手合わせ(バルド視点)
ある日、たまには俺のしたい遊びじゃなくて、コンラットのやりたいことをしようと思って尋ねてみたら、自室へと案内され、一冊の本を渡された。
「俺……本、嫌いなんだよなぁ……」
自分から言い出したことではあるけれど、それに対しての嫌悪感から、どうしても声が渋くなる。
(眠くなるようなことしか書いてないし、いい思い出ないからな……)
本を開いて寝るたびに、家庭教師に叱られた記憶しかなく、それは前にコンラットにも伝えていた。それだけに、無言の抵抗をしていると、なかなか受け取らずにいる俺に、コンラットが声をかけてきた。
「これは、バルドでも読めると思いますし、きっと好きだと思います」
「うーん……」
正直、面白いとは思えなかった。
(でも、いつも俺の遊びに付き合ってくれているしな……)
そう思って大人しく本を受け取り、とりあえず開いてみる。最初は、いつも渡されるような小難しい本かと思ったが、すぐに俺が好きな武勇伝だと気付いた。
「コンラット、俺の話ちゃんと聞いてくれてたんだな!」
「あれだけ聞かされたら、嫌でも覚えます」
そっぽを向きながら言うその姿に、思わず笑いそうになる。
親父から聞いた話をコンラットにも語っていたけれど、いつも興味なさそうにしていた。時には、同じ話ばかりだと文句を言っていたけれど、その本を部屋に置いておいてくれる。
(やっぱり素直じゃないよな)
自分がしたいことを問われても、俺も楽しめるように気を回してくるあたり、優しくていい奴だ。そんなコンラットの気遣いが、少しだけ嬉しかった。だからか、騎士が出てくる本なら読むようになり、ただ嫌いだった本も、少しずつ読めるようになっていった。
気付けば、本を開くのも悪くないと思うようになっていた。だが、入学前のクラス分け試験が近付いてきた頃は、本当に苦痛だった。
もともと勉強なんて嫌いだし、母さんはともかく、そのことで親父達に何か言われた事もない。それだけに、急に増えた勉強から逃げるため、屋敷から抜け出したりもしていた。母さんの追ってから連れ戻されても、コンラットは呆れた目で見ていた。だが、試験が近付くにつれて、親よりもコンラットの方が、やたらと勉強しろと言ってくるようになった。
本人は認めないだろうが、同じクラスになりたいんだろうな、というのは雰囲気で分かっていた。
(俺だって、できるなら同じクラスになりたいけど……)
そう思ってはいても、身体を動かすことには自信があっても、勉強はまったく自信がない。なにより、俺の頭でコンラットと同じ学力になれるとは思えなかった。
だから、「俺はクラスなんて、どこでもいい」と口にすれば、目尻を下げて悲しそうな顔をする。そんな顔をされれば、もう頑張るしかなかった。
文句も言わず、必死で勉強したが、たぶん、あの時が人生で一番勉強したと思う。だからこそ、試験が終わった時は、結果発表まではのんびりできると、盛大に喜んだ。そんな俺の様子に、最初は呆れながらも、コンラットも付き合ってくれていた。なのに、入学を目前に控えたある日、遊びに行くと、やたらと不機嫌になっていた。
「どうしたんだ?」
「私が……代表挨拶をすることになりました」
「凄いな!良い事じゃないか!」
素直にそう思って言ったのに、返ってきたのは不満そうな声だった。
「私は首席ではなく次席なんです!それなのに、首席が辞退したとかで、私に回ってきたんです!!」
「……それの何が悪いんだ?」
「誰もが憧れるような役目を、簡単に放棄するなんて……!あの方の弟だからといって、下の者を馬鹿にしているのにも程があります!!」
怒っている理由が分からず、首を傾げながら言えば、会ったこともない相手に怒りを顕わにする。
(コンラットは良い奴だけど、憧れが強すぎて、思い込みが激しいところがあるからな……)
そんなことを思いながら、俺は声をかけた。
「ほら、何か事情があったのかもしれないだろ?」
「どんな理由があるというんですか!?」
「本人じゃないんだから、俺が分かるわけないだろ」
コンラットから話は聞いていたし、大会で見たこともあるから、兄の方には俺も少しは憧れている。けれど、その弟のことは何もしらない。だから、何気なくそう言えば、変に火を付けたようだった。
「だったら、本人に直接聞きます!!」
コンラットは、そう強く言い切った。
そして学院初日。本当に本人のもとへ食ってかかっていた。遠くからその様子を見ていたが、少なくとも、悪い奴には見えなかった。それに、漏れ聞こえてきた話を聞く限り、やっぱりコンラットの勘違いで、相手にも事情があったようだった。
その後、コンラットが自分で確認しに行って、ほとんど言いがかりに近かったと分かったらしい。目に見えて、自分の行動を後悔するように落ち込んでいた。
(……素直に謝ればいいだけだと思うんだけどな)
俺からすれば簡単なことのように感じるけど、素直じゃないコンラットには難しいらしい。だから、俺が一肌脱ぐことにした。
教室で見た感じ、そこまで気難しそうな奴でもなかったし、きっかけさえあれば何とかなると思って、先に来ていた一人に声をかけた。すると、思ったより気が合って、あっという間にそいつと仲良くなった。そして、遅れて来たもう一人とも打ち解けて、それもあってか、コンラットもちゃんと仲直りできたみたいだった。
(まぁ……成功、ってところかな)
コンラットには、余計なことをしたと、嫌味混じりに怒られたけど、二人きりになった時、こっそりと謝ってきた。
「さっきは、すみません……」
「何が?」
何かあったかと首を傾げると、コンラットは少しだけ目を逸らして言った。
「……少し、言い過ぎました」
「あぁ。でも、今さらだろ?」
「それだと、私がいつも暴言を吐いているみたいではないですか……?」
「似たようなもんだろ?」
そう返すと、いつも通り小言が返ってきた。そんなふうに、俺には言いたいことを素直に言ってくるだけに、そんなコンラットに、忘れようとしていた“あれ”を埋めているところを見られていたとは思わなかった。
リュカ達とも仲良くなってきた、ある日。そんなリュカから悩み事を相談された。誰かに頼られるなんてことは今までなかったから、ここで頼りになるところを見せてやろうと思った。でも、憧れの人物に関することだったためか、俺にも言わなかったことまで口にして本気で怒っていた。
(頼むから……親父には黙っててくれ……)
そんな不安を抱えたまま、リュカの屋敷での勉強会に向かうと、思いがけず、その当人に会うことになった。その場の勢いで手合わせをお願いしたけど、正直、忙しい人だと思っていたから、実現するとは思っていなかった。だから、約束してくれた時は、本気で驚いた。
これもリュカのおかげだって分かってはいるからこそ、聞きたい気持ちを堪えて待っていた。だからこそ、リュカから日付の確認をされた時は嬉しかったし、それからの数日間は、落ち着かなくて仕方がなかった。
それもあって、授業中ずっとそわそわしていて叱られたけれど、いつも親父達に怒られてる俺にとっては、教師に怒られるくらい、どうってことはない。それよりも、時間が経つのが遅すぎる方が、よっぽど辛かった。
そして当日。ほとんど寝られなかった俺は、朝日が昇るのを確認すると、朝飯も食わずにコンラットの屋敷へ向かった。だが、使用人の他には、まだ誰も起きていない。仕方なく、いつものように中に入れてもらい、そのままコンラットの部屋へ向かった。そして、ベットで寝ているコンラットを揺り起こす。
「今、何時だと思っているんですか!?」
「もうすぐ5時だな」
「約束は14時なんですよ!早すぎます!!」
眠気が混じった声に答えれば、さらに怒りながらも、コンラットも身支度を始めた。その後、朝食をご馳走になり、部屋で時間を潰すことになったが、とにかく時計の針が遅い。
「なぁ?これ、壊れてるんじゃないか?」
「そんなわけないでしょう」
「いや、絶対遅れてるって。たぶん、もうこのくらいだろ?」
「何してるんですか!?ちょっとは落ち着いて下さい」
勝手に針を動かそうとしたら、当然のように怒られた。
(コンラットも、さっきから時計見てるじゃん……)
自分だけじゃないだけに、若干の不満を感じながらも引き下がる。そして、遅々として進まない時計とにらめっこを続けて、ようやく、待ちに待った手合わせの時間が来た。だけど、オルフェ様の剣は、親父とはまったく違っていた。
親父の剣は、受けるだけで手が痺れるほど重い。だが、オルフェ様の剣は、重さを感じない。それなのに、流れるような剣さばきで、気付いた時には手から剣が消えている。そして、はっきりとは見えないけれど、何も当たった感触もないのに、次の瞬間には、俺自身が地面に転がっていた。
親父が不動の岩だとするなら、オルフェ様は水のような剣だった。掴めないのに、確かにそこにあって、気付けば飲み込まれている。だから、俺が体力の限界まで動いても、オルフェ様は息一つ乱れていなかった。
体はしんどかったけど充実感を感じていれば、手合わせしてくれただけでも十分だったのに、オルフェ様はアドバイスまでくれた。でも、それは最低限しか言わない親父と同じだった。まったく違う剣なのに、言っていることは同じで、それが少しだけ面白かった。
「楽しかったな!」
「……それは良かったですね」
今日を振り返って言えば、横から、どこか拗ねたような声が返ってくる。だけど、来週は親父とも手合わせする予定だったため、少しでも強くなったところを見せて、驚かせてやりたい。そのことばかり考えていた俺は、意気込むように言った。
「帰ったら、早速素振りを始めるぞ!」
「……そうですか」
再び聞こえてきた素っ気ない返事に横を見れば、コンラットが、露骨に不機嫌そうな顔をしていた。
「そんなに拗ねて、どうしたんだよ?」
「別に、バルドだけが親しげに話していたのが羨ましかったわけではありません……」
(それ、絶対に拗ねてるよな)
昔から憧れているのを知っているだけに、その気持ちは分かる。だから、俺は声をかけた。
「素振り、一緒にやるか?」
「……やりません」
いつもなら即答で返ってくる言葉だけど、今回は、ほんの少しだけ間があった。
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