事前に
僕達が、本を読み初めてしばらくたった頃、書庫の扉をノックする音が聞こえた。
「リュカ。仕事が一段落してから来たのだが、中に入ってもいいか?」
コンラットは、誰の声なのかすぐに気付いたようで、僕に問うような視線を向けて来た。
僕も、別に隠すつもりはなかったけれど、伝えるのを忘れていた気まずさで、視線を逸らすように扉へと向ける。
「はい。大丈夫です」
何時までも、兄様を扉の外に立たせて置くわけにはいかないので、僕はみんなの視線に気付かない振りをしながら声をかけた。兄様は、部屋に入るとみんなへと視線を向け、軽くお辞儀をした。
「先日は予定があり、挨拶が遅れてしまい申し訳ない。私は、兄のオルフェだ。皆の事は、弟のリュカからよく話しを聞いている。これからも、弟とは仲良くしてくれると有り難い」
「お、俺は、バルド・グラディウスです!」
「こ、コンラット・スクトールです!」
「ネアだ」
兄様が部屋に入って来たら、みんなの様子が明らかに変わった。バルドは、何時もの勢いはなく、何処かそわそわした態度に変わり、コンラットは緊張しているのか、直立で固まっている。ネアは、普段から口数は多くないけれど、さらに口数が減ったような気がする。
「グラディウスというと、父君は騎士団長か?」
「は、はい!」
「なら、父君にはあった事がある。前、王城に行った際に、レオンと一緒に剣術の指南して貰った」
「俺も、親父から稽古を付けて貰っています!!そ、それで…俺…貴方の剣術にも、憧れてて…」
「私に?」
「1度だけですけど、学院で開かれる剣術大会の試合を見た事があって…凄いなって…。それで…1回でいいので、俺と手合わせして貰えませんか!!」
バルドは、兄様に右手を差し出しながら頭を下げた。格好だけ見るならば、まるでプロポーズをしているようだった。
「……。リュカの友人の願いを無下にも出来ないか…。分かった。今度、時間を作ろう」
「あ、ありがとうございます!!」
バルドは、夢が叶った少年のように、キラキラした目で兄様を見つめながら喜んでいた。何時もなら、ここで何か言いそうなのにと思って、コンラットに視線を向けてみれば、石のように固まっていた。
それにしても、バルドも兄様に憧れていたのを初めて知った。僕も、大会が開かれる闘技場には、父様達に連れて行って貰ってはいた。だけど、剣術は興味がないうえに、見ているのが怖くてぼとんど見ていなかったし、その後やってた魔術大会も、魔法にばかりに目が行っていて、兄様をほとんど見ていなかった。
その後も、僕も魔法を使ってみたいって、フェリコ先生に我儘を言っていた記憶しかない。まあ、それ以来、簡単な魔法なら教えて貰えるようにはなった。
コンコン
不意に、部屋の扉をノックする音が聞こえて来た。だけど、他に誰か来るとは聞いていなかったはずだ。まさか…母様じゃないよね…?。みんなの視線が、自然と扉の方へ向いた。
「少し失礼するよ」
「と、父様!?」
扉を開けて入って来たのは、屋敷にいないはずの父様だった。
「し、仕事はどうしたの!?」
夕方にもなっていないこの時間帯なら、父様はまだ仕事をしているはずだ。
「自分の仕事は終わらせて来たし、部下にはちゃんと断って来ているから大丈夫だよ。それに、帰る事を書いた手紙を書類の間に挟んで、レクスの部屋に届けさせたからね」
「何で、手紙を書類の間に挟んだの?」
「手紙を届けさせた相手が、レクスに叱られる可能性があったからね。それに、書類に紛れ込ませれば、逃走時間も確保出来る。今頃、手紙を見つけて読んでいる頃じゃないかな?」
部下には気遣いをするのに、一国の王には気遣いとかはないんだ…。でも、それだけ仲が良いって事なのかな…?
「父上、リュカの友人が来ている時は、そういう言動を控えて下さい」
「仕方ないだろう。私だって、リュカの友人には合って見たかったんだ。それに、私だけ挨拶をしないのもどうかと思うしね」
僕達が話している間、みんながやけに静かだと思って視線を向けると、さっきまで手合わせが出来ると喜んでいたバルドも、コンラットの横で大人しくなっていた。コンラットは、緊張のし過ぎなのか、少し顔色が悪い。
「コンラット…大丈夫?」
「はい!」
「ほ、本当に、大丈夫?」
「はい!」
ぜ、全然、大丈夫には見えないんだけど…。
「はじめまして、父親のアルノルド・レグリウスだ。君は、入学式で挨拶をしていた子だね?」
「はい!」
「今日は、リュカの勉強を見てくれていると聞いているよ。リュカが、君に何かと面倒をかけるかもしれないが、よろしく頼むね」
「はい!!」
その後も、壊れたように「はい」しか言わなくなったコンラットを見て、せめて兄様の件だけでも伝えておけば良かったと後悔した。
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