それと再び出会う
六華と離れて走り続けることしばらく。
虚は再び妙な空き地にたどり着いた。
「こんな場所あったか」
「記憶にはないな」
前回、異形たちに追われながら走り抜けた際にはこのような空き地は見かけていなかった。
虚自身が異形と戦っていたこと、駆け回りながら周囲を確認できるほど視界が確保されていなかったこともあるが、それであっても妙な空間を見かければ記憶の端に引っかかっているはずだ。
虚は抜けている部分はあるが、馬鹿ではないし、記憶力もそこそこある。
生前でも几帳面な方に分類される人間であり、特に戦場で起きたことは事細かに記憶をするくらいには、戦いの中で発生する現象に敏感だ。
雇われて戦場に向かうとはいえ、事前情報以外の情報が一切ないこともザラだ。だから、戦いの中での記録をつけることが癖になっている。
それはこちらの世界に来ても変わっていない。
脳内で起きた物事別にファイルするわけするように区別して記憶しておくことで、関連した情報が出たときにすぐざまそれに関係のある記憶を思い出せるようにしていた。
「記憶を漁っても何も思い出せんな」
「ということは私が離れてから生まれた場所だということか」
「そうなるな」
「目印だけつけておいて、帰りに見るか?」
「そうする、か……」
その空間の一点を凝視して、虚の言葉が尻すぼみに小さくなっていく。
虚が見る先にあるのは、お椀型の台座の上に鎮座する楕円体の物質。
さながら安置された卵と言った風貌であるが、その卵は虚が生前見たものよりもどす黒く、全体が脈動していた。
そして何よりも、虚はその卵に見覚えがある。
正確には、卵になる前の状態に。
「お前、あの塵山か」
「素晴らしいな、自分で最適な形を作り出し、周囲から自身を守る術を確立したのか?なぜおまえの周囲には異形が寄り付かない?六華を置いてきたあの空間と同じ現象なのか?それとも全く別の方法で?」
目を爛爛と輝かせながらその卵にすり寄っていき、表面に触れる。
この卵が生まれたきっかけである異形と同じ性質を持っているのであれば、触れた時点で何らかの変化が起きるであろうと思って行った行動だったが、予想通りその卵はリアクションを返す。
表面い触れた虚の指に木の根のような触手が絡み付き、卵全体が大きく脈動する。
虚に接触している場所付近の色が深緑のような暗い緑色に染まっていく。その色は卵全体にいきわたるように広がってゆき、ついにその卵の色が変わった。
卵の色が変わったタイミングで、虚にも変化が起きる。
ほんの少しだが、疲労感が体を襲う。程度としては生前の中年時代に住宅街を2時間程度散歩した程度であろうか。
さほど気になるものではないが、この体になってから初めての肉体の疲労だ。体が初めて受けた感覚に戸惑っているのが感じられる。
「吸い取られた、か?」
「確証はないが、現象から判断するにその可能性が高いだろうな」
「何かを奪う、というのは私の体質ではないのか?それともコイツのその作用が私を上回っただけ?」
「やはりこいつは持って帰らねばならんな」
「私が孵化させてやらねば」
諸々が片付いた後のことまで考え、虚の心が高揚する。
戦意が漲り、知性のある異形を殲滅することに対する意欲が沸く。
この虚の衝動をぶつけられる異形に対して、少々哀れなような気がしないでもないが、利用しようとした、と虚に思われてしまったのが運の尽きなのだろう。
「行ってくる」
「替えが利きそうにないんだ。死んだりするなよ」
虚が声を掛けると、呼応するように大きく脈動する。
指に絡み付いた触手を引き剝がしながら卵から離れ、再び異形の群れの中へ進んで行く。
その場に残った卵は、細い触手を伸ばし、虚が通った場所に落ちている塵を集める。
そしてその塵を自身へ取り込んで、再び静かに孵化の瞬間を待っていた。
駆けて、壊して、跳んで、飛ばして。
殺到する異形達を蹴散らしながら記憶を頼りに群れの中を突っ切って行く。
特に何か問題が発生することもなく、記憶通りの場所にたどり着いた。
地面は虚が即席で作ったバリケードによって隆起しており、知性のある異形を追っていたためか、周囲の地形は凹凸が多く見られた。
しかし、その場所に知性のある異形はすでにおらず、移動したのであろう形跡が残っていた。
虚の血だ。
虚が渡した腕から垂れたのであろう血が途切れ途切れに地面に染みこんでおり、異形たちの行先を示していた。
わざと痕跡を残し、罠に掛けようとしている可能性もあるが、そんなことは今更だとその道を進んで行く。
「そういえば、私の腕に触れても奴らは死ななかったな」
「私が直に触れていないから、か?」
「その辺りの法則もよくわからんな」
「まぁ、会ってから聞けばいいだろう」
そして虚は、知性のある異形の棲み処へと、足を踏み入れた。
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