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交わらぬ思惑


屋敷へと戻ると、兄様達もすでに帰ってきていた。けれど、夕食の席でも、母様に話題を振られない限り、兄様は自分から会話に加わろうとはしない。もともと口数が多い方ではないけれど、それでも、どこか王女と距離を置いているように見えた。


「今日、城へ行ってみてどうだったかしら?祖国との違いは、何かあった?」


母様が柔らかく問いかけると、王女は静かに微笑んで答えた。


「はい。城内をご案内いただいたのですが……ルークスとは異なり、利便性や生活環境の向上を目的として、各所に魔道具が設置されておりました。そのおかげか、特に暑さを感じることもなく、とても快適でしたわ」


まだ残暑の厳しい時期で、昼間の暑さもまだ厳しい。だから、それを踏まえて答えれば、母様もそれに頷く。


「我が国では、民衆も魔法の恩恵を受けられるよう、魔道具の開発に力を入れているのよ」


「そうなのですね。ルークスでは“自然のまま受け入れる”という考えが強く、そのような道具は用いておりません。そのせいで、季節によっては作業効率が落ちることもあります。なので、今回の訪問を機に、そういった点も取り入れていければと考えておりますわ」


決意を滲ませるように言ったものの、そこで言葉を切る。そして、一度視線を落とすと、やがて様子を窺うように顔を上げた。


「それで、なのですが……その魔道具は、どれほどの価格なのでしょうか?」


金銭に関わる話だからか、その声音には遠慮が滲んでいる。けれど、国に取り入れることを考えれば、避けては通れない問いでもあるようだ。それを察したのか、母様は安心させるように微笑んだ。


「生活用のものは、爵位を持たない者でも手が届くようにしているから、それほど高額というわけではないわね」


その答えに、王女の目がわずかに見開かれる。


「それで……利益は出るのですか?それまでの開発費用もかかると思いますが……」


「そのあたりは国が運営して、保証などもしているけれど……」


そこまで言って、母様は言葉を選ぶように一度区切る。そして、父様へと視線を向けた。


「そういったことは、私よりアルの方が詳しいわね」


母様に話を振られ、父様は一瞬だけ間を置いてから、静かに口を開いた。


「我が国では、魔物素材が豊富に手に入る。だが、その一方で、魔物が増えすぎる傾向がある。そのため、国から冒険者ギルドへ討伐依頼を出し、回収された素材は、国営の機関へと回される」


低く落ち着いた声で説明すると、王女はすぐに問いを重ねた。


「ですが、冒険者を通さずとも、最初から国で調達した方が、経費は抑えられるのでは?」


「我が家でも個人的に冒険者へ依頼することはあるが、それにより彼ら、そして周辺に関わる者達の収入も安定する」


「……では、定期的に依頼するのは、魔物の種類を偏らせないためですか?」


「それもある。だが、それ以上に、街道の安全性の確保と、物資の管理を円滑にする意味合いが大きい」


「……なるほど」


王女は一度、言葉を噛みしめるように小さく頷いた。そして、迷うことなく次の問いを投げかける。


「では、希少な素材が不足した場合は、どのように対応されるのですか?」


「その際は、騎士団の遠征先として、討伐と採取を兼ねて行わせている」


「訓練と資源確保を同時に……合理的ですわね」


無駄のない方策に、王女は一度考え込むように口を閉ざした。そして、わずかに間を置いてから顔を上げる。


「ですが……必ず成功するとは限りませんよね。そういった研究者達は、どのように資金を調達しながら開発を進めているのですか?」


「才があると見込んだ者に関しては、研究費は国で負担し、生活保障も行う。有益な成果が出れば、権利の保証と報奨も与える」


「……それだけの資金は、どこから?」


「貴族からの融資もあるが、主な財源は開発した品の利権だ。その一部を国が買い取り、売上を次の研究資金へ回している。研究が進めば生活が向上し、その分だけ資金も回る仕組みだ」


ルークスから来た以上、少しでも多くを学ぼうとしているのだろう。王女は間を置くことなく、次々と問いを重ねていくけれど、父様は淡々と続ける。


「初期投資は必要だが、長期的に見れば利益の方が大きい。何より、優秀な人材が他国へ流出する損失に比べれば、多少の損失が出ても安いものだ」


「……その損失は、どこで補うのですか?」


「それを管理するのが財務の役目だ」


そこで一拍置くと、父様はわずかに言葉の調子を変えた。


「適切に予算を分配していてなお、国の運営に支障が出るほどの損失が出るなら⋯⋯後は、そこにいる人間の問題だ」


「……耳が痛い話ですわね」


欲に目がくらみ、不正を行う者がいる限り、その損失がなくなることはない。その事実を低い声で突きつけられながら、王女は苦く笑った。そんな中、僕は父様の方を見ていた。


(父様が……宰相に見える……)


周囲から有能だとは聞いても、屋敷で仕事をしている姿を見せることはほとんどない。それに、僕が執務室に顔を出せば、いつも手を止めて笑いかけてくれる。だから、こうして真顔で国の運営を語る姿を見ると、父様は本当に国を動かしている人なのだと、今さらながらに思い知らされる。


ぼんやりとその姿を見ていると、話の流れが少し重くなりかけたのを察したのか、母様が軽く手を叩いた。


「せっかくの食事ですもの。難しい話はここまでにしましょう?」


「そうですわね。無粋なことを聞いてしまいました」


穏やかな声で空気を和らげれば、王女もそれに頷く。だけど、わずかに躊躇ってから口を開いた。


「失礼を承知で、もう一つだけ……よろしいでしょうか?」


「ええ。私に答えられる範囲なら」


「この国の制度や経済に関する書物を、お借りできる場所を教えていただきたいのですが」


「それなら、講師を手配しましょうか?」


「いえ……そこまでしていただくのは。それに、書物であれば、自分のペースで読めますし……」


王女は小さく首を横に振る。そして、わずかに柔らかく微笑んだ。


「私、本を読むのが好きなのです」


「それなら、オルフェと同じね」


母様が楽しそうに笑う。


「昔から本好きで、そんなオルフェのためにアルが各所から集めたものもあるから、屋敷の保管庫には貴重な本が多いのよ」


「そうなのですね」


どこか納得したように頷きながら、王女は父様へと視線を戻す。けれど、父様はそれに気付いていながら、あえて視線を合わせようとはしない。そのわずかな間を埋めるように、母様が口を開く。


「でも、この国を知りたいなら、本だけじゃなくて、実際に街を見て回るのもいいわよ?」


「街……ですか?」


「ええ。お店も多いし、いい息抜きにもなるわ」


王女は少し考えるように視線を落とす。


「ですが……急に伺っては、ご迷惑になるのでは……」


「大丈夫よ。うちで経営しているお店もあるから」


母様はそう言って微笑み、自然な流れで続けた。


「それに、オルフェに案内してもらえばいいわ」


「えっ……?」


その一言で、王女の表情が、はっきりと揺れる。驚きと、ほんのわずかな期待。その変化を見て、母様は楽しげに目を細めた。


「アルから管理を引き継いで、今はオルフェがそういったお店の管理をしているの。だから、案内役としてはピッタリよ」


「で、ですが……」


王女の視線が揺れ、無言のままの兄様と、楽しげに話を進める母様。その間を、迷うように行き来していた。


「エレナ。あまり無理強いはしない方がいい」


父様が、穏やかな笑みのまま口を挟む。


「オルフェも、城での仕事があるだろうしな」


そう言うと、そのまま母様へと向けられる視線とは明らかに違う、牽制するような視線が王女へと向けられた。もともと父様は好意を抱いていない。そのうえ、二人が一緒にいることを良しとしていないせいか、静かな圧が、その場に落ちる。


「そ、そうですわね!」


王女ははっとしたように慌てて頷きながら、その視線を伏せる。


「それに、このお屋敷に滞在させていただいているだけでも、ご迷惑をおかけしていますし……」


「そんなことないわよ」


母様がすぐに否定する。けれど、王女は小さく首を振った。


「いえ……祖国の者達には、ある程度、事情を説明しておりますが、こちらではそれを伏せているため……周囲に明確な滞在理由を申し上げることができませんので……」


精霊王の件は、家族や屋敷にいる限られた者しか知らない。それに、余計な注目を集めないため、王都の人々には伏せられている。だから、それを理由にここへ滞在しているとは言えないと口にすれば、その言葉に、父様が冷ややかな声を落とした。


「少し考えれば、最初から分かりそうなものだがな」


「ちょっと、アル!」


はっきりとした物言いに、母様が咎めるように声を上げるけれど、父様は表情を変えない。そんな様子に、王女は静かに首を振った。


「お気遣いなく。本当のことですので」


そして、穏やかに続ける。


「そんな状態で一緒に出歩けば、余計な誤解を招きます。ですので……私はなるべく屋敷で大人しくしておりますわ」


「そう……」


母様は残念そうに目を伏せた一方で、父様は満足そうだった。


「その代わり、明日にでも保管庫へお邪魔してもよろしいでしょうか?」


「もちろんよ」


母様の言葉に、王女は柔らかく微笑む。その横顔を、兄様は、ただ静かに見つめていた。

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