紛らわしい
そんなことがあるものの、何とか今週も切り抜けた僕は、先週に約束していた週末を迎えることが出来た。
「今日も、クラスメイトは来るのか?」
朝食の席で、兄様が何気ない調子でそう尋ねてきた。
「うん。そうだよ」
僕がそう答えると、兄様は一拍置いてから、静かに言葉を続けた。
「今日は外出の予定もない。だから、手が空いたら顔を出そうと思うのだが、問題はないか?」
「えっ……?」
その言葉に、思わず変な声が出た。すると、兄様がわずかに眉を寄せる。
「何か、問題でもあるのか?母上も顔を出したと聞いたが?」
(……だから、来て欲しくないんだけど)
心の中で小さく呟きながらも、どう言えばいいのか分からず、結局その本音を飲み込む。ここで断れば、母様はよくて兄様は駄目だと言っているみたいで、それも嫌だった。みんなの視線も集まる中、僕は言葉を探すように、曖昧な笑みを浮かべた。
「で、でも……兄様は忙しいでしょ……?無理しなくていいよ……?」
「少しくらいなら問題はない。それとも、私が行っては駄目な理由でもあるのか?」
「ないよ!ないけど……」
慌てて首を振りながらも、思わず零れた“ないけど”を、兄様は聞き逃さなかった。
「ないけど?」
「……いえ。ぜひ、来てください……」
そう聞かれれば、それ以外に言える言葉はなかった。でも、その言葉を口にした瞬間、なぜか一人の顔が頭に浮かんだ。
(コンラットが喜びそうだな……)
僕はそんな事を考えて、ますます複雑な気持ちを抱えたまま、朝食を終えたのだった。そして、どう伝えればいいのか分からないまま、屋敷に来たみんなを書庫で迎えた。
「それで、何が分からないんですか?」
コンラットは、僕の様子を見て不思議そうにするけれど、真面目な声でそう聞いてきた。だから、僕は今答えられることを正直に答える。
「……全部だよ」
「ぜんぶ……?」
思わず聞き返すコンラットの声には、困惑と戸惑いが滲んでいた。それでも、今さら取り繕う意味はないと思って、僕は同じ言葉をもう一度だけ繰り返す。
「うん。全部」
そんな僕の言葉を聞いて、コンラットは一瞬だけ言葉に詰まり、恐る恐るという風に問いかけてくる。
「ですが、さすがに初代国王の名前くらい言えますよね……?」
「えっと……レイナルドだっけ?」
「レイナードだ」
「ネアの言う通りです。それは三代目の名前です……」
「じゃあ……二代目は?」
「それは、レオニスだろ?」
(ややこしい!)
ただでさえ似たような名前ばかりで覚えづらいのに、そこに年号まで加わると、他の出来事と混ざって、頭の中が一気に混乱する。でも、それを指摘されるのが、ネアやコンラットだけならまだしも、僕と一緒だと思っていたバルドにまで教えられると、何とも言えない気持ちになる。
「何でこんなに似たような名前なの!?」
思わず声を上げると、コンラットは肩をすくめるようにして、淡々と答える。
「初代国王にあやかって、似た名前を付けたのでしょう。王家ではよくある話です」
「まぁ、どこの国も似たようなもんだな」
「それでも、似すぎだよ……」
ネアからも、さらりと突き放すように言われ、僕がしょんぼりと呟くと、今度はバルドが首を傾げた。
「別に似てないと思うけどな?レオニスは剣が得意だろ?それで、レイナードは槍、レイナルドは魔法。ほら、全然違うだろ?」
(それは……バルドだけの覚え方だよ……)
あまりにも自信満々に言われて、思わず言葉を失う。武器で覚えるなんて、僕には余計にややこしいだけだ。その証拠に、僕と同じように聞いていたコンラットも、思わず額に手を当てた。
「……バルド。それは、一般的な覚え方とは言いません」
「そうか?」
なおも首を傾げるバルドに、コンラットは小さく息を吐き、呆れを滲ませた視線を向けたあと、僕へと向き直った。
「バルドの言うことは一旦置いておいて、簡単な本から読み直してみたらどうですか。私が昔読んでいたものを何冊、カバンに入れて持ってきています」
そう言いながらカバンを開き、丁寧に本を取り出そうとした時、その横でバルドが声を上げた。
「おっ!なら俺は、この前読んで面白かった騎士の本を取ってくるな!!ちょうど、ここの書庫にあったのを、先週見つけたんだ!!」
「えっ!」
僕の返事を待つ間もなく、バルドは勢いよく書庫の奥へ駆けて行ってしまった。その後ろ姿を見送りながら、僕は小さく肩を落とす。
(いや……今の僕に、騎士の武勇伝まで覚えている余裕はないんだけど……)
そんな心の声が、虚しく胸の中で響いた。すると、隣にいたネアが僕に声を掛けてきた。
「リュカ。この本、借りてもいいか?」
手にしていたのは、僕が以前に勧めた本の続編だった。
「いいよ!それ、面白かったでしょ!」
「……思ったよりは面白かった」
素っ気ない言い方のくせに、否定はしない。その微妙な肯定が、なんだか嬉しくて、少しだけ顔を緩む。
「何の話ですか?」
ちょうど本を取り出し終えたコンラットが、会話の流れが掴めず、不思議そうに首を傾げる。
「この前、リュカに薦められた本だ。シリーズで出ているようだったから、続きも借りていいか聞いていた」
ネアの説明に、コンラットは表紙を覗き込みながら、興味深そうに目を細めた。
「私も読んでみます。……一巻はどこにありますか?」
「え!?コンラットも、こういう子供向けの本読むの!?」
コンラットは、分厚い歴史書や難しそうな専門書ばかり読んでいる印象が強かったから、思わず驚きの声を上げる。すると、どこか言い訳するような言葉が返ってくる。
「普段は読みませんが……表紙が、少し気になったので……」
「まぁ、お前なら興味を持ちそうだとは思っていたがな」
「何で?」
ネアがさらりと口を挟むように言った言葉に疑問の声を上げると、ネアは無言で本の表紙をこちらに向けてきた。
「物語の内容も、少年と龍が共に旅をする冒険物だし……お前の兄を題材にしたみたいだろ?」
そう言われて、改めて表紙に目を向ける。そこには、幼い少年と一匹の龍が、並んでしっかりと描かれていた。
「でも、兄様は二体だけど、この物語には一体しか出てこないよ?」
違いを口にすると、ネアはどこまでも淡々と答える。
「完全に同じだと、何かあった時に面倒だからな。こういうものは、少し内容を変えて、逃げ道を作っておくんだ」
「うーん……」
まるで、実際にそういう“作り方”を知っている人みたいな言い方に、僕は曖昧に唸るけど、コンラットも僕と似たような表情を浮かべていた。それに、今まで何も考えずに読んでいた物語だけに、そんなことを言われてしまうと、次からは素直に物語の世界に浸れなくなりそうだった。
「どうしたのか?」
本を探しに行っていたバルドが戻ってきて、その場の空気が少しだけ違うことに気付いて首を傾げた。
「ううん。なんでもないよ」
深く追究される前に僕がそう返すと、バルドはあっさり納得した様子で頷く。
「そっか。あっ!これが俺が言ってた本!」
今は、その空気の読めなさが、逆にありがたかった。けれど、差し出された分厚い騎士の本は丁重に断り、コンラットが持ってきてくれた簡単な本を手に取る。そして、ページをめくりながら読んでみたものの、やっぱり文字だけだと、頭の中で上手く繋がらない。
(絵があれば、もう少し覚えやすいのに……)
そんなことを考えながら、僕は本と睨めっこを続けていたけれど、そうして、みんなと過ごす時間に気を取られているうちに、兄様が顔を出すかもしれない、という一番大事なことを、僕はすっかり伝え忘れていたのだった。
お読み下さりありがとうございます




