと共にエテルニテのショッピング街にいた。
皆さんこんにちは!隠岐供契です!
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