ウィンクルム商会
「おい」
僕達が小声で話していると、ネアが声を掛けてきた。それに慌てて顔を上げると、少し胡散臭そうな顔をしながら、そのまま問いかけてくる。
「あっちより、ここの方が落ち着いて品を見られるだろう?」
「う、うん!そういえば、ここって何の部屋なの?」
商品は並んでいるのに、手前の部屋と違って僕達以外に誰もいない。それが気になって尋ねると、ネアは何でもないことのように答えた。
「貴族向けの商品を置いている場所だ。値は少し張るが……まあ、お前達なら問題ないだろう」
「うん、そこは大丈夫」
プレゼントを買うためのお金は、ドミニクに事情を話して、事前に用意してもらっていた。だから、僕がそれに返事を返していると、ネアの言葉を聞いたバルドが口を開く。
「じゃあ、俺も好きに見ていいか!?」
「別に構わないが……壊したら弁償だからな」
「こ、壊さないし!」
中には壊れ物もあるからか、少し警告するようにネアが言う。すると、バルドは慌てた様子で言い返していた。けれど、さっきまで似たような話をしていたばかりだ。それを思い出すと、聞いているこっちの方が少し不安になる。
そんなやり取りのあと、それぞれ並んでいる品を見て回ることになった。けれど、ネアは自分の店だからか、部屋の隅に立ったままだ。でも、時折、興味深そうに品を見ているバルドの様子を見ているようにも見える。そんな様子が少し気にはなったけれど、僕は視線を品に戻し、改めて考え込んだ。
「ねぇ?コンラットは、家族の誕生日に何を贈ってた?」
どうせ贈るなら、良い物で、長く使ってもらえる物がいい。でも、僕には見ただけで品の良し悪しが分からない。だから、少しでも参考にしようと、近くにいたコンラットに聞いてみることにした。
「私ですか?そうですね。両親には兄と相談しながらですが、父には時計やカフスボタン。母には香水や花を贈っていました」
「お兄さんには?」
「お互い本が好きなので、私が面白いと思った本ですね」
(……なるほど)
そう思いながら商品を見渡せば、並んでいる物の中には、屋敷で見たことのある品もある。ネアが貴族向けと言っていたこともあり、ここにある物はどれも良い品なんだと思う。だからこそ、父様は既に持っていそうだ。それに、普段から難しい本を読んでいる兄様が、僕の選んだ本を気に入るとも思えない。だから、他の意見も聞いてみようと、いつの間にか一緒にいる二人へと近寄る。
「ねぇ?バルドは家族の誕生日に何を贈ってる?」
「俺は贈ったりしてないぞ」
「な、ないの!?」
「ないな」
僕が驚いていると、途中からバルドのそばにいたネアも、あっさりとした様子で頷いた。
「俺もない」
「ネアも!?」
毎年、家族で誕生日を祝っている僕には、少し信じられない。
「二人はお祝いとかしないの!?」
「俺達の誕生日には、食事が豪華になったり、新しい剣を貰ったりはするぞ。だけど、子供がそんなの気にする必要はないって、親父が言うんだ。だから、俺達から何か渡したことはないな」
「俺は、そういうもの事態やってないな」
「「えっ……!?」」
思わず、僕とバルドの声が重なった。
(さっきといい……ネアは父親と仲が悪いのかな?)
ネアは特に気にした様子もない。けれど、触れない方が良さそうな話題だと感じたのか、バルドですら言葉を選んでいるようだった。
「で、でも、バルドは祝ってもらってるんでしょ!?だったら、この機会に何か贈ってみたら?」
「お、俺!?」
「うん! 誰か、誕生日が近い人とかいないの?」
僕が話題を振ると、バルドは驚いた顔のまま少し考え込み、それから思い出したように言った。
「近いって言うと、親父かな? でも、喜びそうなのって言ったら……剣か酒くらいだな」
「剣はやめた方がいい」
バルドの言葉を聞き、ネアが即座に否定する。そして助言するように続けた。
「飾りならともかく、実際に使う剣は重心やバランスがある。贈り物で選ぶ物じゃない」
「じゃあ、親父に酒でも買って帰るかな。ネア、酒好きが喜ぶ酒ってあるか?」
「金は持ってるのか?」
「少ないけど、小遣いは持って来てるぞ!」
バルドが答えれば、ネアはそれに頷きながら言った。
「それなら、こっちだな」
「でも、俺、酒とか分からないぞ?」
「そこは俺に任せろ」
「本当か!?それなら頼むな!」
「えっ!?」
そう言うと、二人は僕が止める間もなく、そのまま部屋の奥へと行ってしまった。
「……二人とも、自由なところが似ていますね」
いつの間にか隣にいたコンラットが、静かにそう言う。
「……うん」
さっきまで僕のことで相談していたはずなのに、気がつけば僕が取り残されていた。
その後、なかなか二人が戻ってこないので、僕はコンラットに相談に乗ってもらいながら、様々な商品が並ぶ棚の間を移動しながら、何とか家族への贈り物を決めた。すると、ちょうどその時、ネアとバルドも一緒に戻ってきた。
「そっちも、贈り物は決まったの?」
行く時より少し元気のなくなったバルドが、手に持っている小さな瓶を見ながら尋ねると、彼は小さく頷いた。
「あぁ……でも、酒って高いのな……」
「お前、貴族なのに何でそんなに金持ってないんだよ……?」
少し呆れたようにネアが言うと、バルドはすぐに反論する。
「俺の家はお小遣い制だから仕方ないんだよ!!」
強く反論しながらも、なけなしのお金で買ったからか、手に持った瓶を落とさないよう大事そうに瓶を抱えていた。僕は必要な時に父様達からお金をもらえるから、バルドみたいに小遣いを持ったことがない。でも、自分の限られたお金で買うからこそ、贈り物のありがたみも増すのかもしれない。そんなことを、バルドの様子を見ながら思った。
(今度、父様にお小遣いをもらえないか聞いてみようかな……)
そんなことを考えながら、僕達は代金を払うため部屋を移動しようとした。すると、部屋の外には、さっきノアと名乗った男が、僕達の買い物が終わるのを待っていたかのように立っていた。
「お決まりになりましたか?」
「はい。これ、代金です」
僕が代金を払おうとすると、みんなもそれぞれの品の代金を出そうとする。けれど男は首を横に振り、穏やかに微笑んだ。
「代金は必要ありません。こちらの品々は、商会からの贈り物としてお受け取りください」
「やった!」
戸惑ったままお金を差し出している僕の横で、バルドは素直に喜びの声を上げた。でも、お酒一本のバルドと違って、僕は家族の分まで買っている。だからこそ、何だか申し訳ない気持ちになる。
「えっ……でも……」
「お気になさらないでください。それでも気になるのでしたら、ビジネスだとお考えください」
「ビジネス?」
言い淀んだ言葉に返された言葉に、僕が小首を傾げながら聞き返すと、男は微笑みを浮かべたまま続けた。
「はい。以前、レグリウス公爵家へ商談に伺ったことがあるのですが、その際は良いお返事を頂けませんでした。もし御子息から公爵閣下へ一言添えて頂けるなら、それだけで十分価値があります」
その言葉を聞き、コンラットがすぐに口を開く。
「それでしたら、私は頂けません」
父様達が使うような小物を選んでいたコンラットは、きっぱりと辞退した。すると、その言葉にバルドは少し残念そうな顔をする。けれど、そんな二人にネアが声を掛けた。
「気にせず貰っておけ。どうせかなり儲けてるからな。それに、お前達が気にしないように言っただけで、深い意味なんてない。そうだろう?」
ネアの言葉に、男は柔らかく微笑む。
「ええ。ネアが皆様に迷惑を掛けているお詫びだと思ってください」
ネアの問いかけに笑みを以て答えたけど、騒動のことを引き合いに出されたからか、ネアは少し不機嫌そうに眉を寄せた。それでも僕達がまだ受け取るのを躊躇っていると、ネアは背中を押すように言った。
「それなら、お前らに貸し一つってことでいい。どうせ今後も迷惑かけるだろうしな」
「……迷惑をかける前提で言わないでください」
ニヤリと笑うネアに、コンラットは呆れを滲ませる。それでも、どちらも代金を受け取る気配はない様子に、コンラットも観念したようだった。
「分かりました。何かあった時は、私もできる限り力になります」
「まぁ、俺は何もなくても力になるけどな!」
コンラットの言葉の後にバルドも明るく返す。そんな二人に続くように、僕も口を開いた。
「僕も、父様に言っておきます」
僕の言葉にどれほど価値があるかは分からない。それでも、父様にはきちんと伝えると言えば、男は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
柔らかな笑みを浮かべながら、目でも礼を伝えてくる。そんな男やネアに見送られながら、ウィンクルム商会を後にした。
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