疑惑
僕達はそのまま、生徒指導室まで無言のまま連行された。そして、リータス先生は僕達を部屋に入れてからも、怒鳴ることはなく、ただ腕を組んだまま、鋭い目でこちらを見ているだけだ。そのせいで、しんと静まり返った空気が、痛いほど張り詰めてきて、自然と視線が下がっていく。
(……怒鳴られる方が、まだましだったかも)
一言も口を開かないから、余計に居たたまれない。だからこそ、そんなことを思っていると、先生はひとつ大きくため息をついた。
「⋯⋯とりあえず、連絡するか」
明らかに面倒そうな様子で、それだけを告げて部屋を出ていくと、生徒指導室には僕達だけが残された。けれど、誰もすぐには口を開こうとしない。そんな重たい静寂の中、しばらく続いた後に、バルドがぽつりと呟いた。
「……悪い。俺が余計なことを言ったから、こんなことになって……」
肝試しを言い出したこともそうだけど、森に行きたいと言い出したことや、その場で騒いでしまったこともある。それを気にしているのか、バルドは珍しくしおらしい様子だった。そんな彼に、コンラットが淡々とした口調で返す。
「貴方の言動に振り回されるのは昔からですから、今さらですよ。別に気にしていません」
「何となく、最初からこうなるだろうなとは思ってたからな。それに、賛同したのは俺達だ」
「僕も怖かったけど、みんなと何かするのは嫌じゃないから……」
二人に続くように、僕も落ち込んだ様子のバルドへ声をかけた。
(それに、誘ってもらえない方が嫌だし……)
そんな本音を胸の奥にしまいながら言えば、バルドは少しだけ目を丸くして、どこか感動したような顔をした。けれど、ネアがぽつりと言った一言で、その空気が壊れた。
「今さら思ったんだが、普通に灯りをつけて回っていた時点で、意味がなかったんじゃないか?」
その言葉を聞いた瞬間、部屋の中に一瞬だけ沈黙が落ちた。けれど、それは長く続かなかった。
「そういうことは、もっと早く言えよ!!」
全部の部屋の灯りをつけて回っていたことを、今さらになって指摘され、ようやくその致命的な事実に気付いたバルドが、思わず大きな声を上げる。すると、そのタイミングを見計らったかのように、生徒指導室の扉が開いた。
「……全然、反省していないようだな」
低く落とされたリータス先生の声に、背筋がピンと伸びる。
(⋯⋯タイミングが最悪すぎる)
そう思いながら、思ったよりも速く戻って来たことを嘆いていれば、聞き慣れた声がそれを遮った。
「子供相手に、そこまで怒らなくてもいいだろう。それに、森に近付いた件は、こちらで注意しておく」
「父様!」
リータス先生の後ろから姿を現した父様に、思わず驚きの声を上げる。すると、部屋の入口に立っていた父様が、さっきまでの真顔をふっと和らげ、僕へと視線を向ける。
「リュカ。迎えに来たよ。屋敷に帰ろうか」
その口ぶりから、どうやら学院から連絡を受けて、父様が迎えに来てくれたらしい。それに、後ろにはリータス先生も立っているから、おそらく事情はもう聞いているのだろう。それでも、父様の表情を見る限り、怒っているようには見えなかった。それが少しだけ救いで、その分、逆に申し訳ない気持ちにもなる。
(みんなの時も、僕みたいな対応だといいなぁ……)
ネアの親には会ったことがあるけれど、バルドやコンラットの両親がどんな人なのかは知らない。だからこそ、余計にそんなことを考えてしまった。
「じゃあ……先に帰るね……」
そう言って振り返ると、リータス先生が戻ってきたことや、これから親が迎えに来るという現実に、部屋の中には何とも言えない気まずい空気が流れていた。そのせいで、さっきまで少し和らいでいた空気が、また重たく沈んでいる。
「……あぁ。またな⋯⋯」
「……はい。また明日⋯⋯」
そんな中で声をかけたからか、返ってきたのはどこか歯切れの悪い返事だった。相変わらずネアだけは、平然としていたけれど、みんなに別れを告げた僕は、父様に連れられて、一足先に生徒指導室を後にした。
帰りの馬車の中でも、父様に怒った様子はなかった。けれど、さすがに森に行ったことは怒られると思っていたから、僕はしばらく迷った末に、静かに口を開いた。
「父様……ごめんなさい……」
自然と謝罪の言葉がこぼれると、父様は少しだけ困ったように笑った。
「リュカが怪我をしていないなら、それでいいよ」
その穏やかな声に、胸の奥が少しだけ軽くなる。けれど、父様は続ける。
「でも、魔物がいる森に行ったのはよくなかったね」
「……怒らないの?」
当然の疑問を思わず口にすれば、父様は苦笑を浮かべながら肩をすくめる。
「私も、リュカを怒れるほど品行方正ではなかったからね」
「えっ!」
思わず驚いた声を上げると、その反応が面白かったのか、父様は少しだけ笑みを深くした。
「それに、オルフェの時も何度か学院に呼び出されたことがあるし、これが初めてじゃないんだよ」
「兄様が!?」
あの兄様が問題を起こすなんて、まったく想像がつかない。信じられない気持ちのまま父様を見つめていると、父様は事実を淡々と並べるような口調で言った。
「だから、今回くらいのことなら、可愛いものだよ」
「……そうなんだ」
どこか呆気にとられながらも、その言葉に少しだけ安心する。
(それなら、兄様からもあまり怒られないかな……?)
森には近付くなと、あんなに強く言われていただけに、そんな淡い期待を抱いた。その直後だった。
「でも、エレナから怒られるのは覚悟した方がいいよ」
「……はい」
その一言で、ほんの少し浮かびかけていた安心は、あっさりと消え去った。
そして父様の言う通り、屋敷に着いた途端、僕は母様にしっかりと怒られた。そんな僕の様子を見て、父様と兄様は少し哀れに思ってくれたのか、庇ってくれたけれど、ドミニクが完全に母様側についてしまっていた。
屋敷の中で、ドミニクは母様に次いで発言力が強い。だから二人が味方してくれても、その流れを覆すことはできなかった。結局、どれだけ謝っても許してもらえることはなく、一週間のおやつ禁止を言い渡された。
その罰は、僕にとって決して軽いものではない。でも、もっと重い罰を覚悟していた分、少しだけほっとしたのも事実だった。
翌日。
教室に入ると、ネアは予想通り、何事もなかったかのように平然としていた。コンラットの方も、大きく様子が変わったようには見えない。けれど、一人だけ、明らかに雰囲気が違う人物がいた。
「……おはよう」
「あぁ」
「おはようございます」
僕が挨拶をすると、二人はいつも通り返してくれる。けれど、机に突っ伏しているバルドからは、返事がなかった。
(……怖くて聞けない)
そう思った僕は、まずは二人の様子を確かめることにした。
「二人は、あの後大丈夫だったの?」
「当然だろ」
「まぁ、なんとか……」
堂々としたネアと、どこか歯切れの悪いコンラット。対照的ではあったけれど、とりあえず二人は無事らしい。だからこそ、意を決して問いかける。
「それで⋯⋯バルドは、どうしたの?」
「バルドは、昨日、家族に黙って屋敷を出て来ていたらしくて……かなり怒られたそうです」
「えっ!?何も言ってこなかったの!?」
思わず声を上げると、それに反応するように、バルドがのろのろと顔だけこちらに向けた。
「……たまに遊び疲れて、そのままコンラットの家に泊まっても、何も言われたことがなかったから……今回も大丈夫かと思ったんだ……」
「それは、私の両親がしっかりと向こうに連絡していたからだと思いますよ」
コンラットが当然のことを口にすると、バルドもようやくそこに思い至ったらしく、頭を抱えながら続けた。
「それに、ちょうど親父が帰ってきたばかりでさ……その親父が迎えに来たんだ……」
「なので、グラディウス家の方々と鉢合わせした私の父が、物凄く恐縮していましたね……」
昨日のことを思い出したのか、コンラットも少し気まずそうな顔をする。
「母さんが来るよりは、親父が来た方がまだ良かったんだけどさ……。でも、屋敷に帰ったら、“ただでさえ忙しい親父に手間をかけさせるようなことをするな”って母さんに怒られて……」
そこまで言って、バルドはがっくりと肩を落とした。
「罰として、来月の長期休みが終わるまで、学院以外は外出禁止になったんだ……」
僕よりもずっと重い罰に、思わず同情じみた視線を向けてしまう。すると、口にしたことで、その重さを改めて実感したのか、バルドが突然叫んだ。
「あー!! 長期休みの予定、色々考えてたのに!!」
物凄く悔しそうに机を叩きそうな勢いで叫ぶバルドに、ネアがいつも通り淡々と声をかける。
「一言言っておくだけで、違ったんだろうけどな」
「まぁ、私の屋敷で遊んでいると思っていたのに、“学院の森に侵入しようとしていた”と連絡が来たら、まず驚くでしょうね……」
「それは……驚くね」
コンラットの言葉に、僕は頷きながら答える。でも、バルドの話を聞くと、森に行ったことよりも、父親の仕事を増やした事で怒られているような気がする。そんなことを思いながら、僕はふと、他人事のように話しているネアへと視線を向けた。
「でも、ネアはその時いなかったの?」
「あぁ。俺は運良く、その前に帰っていたからな。巻き込まれずに済んだ」
どこか”助かった”とでも言いたげなネアの様子に、バルドが八つ当たりのように、憤った声を上げる。
「もう! 何であんな所に先生がいたんだよ!?」
「騒ぎ声が聞こえたからじゃないの?」
僕が首を傾げながらそう言うと、コンラットがそれを静かに否定した。
「それにしては、駆け付けるのが速すぎますよ。それに、周囲に人影もありませんでしたし」
「じゃあ、見回りで巡回してたとか?」
僕がそう口にすると、今度はネアがすぐに否定した。
「いや、あの時間は別の場所を巡回しているはずだ」
「何でネアは、そんなこと知ってるの?」
あまりにも自然に返ってきた言葉に、思わず聞き返してしまう。するとネアは、さも当然のように言った。
「忍び込むなら、そういう情報は先に仕入れておくものだ」
「……何を目指してるの?」
思わず本音が漏れたけれど、そんなやり取りを聞いていたバルドが、苛立ったように声を荒げる。
「じゃあ、何であんなところにいたんだよ! 俺達を待ち伏せみたいに見つけに来なければ、怒られずに済んだのに!!」
「さすがに待ち伏せはないと思いますよ⋯⋯。なにせ、私達が学院にいることを知っていたのは、私達の両親を含めたリオ先生くらいですよ。それに、あの時間、あの場所にいたこと自体も、急に決まったことですから」
コンラットが冷静に言葉を返すと、不貞腐れたような声をあげる。
「なら、俺達のことをつけてたんじゃ……」
そこまで言いかけて、バルドはふと口をつぐんだ。そして、何かを思い出したように、ぼそりと呟く。
「……まさか、俺の机に入ってた手紙も、リータス先生じゃないよな……」
「手紙?」
僕が思わず聞き返すと、バルドはしまったという顔をした。
「手紙って……何ですか?」
その様子を不審に思ったのか、コンラットが改めて問いただす。すると、バルドは目を逸らしながら、しどろもどろに答えた。
「い、いや……昨日の朝、学院に来たら、いつも使ってる俺の机の中に手紙が入っててさ……。“夜の学院には、本物の怪談がある”って、そう書いてあったんだよ……」
その言葉を聞いた瞬間、コンラットの声が、一気に鋭くなる。
「何で、それを言わなかったんですか!?」
「だ、だって……言ったら止められそうだったし……」
「止めますよ!!前に、似たようなことがあったのを忘れたんですか!?」
以前にも似たような手紙が入っていたことがあり、そのせいで大変な目にあった。それだけに、ネアの件を持ち出しながら、コンラットが呆れを隠さずにバルドを叱ると、本人もさすがに自覚はあるのか、小さな声で答える。
「いや……面白そうだったから……つい……」
その時、勢いに任せて余計なことを言っただけに、本人も自覚はあるのだろう。バルドはきまり悪そうに視線を落とした。そんな様子に、コンラットは言葉もないといった顔でため息をつく。けれど、そこでネアが淡々と口を開いた。
「今さら、過ぎたことを言っても仕方ない。それで、その手紙はどうしたんだ?」
事実だけを確認するような声音で問われると、バルドは露骨に視線を逸らした。
「……どっかいった」
(……なくしたんだ)
思わず、僕は心の中でそう呟く。だけど、大事な証拠になりそうなものなのに、それをあっさり無くしてしまうあたりが、なんともバルドらしい。でも、その答えに、さすがのネアも少しだけ呆れたようだった。すると、その気まずさを誤魔化すように、バルドが慌てて声を張り上げる。
「で、でも!あの場所にリータス先生がいたってことは、一番怪しいってことだよな!?」
「まぁ、教師なら、夜の見回りのついでに机へ入れることは可能だろうしな」
ネアが淡々とそう言うと、バルドは勢いよくこちらを向いた。
「だ、だろ!?やっぱり、あの先生が犯人だ!リュカも、そう思うよな!?」
急に話を振られて、思わず言葉に詰まる。でも、確かに可能ではある。
(普段から目つきも怖いし、僕には厳しいし……)
そう思い始めると、段々と本当に怪しく思えてくるから不思議だ。
「……そうかも?」
僕が恐る恐るそう答えると、バルドは少し元気を取り戻したように言った。
「ほらな!俺は最初から怪しいと思ってたんだ!」
「まだ犯人と決まったわけでもありませんし……それ、私怨が混ざっていませんか……?」
「混ざってない!!」
決めつけるように話す様子に、コンラットが疑問投げかければ、バルドは力強く否定した。けれど、その様子を見ていると、僕と同じように、少しだけ私怨が混ざっているようにしか見えなかった。
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