出会い(バルド視点)
いつから剣に興味を持ったのかは覚えていない。
物心がついた頃には、父や兄達が庭で剣の稽古をしているのを見ていたし、親父から初めてもらった物も剣だった。それもあり、兄さん達と一緒に稽古をつけてもらうのも楽しかった。
そんな中で、いつも圧倒的な強さを見せる親父は、俺にとって何よりの憧れだった。だからこそ、周囲から親父の武勇伝を聞くのも好きだった。
でも、仕事もあって、親父達が屋敷にいる時間は少ない。そのせいか、最近は一人で稽古をしている事の方が多かった。そして気が付けば、今日も一人で訓練場に来ていた。
「オレにも……弟がいればなぁ……」
(そしたら、一緒に遊んだり、稽古したりできるのに……)
そんな事を考えながら、俺は誰もいない訓練場の隅に座り込み、空を見上げた。
「クー兄も、遊んでくれなくなったしなぁ……」
前は二番目の兄であるクリス兄が、学院から帰ってくるとよく一緒に遊んでくれていた。でも最近は、俺を屋敷に残して外に遊びに行く事が多くて、なかなか帰ってこない。
屋敷にいても退屈で、母さんに付いて行った事もある。だけど、大人しくしてろと言われ、ただお茶を飲んでるだけでは、何も面白くなかった。かといって、親父達は忙しくて、どこかに連れて行ってくれる事もない。それで、前に一度、こっそり屋敷を抜け出そうとした事がある。でも、すぐ見つかって失敗した。
勝手に外に出ようとした事でこっぴどく叱られて、それ以来、使用人の監視が一気に厳しくなった。そのせいで、門から出るのは無理。他の場所から出ようとしても、屋敷を囲う柵が邪魔で抜け出せない。
「もっと出入りしやすく作ればいいのに……」
警備のためだって分かってはいるけど、どうしても文句が出てくる。どうにか退屈を紛らわせる方法はないかと考えていると、ふと、裏庭にある古い小屋の事を思い出した。
あの小屋は、「古くて危ないから近付くな」と言われている場所だ。
普段なら言いつけを守ろうと思う。でも、今日は違った。誰も遊んでくれない積もり積もった不満の方が、ずっと大きい。
(ちょっと覗くだけなら、バレないだろ)
そう思った俺は、忠告を無視して小屋へ向かった。
「うわぁ……」
遠目には見たことはあるけれど、実際に小屋の前に立つと、思っていた以上にボロかった。それに、誰も使っていないせいか、壁も扉もかなり傷んでいる。扉にも、中に入れないよう鍵は付いているが、錆びついていて、今にも壊れそうだった。
俺は周囲へと視線を彷徨わせて、近くにあった手頃な石を拾うと、そのまま鍵を叩きつけた。ガン、ガン、と数回、腕を振り下ろしていると、バキッという鈍い音と一緒に、鍵はあっさり壊れた。
「よし!」
喜びの声を上げながら、手に持っていた物を放り投げると、壊さないように、そっと押し開ける。すると、ギィ……と軋んだ音を立てながら開き、中に溜まっていた空気が一気に外へ漏れ出した。
「うっ……!」
カビ臭い空気が流れ出てきて、思わず顔をしかめる。鼻を押さえながら中に入ると、すぐに窓を開けた。しばらく外で空気が入れ替わるのを待ってから、俺は部屋の中を探すため、改めて中へと入った。
「何か面白い物ないかなぁ?」
中を見渡すと、前に住んでいた奴の家具がいくつか残っていた。けど、どれも虫に食われてたりカビてたりで、とても使えそうにない。それに、目ぼしい物は、何も残ってなかった。
「ちぇっ……何もないのかよ……」
がっかりしながら引き返そうとした、その時。ギシ、と足元が鳴った。他の場所も同じようにくたびれているのに、今まで一度も鳴らなかった。なのに、そこだけが、不自然に軋む。
(……なんだ?)
不審に思ってよく見ると、床板に小さな穴が空いていた。妙に綺麗に開けられていて、どう見ても自然に出来たものじゃない。
(これ……開くんじゃないか?)
そう思って試しに指を差し込んでみると、床板は、驚くほどあっさり外れた。
「すげぇー!!隠し通路!!」
床板の下には、下へと続く階段が現れていた。こんな面白そうな物を見つけて、引き返すなんて選択肢はない。俺は迷わず、その階段を下りていった。だが、下へ進むにつれて、周囲はどんどん暗くなっていく。そして、下まで降りきった頃には、上から差し込むわずかな光だけが頼りで、先はまったく見えなくなっていた。
目の前は真っ暗だ。それでも、奥へと続く道があることだけは分かる。俺は壁に手を当て、手探りで確かめながら、ゆっくりと足を進めた。
足音だけが響く中、慎重に進んでいると、つま先に硬いものが当たった。
「……?」
しゃがんで確かめると、それは上へと続く階段だった。俺は、それも一段、一段、足場を確かめながら登っていく。すると、頭上から細く差し込む光が見えた。
(出口か……!)
そのわずかな光を目指して、最後の段まで登り切る。そして、頭上の板に両手を当て、ぐっと押し上げると、何も乗っていなかったのか、埃を巻き上げながら、板はゆっくりと持ち上がっていった。
外の空気が、埃と一緒に一気に流れ込み、思わず咳き込みそうになる。涙目になりそうな目で、それでも周囲を見渡すと、そこは倉庫のようだった。
壁際には荷物が積まれていたが、あまり人の出入りはないようで、埃が付かないように布が被せられている。人の気配のない部屋の中、持ち上げていた床板を脇に置くと、外に出られるか確かめるため、唯一の扉へと向かった。
(外側からも鍵が掛かっていたら、窓から出るしかないな)
そう思いながら、扉のノブを回して押す。すると、扉はあっさりと、外へ向かって開いた。
扉を開けて外に出た途端、眩しい日差しに照らされ、思わず目を細めた。しばらくして目が慣れてくると、周囲の様子が見えてくる。そこにあったのは、毎日のように柵越しに見ていた、向かいの屋敷だった。
(ここ、隣の屋敷か?)
後ろを振り返れば、自分の屋敷が見える。そして視線を下げれば、さっきまでいた小屋もあった。
(結構歩いたと思ってたのに、意外と近かったな)
暗闇の中で歩いた距離を思い返しながら、そんなことを考える。だが、そんな思考はすぐに吹き飛んだ。
「とりあえず!探検続行だな!!」
細かいことは気にせず、胸を躍らせながら、俺はそのまま周囲の探索へと歩き出した。
勝手に入ったのが見つからないよう、茂みに身を隠しながら、こっそり進んでいると、とある部屋が目に入った。そこには、俺よりも体格か小さい、緑色の髪をした子供が、椅子に静かに座って本を読んでいた。
今まで、自分より大きい奴しか見たことがなかった。それに、弟が欲しいと思っていた俺は、見つかるかもしれない、なんてことも考えずに、窓の傍まで近づいていった。だが、姿が見える距離まで寄っても、そいつは一向にこちらを見ない。
(……気付かない)
本に集中しているのか、外からの視線にもまったく気付かず、ページをめくり続けている。気付いてほしくなった俺は、外から窓をコンコンと叩いた。すると、その音に反応して、そいつが顔を上げた。
「なぁ?何を読んで……」
緑色の眼と目があった俺が声をかけようとした、その瞬間。最後まで言い切る前に、悲鳴が部屋に響いた。
「っ!?」
その声に驚き、思わず俺も一歩引いた。でも、その後は、大変だった。
駆けつけてきた大人達に囲まれ、どこかへ連れて行かれそうになった俺は、慌てて自分の名前を告げながら、自分の屋敷を指差す。すると、大人達が慌てだし、すぐに俺の屋敷へと知らせが行った。だけど、さっきまで本を読んでいたやつは、親の背に隠れて、警戒するように、こちらを見ていた。
(……悪いことしたな)
驚かせるつもりなんてなかったから、少しだけ反省する。そして、迎えが来るまでの間、俺は大人達に囲まれながら、その様子を眺めていた。だが、迎えに来た母さんの顔を見た瞬間、その気まずさは一気に吹き飛んだ。
(……やばい)
周囲の目があるからか、母さんは静かな笑みを浮かべていた。だが、そのこめかみがわずかに動いているのを、俺は見逃さなかった。
最後まで不審者でも見るような視線を向けられながら、俺は屋敷へと強制的に連れ戻された。そして、どうやって向こうまで行ったのか、すぐに問い詰められる。
最初は必死で黙秘を貫いていたが、母さんの圧には勝てなかった。結局、言いつけを破って小屋に入ったことを白状することになった。その結果、こっぴどく怒られた。さらに、帰ってきた親父からは、無言の圧とともに、短いながらも重い言葉を投げられた。
兄さんが間に入ってくれたおかげで、その日はそれで済んだが、俺の頭の中には、今日見たあいつの姿が残り続けていた。だから、兄さんに小屋のことも含めて、向こうの家について尋ねてみた。
すると、あの小屋は前の住人が作ったもので、取り壊すのも手間なため、そのまま放置されていたらしい。そして、向こうの家はスクトール伯爵家で、俺と同い年の子供がいるという。てっきり年下だと思っていただけに、少し意外だった。
(……まあ、そんな事はどうでもいいんだけど)
せっかく見つけた遊び相手だ。両親に叱られたくらいで諦めるつもりはない。そう決めた俺は、それからというもの、ランプを片手に、何度も向こうの屋敷へと足を運ぶようになった。
最初は警戒していたけど、そのうち自分の名前を教えてくれた。だけど、体は小さいし、どこか頼りないから、俺の中では、いつの間にか弟分みたいな存在になっていた。そんなコンラットと、それからは一緒にいろんなことをして遊ぶようになった。でも、コンラットは文句を言いながらも、ちゃんと俺のやりたいことに付き合ってくれる。
時々、はしゃぎ過ぎて怒られることもあったが、それすら仲が深まっていくみたいで楽しかった。だけど、それと同時に、俺の行動に呆れた両親から、やり過ぎだと叱られることも増えていった。その度に、俺だけ怒られているのを、コンラットが気まずそうに見ていることがあった。だけど、言い出したのは俺だ。
(まぁ、弟分を守るのは当然だしな)
兄貴が、よく俺を庇って叱られていた姿を見てきただけに、守るのは当たり前のことだった。
(さて、今日は何して遊ぼうか!)
そんなことを考えながら、俺はコンラットの屋敷へと歩を進めた。
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