商会へ
父様に言われた言葉があったからだろうか。新年祭を終えた後から、リオ先生は以前にも増して、学院での様子を頻繁に尋ねてくるようになった。
「はぁ……。心配してくれるのはありがたいけど、そんなに気にしなくてもいいのに……」
昼休み。僕が小さくため息をつきながらこぼすと、コンラットは苦笑を浮かべる。
「ですが、レグリウス家当主であるアルノルド様から直接言われれば、気にせざるを得ない面はありますからね……」
僕の気持ちも分かるし、先生の立場も理解できる。そんな顔で慰めてくれるけど、それでも胸の奥のもやもやは、なかなか晴れなかった。
「でも、そのせいで……余計に面倒になっているんでしょう……」
例の彼は、あの日以降、睨むだけで直接突っかかってくることはなかった。けれど、水面下では、僕が不正をしたという噂を広めていたらしい。しかも、リオ先生が僕を気にかける回数が増えれば、今度は「教師に媚びを売っている」だなんて言い出してるみたいだ。
その話を思い出しながら、僕が落ち込みながら呟くと、その話を教えてくれたバルドが、ばつの悪そうな顔をした。
「だったらさ……楽しい話でもすれば、少しは気が紛れるんじゃないか?」
ぶっきらぼうな言い方だけれど、ちゃんと僕のことを気遣ってくれているのは分かる。
バルドは街の子とも交流が多いぶん、噂話にも意外と詳しい。だからこそ、僕の噂を最初にしたのはバルドだったし、その話を耳にした時も、ちゃんと否定してくれたらしい。ただ、そのまま僕に、そのことを黙っているのも違うと思ったのだろう。けれど、話した後で「言わない方がよかったかも」と少し後悔している。そんな顔をしていた。
「楽しい話……ねぇ……?」
そう言われても、ぱっと思い浮かぶものは何もない。僕が考え込んでいると、代わりにコンラットが静かに口を開いた。
「楽しい話ですか。それでしたら、来月に迫ったアルノルド様のお誕生日に、リュカは何を差し上げるのですか?」
「えっ? なんで、僕の父様の誕生月を知ってるの?」
楽しい話という話題から、なぜ父様の誕生日になるのかも不思議だけど、それ以上に“知っている”ことに驚いて問い返す。すると、コンラットは少しだけ胸を張った。
「オルフェ様は三ヶ月後ですよね」
「だから……何で知ってるの……?」
父様達は目立つことを嫌う。そのため、生誕祭のような祝いも、身内だけでひっそりと行う程度だ。なのに、身内でもないコンラットが当然のように知っていることを再び問いかけると、今度は逆に、コンラットが「やっぱりご存じないんですね」と言いたげな顔をした。
「伝記などの本にも記されていますし……何より、お二人には非公式のファンクラブがありますからね」
「そんなのあるの!?」
思いもよらない言葉に、思わず声が裏返る。だけど、そんな僕を前に、コンラットは平然と頷いた。
「憧れる者がいる以上、自然発生的にできますよ。中には、オルフェ様の真似をすればモテると勘違いしている者もいるようで、街でも見かけたりしますよ」
(じゃあ……たまに見かけていた、あの人達は……)
卒業式や町中で、兄様と同じように片手だけ手袋を嵌めている人達を見かけたことを思い出しながら、僕はさらに問いかけた。
「でも、兄様達から一度も聞いたことないけど……」
首を傾げて問うと、コンラットは当然のように答えた。
「非公式ですからね。それに、いくつか規則はありますが、第一の暗黙のルールは、”ご本人方にご迷惑をおかけしないこと”ですから」
「まさかとは思うけど……コンラットは、入ってないよね……?」
当然のように事情に詳しい彼を見て、恐る恐る尋ねると、誇らしげな返事が返ってきた。
「もちろん入っていますよ。私の兄が今も学院に所属していますので、その伝手を頼れば簡単でした」
(……だからか)
前に僕が兄様のことを相談した時、迷惑をかけることをあそこまで嫌がり、バルドを脅してでもコンラットが止めようとした理由が、ようやく腑に落ちる。僕が何とも言えない顔をしていると、コンラットは「まだまだ語れますが?」と言いたげな顔をする。けれど、その様子を察したのか、長い付き合いのバルドが慌てて口を挟む。
「そ、それで!何を渡すんだ!?」
強引に話題を戻され、コンラットは少し残念そうな顔をしながらも、それでも興味深そうな視線を僕へ向けてきた。
「うーん……。前までは、屋敷に来る商人から母様と一緒に選んで買ってたんだけど……」
これまでの事情を話しながら、少し考えてから続ける。
「学院に一人で通うようになったし、せっかくだから街に行って、自分で探してみたいんだよね。でも、お店とか詳しくなくて……」
どうせなら、父様達が驚くようなものを贈りたいけど、一人で店に入る勇気までは、まだない。だから、以前、フェリコ先生に付き添ってもらった時のように、一緒に街に行って欲しいと頼みたい。けれど、学院に入ってからは屋敷に来る回数も減ってきており、気軽に頼めなくなっていた。僕が悩んでいると、それまで静かに聞いていたネアが、ぽつりと口を開いた。
「俺の家にある商品でも見てみるか?」
淡々としたその言葉に、僕はぱっと顔を上げた。
「いいの!?」
「お前の欲しい物があるかは分からないがな」
僕が期待を込めて言えば、ネアはいつも通り素っ気ない口調で淡々と答える。すると、滅多に自分の家のことを話さないだけに、バルドが興味深そうに身を乗り出した。
「そういえばさ、ネアのところの商会って、なんて名前なんだ?」
「……ウィンクルム商会」
わずかに間を置いて告げられたその名に、コンラットが小さく息を呑む。
「それは……かなりの大手ですね」
「そうなの?」
事情を知らない僕が首を傾げると、コンラットが説明する。
「近年急成長している商会です。扱う品目も幅広く、日用品から希少品まで、大抵の物は揃うと聞いています」
「そうなのか? じゃあ、俺も行ってみたい!」
「バルドも、何か欲しい物があるの?」
「いや、特にないけど、ネアの家に行ってみたいからな!もちろん、コンラットも一緒に行くよな?」
「……勝手に決めないでください」
当然のような言葉に、コンラットは呆れたように返すけれど、バルドはにやりと笑う。
「そう言いながら、本当は行きたいんだろ? たまには素直に“行きたい”って言えばいいのに」
「……うるさいです」
”言わなくても分かっている”とでも言いたげに頷くバルドの態度に、コンラットは不満そうな顔をする。けれど、その様子が面白いのか、バルドはさらに笑みを深めた。そんな二人のやり取りも、いつの間にかすっかり日常の一部になっている。そう感じた僕は、小さく笑いながら、その掛け合いに耳を傾けていた。
週末。
「友達の家に遊びに行く」と家族に伝え、僕は馬車でネアの家へ向かった。
「おう! リュカも今来たんだな!」
到着して馬車から降りると、ちょうど二人もやって来たところだった。でも、なぜか自分の家のような顔で、バルドが僕を迎え入れるように声を掛けてきた。
「二人も、今着いたところなの?」
「あぁ。あんまり早いと迷惑になるって、コンラットがうるさく言うからさ」
「私は当然のことを言っただけです」
元気が余っているバルドの横で、強気な態度で返しながらも、コンラットはどこか少し疲れたような顔をしていた。そんな対照的な二人に苦笑しながら、僕は僕達を出迎えるため外に出てきていたネアへ声を掛けた。
「ネア。これ、母様達からの手土産」
「こちらは私達からです」
友達の家へ行くということで持ってきた手土産を渡すと、それに続くようにコンラットも自分の手土産をネアへ差し出した。すると、バルドが僕の方へ身を乗り出してくる。
「俺、手土産忘れてたと思ってたんだけどさ! コンラットが俺の分も用意してくれてたんだ!」
「貴方のことですから、きっと忘れているだろうと思いました」
この前のこともそうだけど、幼馴染みだからか、お互いのことをよく分かっている。そんな二人の関係を少し羨ましいと思っていると、手土産を受け取ったネアが短く礼を言った。
「わざわざ悪かったな。だが、いつまでもここに立っていると邪魔になる。とりあえず中へ入れ」
大手の商会だけあって、確かに店の出入りは多い。その入口に、貴族服を着た僕達が立っているせいで、客達が遠慮して通れずにいる。そのことに気付いた僕達は、ネアに促されるまま店内へ入った。
中は想像以上に賑わっていて、客達が商品を手に取っては、店員と話をしている。そのため、人の気配が入り混じって、店の中は活気に満ちていた。そんな店の様子を興味深そうに見回していると、ネアが声を掛けてくる。
「お前達はこっちだ」
“ここではない”と言わんばかりの口調で、ネアに促されるまま店の奥へ進む。すると、そこには貴族を通すような部屋なのか、多くの品がありながらも、一人の男性しかいなかった。その男性は、グレーの髪に薄紫の瞳をしており、柔和な笑みを浮かべると、僕達に丁寧な物腰で声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ。私はこの商会の責任者、ノアと申します。ネアのご友人の方々と伺っておりますので、どうぞご自由にご覧ください」
「よ、よろしくお願いします」
「おじゃましております」
僕達が少し緊張しながら挨拶を返すと、横からバルドが気軽な調子で口を開いた。
「よろしく!それと、あっちとかも見ていいのか!?」
「バルド!」
挨拶もそこそこに、珍しいものがありそうな店の雰囲気に興味を引かれたバルドが声を上げれば、それをコンラットが慌てて止める。すると、ネアが短く言った。
「ここはいいから、あっちに行ってろ」
「分かりました。私は邪魔なようですので、下がらせて頂きます。どうぞ、皆様だけでごゆっくり」
その言葉に苦笑を浮かべながらも、丁寧に一礼すると、そのまま店先の方へと去っていった。その背中を見送りながら、僕はふと疑問を口にする。
「さっきの人が、ネアのお父さん?」
容姿も雰囲気も、ネアとはあまり似ていない。そう思って聞いてみると、ネアは露骨に嫌そうな顔をした。
「あれは父親じゃない。それに、俺があいつを父と呼ぶことも、決してない」
「え? どういう……」
問い返そうとした瞬間、袖を軽く引かれた。視線を向けると、コンラットが気まずそうな顔をしている。
「リュカ。家庭の事情に踏み込むのは控えるべきです。誰にでも触れられたくない事はあります」
小声で諭すように言われた僕に、今度はバルドが真剣そうな顔で続けた。
「そうだぞ!隠したい秘密は、誰にでもあるんだぞ!」
先ほどまでとは違う妙に力の入った言い方に、コンラットがじっとバルドを見る。
「貴方の秘密は、素直に話した方が良いと思いますけどね」
「だから、言えるわけないだろ!」
どうやら、まだグラスを壊したことを謝っていないらしい。呆れを含んだ視線を向けるコンラットに、バルドは小声ながら必死に反論している。そんなやり取りを前に、僕は苦笑するしかなかった。
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