手合わせ
「大丈夫だ!!それに、もし予定があったとしても空けるから!」
忘れないうちに、教室に来ていたバルドに週末の予定が空いているか尋ねると、興奮した様子で返事が返ってきた。そして、すぐに感謝の言葉を続ける。
「リュカありがとな!忙しいのは分かってるから、聞いたら急かしてるみたいだなって思って聞かなかったんだけど……ずっと楽しみにしてたんだ!最高の誕生日祝いだ!!」
「う、うん……」
手合わせをするのは兄様で、その約束を取り付けたのもバルドだ。だから、僕はただ伝言を伝えただけに過ぎない。これを誕生日祝いと言っていいのか、正直よく分からなかった。
(……忘れていてごめん)
思っていた以上に楽しみにしていたようなので、とりあえず心の中でバルドに謝っておく。すると、そのやり取りを聞いていたコンラットが声を上げた。
「わ、私も行きたいです!私も一緒に行っていいですか!!」
普段は屋敷に来る時も、どこか仕方なさそうなふりをしているのに、今回は珍しく積極的だった。
(まあ、理由は何となく分かるけど……)
兄様に憧れているのを知っているだけに、どこか納得しながら僕は答えた。
「良いよ」
「では、バルドと一緒にお邪魔します!」
普段から僕の屋敷に来ていることもあり、兄様も反対しないと思っていれば、バルドが嬉しそうに声を上げた。
「今から楽しみだな!」
それから週末までの数日間、バルドは気持ちを抑えきれずに、落ち着きなく授業を受けていた。そのたびに講師達に叱られていたけれど、それでも楽しそうな顔をしているせいで、余計に叱られる原因になっていた。だけど、その横では、苦言を呈しそうなコンラットも、似たような空気を出していた。
そして週末。兄様にも予定を空けてもらっていた僕は、みんなが来るのを部屋で待っていた。
「リュカ!来たぞ!!」
「思ったよりも早かったね」
使用人に案内されながら、約束の時間より早く、僕の部屋までやって来たバルド達に声をかければ、バルドは満面の笑みで答えた。
「楽しみ過ぎて、夜も眠れなくてな!」
すると、横でコンラットが申し訳なさそうに口を開く。
「予定よりも早く来てしまい、すみません……」
普段なら止めそうなコンラットも、流行る気持ちを抑えきれなかったようだ。でも、他のことに気を取られているバルドは、すぐに僕へ身を乗り出してきた。
「なぁ!少し早いけど、もう行ったらやっぱり駄目かな!?」
「たぶん大丈夫だとは思うけど、ネアがまだ来てないから、もう少し待ってね」
「まだ来てないのか!?俺、走って迎えに行ってこようか!?」
予定よりも速く来そうなのは、少し予想していたため、兄様にもそう伝えてはいたから問題はない。だけど、ネアのことをバルドに伝えれば、今にも部屋を飛び出しそうな勢いだった。
「そんなことをしても、入れ違いになるだけでしょう!」
そんなバルドを慌ててコンラットが慌てて止める。すると、ちょうどその時、部屋の扉を叩く音がした。
「遅いぞ!」
「俺が遅いんじゃなくて、お前らが速すぎるんだよ」
姿を現すなり文句を言うバルドに、ネアが呆れた声で返す。それでもバルドは気にした様子もなく、こちらを振り返った。
「全員揃ったなら、もう行ってもいいよな!?庭に行けばいいか!?」
急かすように言うバルドに、コンラットがすぐに呆れた声で返す。
「お忙しい方が、庭で待っているわけがないでしょう」
その言葉に同意するように、僕も口を開いた。
「うん。来るまで執務室にいるって言ってたよ」
「なら、行こうぜ!」
「失礼のないようお願いしますね」
「分かってるって!」
本当に分かっているのかとでも言いたげな視線をコンラットが向ける中、僕達は兄様に声を掛けるため、執務室へ向かうことにした。
「兄様。みんな到着したけど、大丈夫?」
扉を開けながら声を掛けると、机に向かって書類を読んでいた兄様が顔を上げた。
「ああ。時間まで暇を潰していただけだからな」
そう言って書類を引き出しに収めると、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「今日は、よろしくお願いします!!」
「お、お邪魔しております。本日は、バルドの不躾な頼みに時間を作って頂き、ありがとうございます!」
バルドは興奮を隠しきれない様子で、けれど礼の言葉を口にする。一方のコンラットは、緊張のあまり声がわずかに上ずっていた。そんな二人に、兄様は静かに言葉をかける。
「約束をしたのは私だ。そこまでかしこまる必要はない。それに、リュカの友人であれば、いつでも歓迎する」
気取らないながらも、器の大きさを感じさせるその様子に、バルドとコンラットは感動したようだった。けれど、ネアだけはいつも通り、まったく動じてようだった。
二人は練習場へ向かう道中も、どこか緊張した様子だった。しかし、いざ練習場について兄様と向かい合うと、その表情は一変した。
真剣な顔で、ただ前だけを見据えているバルドと、それに対峙するように立つ兄様。そんな二人の邪魔にならないよう、僕達は少し離れて見守ることにした。
「好きなタイミングで打ってこい」
身構えるバルドへ、兄様が気負うことなく告げる。だけど、その一言に気圧されたように、バルドの身体がわずかに強張った。けれど、兄様は構えすら取っていない。無防備とも言えるその姿は、隙だらけに見える。
(どうしたんだろう?)
普段見る大会では真剣が使われるため、怖くて目を逸らしてしまうこともある。けれど、今回は木刀だったため、そんなことを思いながら様子を見ていると、バルドが意を決したような顔をした。
「はぁっ!」
鋭い掛け声とともに、バルドが地を蹴った。そのまま一直線に踏み込み、そのまま木刀を振り下ろす。だけど、その一撃は、兄様には届かなかった。
「え!? 何が起こったの!?」
「私に聞かないで下さい!」
思わず声を上げれば、コンラットもまた、理解が追いついていない様子で返してきた。
僕達が気づいた時には、バルドの木刀は後方へと弾き飛ばされていた。けれど、兄様は、最初の位置から一歩も動いていない。それどころか、剣を振ったのかどうかすら、分からなかった。僕達が混乱していると、隣で見ていたネアが口を開いた。
「剣先で軌道を逸らして体勢を崩させ、力が抜けた瞬間に弾き飛ばしたな」
「ネア!あれが見えてたの!?」
「見えるが?」
淡々と告げるネアに思わず声を上げれば、平然とした返事が返ってきた。
「それなら解説お願いしてもいい!?速すぎて全然分からない!!」
「私からもお願いします!」
僕とコンラットが揃って頼むと、ネアはあっさりと頷いた。
「分かった」
それから僕達は、ネアの解説を聞きながら二人の手合わせを見ることになった。けれど、とにかく凄かった。
何度攻撃しても、兄様は涼しい顔でそれを受け流していく。そして、バルドの剣の軌道は見えても、兄様の動きは違った。ただ、剣先がわずかに揺れたように見えるだけで、何をしたのか分からない。
ネアの話では、バルドが怪我をしないように、木刀を弾いて転ばせたりはしていても、兄様の木刀は一度もバルドに当たっていないという。言われてみれば、確かにバルドには土がついているだけで、目立ったアザは見当たらなかった。
とはいえ、何度も転ばされているのだから、擦り傷くらいは出来ているはずだ。それに、打ち込みを繰り返しているせいで、徐々に息も上がり始めている。それでもバルドは、ずっと楽しそうに、笑いながら兄様に向かって行っていた。
「はぁ……もう動けねぇ!でも楽しかった!!」
何度目か転ばされたあと、バルドは起き上がることもせず、そのまま地面に寝転んだまま叫んだ。そんなバルドに、兄様が静かに歩み寄る。
「見ていて思ったが、常に力を込めて剣を握っているだろう」
「……はい」
素直に頷くバルドに、兄様は淡々と続ける。
「それでは体力が続かない。試合であれば、それでも構わないかもしれない。だが、魔物相手となれば話は別だ」
そこで一度言葉を切り、視線を落とす。
「体力の温存もまた、重要な技術になる。力を込めるのは、一瞬でいい」
「それ、親父にも言われたけど……よく分からないです」
自分の欠点は理解していても、それをどう直せばいいのかが分からない。簡潔に結論を告げた兄様に、途中で言葉遣いを整えながらも、バルドは真剣な顔で問いかけた。すると、兄様はどこか納得したような表情を浮かべた。
「あの方は、言葉ではなく実践で教えるところがあるからな」
そう呟くと、少しだけ間を置いてから続ける。
「素振りの時、自分がどう力を込めているのかを意識するだけでも、少しは変わるはずだ」
「はい!今度やってみます!!」
力強く頷くバルドに、兄様もわずかに目を細めた。
兄様もバルドの父親に剣を教わったことがあると言っていたからか、その後も二人は、どこか兄弟弟子のような雰囲気で話を続けていた。そんな様子を見ていると、隣からぽつりと声が漏れる。
「私も……会話に混ざりたい……。今からでも、真剣に剣術をやるべきでしょうか……」
運動が苦手なコンラットが、物凄く真剣な表情で考え込んでいた。けれど、バルドのように走り回るコンラットは、どうしても想像できなかった。
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