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思いがけない理解者


あの日から、僕に声を掛けてくる人が増えた。けれど、あの時のように集団で囲まれて動けなくなることはなくなっていた。その代わり、一気に増えた交遊関係に、僕は別の意味で目が回りそうになっていた。だからこそ、詳しい会話内容は伏せて、現状だけをみんなに話してみると、バルドは不思議そうに首を傾げる。


「交遊関係が増えるのは、良いことだろう?」


「僕は……あんまり良いとは思えない」


「でも、いろんな話とか聞けるだろ?」


「うーん……」


楽しい話ばかりならいいけれど、聞いていて嫌になるような話も多くて、正直、会話そのものが億劫になっていた。だから、その意味は理解できても、首は縦には動かなかった。


(でも、それを口にするのもな……)


思い出すだけで嫌になる話だった。だから、それをわざわざ説明する気にもなれず、僕は黙り込んだ。けれど、内容を知れば、コンラットなら一緒に怒ってくれるかもしれない。そう思って、迷いながら視線を向ける。


「交友関係や距離感は人それぞれだと思いますよ。少なくとも私は、最低限あれば十分です」


「俺もだな」


コンラットは、僕の視線の意味を勘違いしながらも、自然に助け舟を出してくれた。そして、ネアも短く同意する。


「そんなもんか……?」


バルドは納得しきれない様子で首を傾げていたけれど、友達が多いだけに、あまり実感がないのかもしれない。けれど、何かを思い出したのか、今度は少し心配するような視線を向けてくる。


「でも、リュカは大人しいから、自分から意見言えないもんな……」


「そんなことは……ないと思うけど……」


先日のことを思い出しているのかもしれない。そう感じながら返事をするも、少しだけ歯切れが悪くなった。


(ただ……会話に入るタイミングが、いまだによく分からないんだよね……)


父様達は、いつも僕が話し出すのを待ってくれていた。それに、感情的に何かを言うこともなかった。だから、人が話している最中に、割って入ることができない。


(気付けば、聞き役になってることが多いんだよね……)


そんなことを考えていると、コンラットが呆れたように口を開いた。


「普段から、貴方が人の話を聞こうとしないだけでしょう」


「そんなことないぞ!」


「ありますよ。いつも私の話を聞かないでしょう」


「あれは話じゃなくて、ただの小言だろ!」


「……こいつら、本当に飽きないな」


二人のやり取りに、ネアが溜め息混じりに呟く。そちらへ視線を一度向けてから、再び僕の方へ戻した。


「まぁ、明日は休みだろ。騒がしくなる前に、ゆっくりすればいいんじゃないか」


「……うん」


興味を失ったように言ったネアだったけれど、普段から見慣れた光景なだけに、僕も軽く流しながら短く返事を返した。


結局、本当の悩みは口にできなかった僕は、なんとなく一人になりたくなった。だから、気分転換のため、昼過ぎに庭へ向かうと、そこにはすでに人影があった。その影に声を掛けるか迷っていると、向こうもこちらに気付いたようだった。


「散歩ですか?」


「うん。王女様も?」


「えぇ。少し息抜きをと思いまして。花を見に来ましたの」


僕の問いかけに、柔らかな笑みとともに、言葉が返ってくる。


あの日以来、書庫の本を借りて勉強していることは、夕食の席で知っていた。けれど、同じ屋敷にいても、こうして二人きりで話すのは初めてだ。だからか、距離感がつかめず、少し戸惑っていると、そんな僕の様子を見て笑みを深めた。


「以前も申し上げましたが……私のことはリリエットとお呼び下さい」


「でも……」


「少なくとも、今ここにいるのは王女ではありません。ただのリリエットですわ。それに、咎める者もおりませんし」


「そういえば、他の二人は?」


周囲を見渡しても、それらしい姿は見えない。その事に思わず首を傾げた。


「一人になりたくて、少し外していただきましたの」


「よく許したね」


護衛の二人が離れたことに驚いていると、リリエットは小さく苦笑した。


「ここは王城並みに警備が厳重ですからね」


「そうなの?それなら……僕もいない方がいい?」


正直、よく分からないままそう言ってみると、彼女ははっきりと首を振った。


「いえ、お邪魔しているのは私の方ですもの。遠慮なさらないで下さい」


そこで一度、言葉を区切る。そして、わずかに間を置いてから続けた。


「それに……少し、お話がしたいとも思っていましたから」


「僕と?」


思い当たることがなく、思わず首を傾げる。


(何かあったかな……?)


そう思っていると、その様子に気付いたのか、リリエットは苦笑を浮かべると、そのまま静かに頭を下げた。


「ルークスでは、我が国のために尽力していただき、ありがとうございました。国を代表する者として、改めてお礼を申し上げますわ」


深く下げられた頭を前に、僕は慌てて言葉を返す。


「僕は本当に何もしてないよ!全部父様達がやったことだから!」


「いえ、そんなことはありません」


僕は見ていただけであり、城での騒動の時も部屋にいただけだ。そう思って口にした言葉に、きっぱりと否定が返ってきた。


「リュカ様のお言葉がなければ、あの方のご尽力を、あそこまで頂くことはできなかったはずです。ですので、リュカ様がいてくださったからこそ、ですわ」


落ち着き払った声で、迷いのない断定が返ってきたことに、僕は思わず言葉を返した。


「そんなことないと思うけど……」


そう口にしながらも、どこか自信はなかった。


父様達なら、僕が何も言わなくても助けてくれたはずだと思う。けれど、最近の様子を思い出すと、少しだけ迷いが出て、言葉もどこか弱くなる。けれど、そんな僕の様子を見ても、態度を変えることなく、静かに言葉を重ねる。


「本人達の意向もあり、ルークスの民にはお名前を伏せ、精霊様方のおかげだと伝えております。ですので、直接お礼をお伝えすることはできませんが……」


そこで一度言葉を区切ると、柔らかく微笑む。


「民の皆は、皆様方に感謝しております」


その笑みに、どこか張り詰めていたものがほどけ、少しだけ肩の力が抜けたように見えた。そんな中、わずかに苦笑が浮かぶ。


「ですが、こうしてお話できて良かったですわ。屋敷では、なかなか機会がありませんでしたので……」


「父様が全部、切り上げちゃうからね……」


その言葉には、僕も思わず苦笑を返す。


ルークスでの交渉の時も、父様は早々に話をまとめて帰ってきていた。そして、それは屋敷でも変わらない。母様との会話はそのままでも、僕達との会話になると、父様が自然と主導権を握っていた。


(兄様なんて、相槌しか打たないし……)


母様が間を取り持とうとして、あえて兄様に話題を振るけれど、その距離はなかなか縮まらない。むしろ、少しずつ離れているようにも感じていた。


ふと言葉が途切れ、わずかな沈黙が場に落ちた。そんな気まずさを振り払うように、僕は口を開く。


「庭には、よく来るの?」


毎朝のように母様と来ているのを思い出しながら問いかけると、頷きながら答えた。


「えぇ。ルークスでも、疲れた時はよく庭園に来ておりましたので……こちらでも、お邪魔させていただいているのです」


そう言って、しゃがみ込みながら花を見つめる横顔は、どこまでも穏やかだった。


(本当に、好きなんだな……)


そう思って見ていると、その表情がゆっくりと曇っていく。


「……国を出る前、私は少し浮かれていたのです」


あまりにも唐突な言葉に、僕は思わず首を傾げる。すると、その反応に苦笑しながら、静かに続けた。


「長年抱えていた国の問題があっさりと解決したことで……この先も、すべてが上手くいくのではないかと、浅はかにも思ってしまいました」


「でも、少しくらい浮かれても良いんじゃないの?」


悩みが解決した時くらい、そう思っても仕方ない気がする。けれど、ゆっくりと首を横に振った。


「ですが……私の軽率な行動のせいで、今も皆様にご迷惑をおかけしてしまっているようで……」


「そうなの?」


「はい。同行している方のマナーが、あまりよろしくなく……私からも注意しているのですが、あまり効果がなくて……」


気まずそうに視線を逸らしたことで、その場に沈黙が落ちた。


(でも、兄様は何も言ってなかったけどな……?)


夕食の後、一緒に部屋へ戻る時などに、城での仕事について聞くことはある。けれど、その時にも兄様は、特に何も言っていなかった。そんなふうに僕が考え込んでいると、弱々しい声で続ける。


「オルフェ様にも、すっかり嫌われてしまっているようですし……」


「うーん……そこまで嫌ってはいないと思うよ」


「……そうですの?」


俯いていた顔が、わずかに上がる。そして、その表情には、小さな期待が滲んでいた。


「本当に嫌だったら、兄様は視線を向けることすらしないと思う」


「ですが、いつも眉をひそめていらっしゃいますし……」


「それは、考え事をする時の兄様の癖だよ」


「癖……ですか?」


「うん。僕も昔は怒ってるのかと思ってたけど、眉間にシワ寄せちゃうんだって。だから、嫌ってるわけじゃないよ」


そう言うと、僕の言葉で安心したのか、その表情が少しずつ和らいでいった。


「……それなら、パレードのことも、少し安心できますわね」


「何か関係あるの?」


「はい。来週行われるパレードで、オルフェ様が私のエスコート役を務めることになりましたの」


(だから父様、機嫌悪かったのか……)


準備で忙しくしているのは知っていたけれど、夕食の時の無言の圧を思い出し、妙に納得した。


「成婚されるお二人方と共に参加する予定なのですが……以前から、私のエスコート役を誰にするか、決めかねていたようなのです……」


そこで少し言葉を迷わせる。


「私と釣り合う立場で、なおかつ婚約者のいない方が、他におりませんでしたので……昨日、正式に決まったそうなんですの⋯⋯」


「……そうなんだ」


兄様の立場なら、本来は婚約者がいてもおかしくないけれど、父様は政略結婚を嫌っている。それもあり、兄様には“相手は自分で見つけろ”と言っている。だけど、今のところは相手どころか、候補すらいない。


(兄様、苦手そうにしてるもんな……)


パーティーでも女性に囲まれていることも多い。けれど、兄様はいつもどこか一歩引いていて、絶対に距離を縮めようとはしなかった。むしろ、視線が合わないようにしている節さえある。そんなことを考えていると、ぽつりとした声が聞こえた。


「オルフェ様はお優しいので、断れなかったのではと思うと、申し訳なくて……」


「あぁ……それはあるかもしれないけど」


兄様が優しいことは身をもって知っているだけに、思わず納得してしまう。けれど、すぐに言葉を続けた。


「でも、嫌だったら断ると思うよ」


そう言うと、リリエットは少しだけ困ったように笑った。


「口数が多い方ではありませんので……説明の際も、必要最低限しかお話してくださらなくて……」


「あぁ……簡潔にしか言わない時、あるよね……」


自分が理解できることは、相手も分かると思っている節がある。


「それで、冷たい方だと誤解されることもあるようですが……決して、そのような方ではありませんもの」


「うん!兄様、自分からは何も言わないけど、ちゃんと気遣ってくれるもんね!」


「そうなんですの!」


僕が肯定を返せば、今までで一番強い声が返ってきた。


「口にしない優しさが、ちゃんとあるのです!なのに、皆様、外見ばかりで判断なさって……!」


「分かる!僕も兄様の話をした時に、首を傾げられたりする!」


思わず力強く頷き返せば、さらに憤ったように声を上げた。


「赤の他人である私が言える立場ではありませんが、勝手な印象を押し付けて、オルフェ様自身を見ていない方々のお話を聞くと、苛立ってしまいますわ!」


「何をするかなんて、兄様の自由なのにね!」


バルド達は実際に接する機会が多いから分かってくれる。けれど、最近話すようになった人達は違った。


兄様のことを話しても、「イメージと違う」と言われることが多い。それに、好きなものや普段の生活まで、勝手な印象だけで決めつけられていることもあった。でも、そんな不満を表立って口にして良いのか分からず、バルド達にも話せなかった。


だからこそ、こうして同じように怒ってくれる相手がいることが、少し嬉しい。そんな僕の気持ちが伝わったのか、満足そうに微笑む。


「こんなに意見が合うなんて……思いませんでしたわ」


「王女様と意見が合うとは、僕も思わなかった」


自然と笑みがこぼれるけれど、その次には、いたずらっぽく微笑んだ。


「ここでは、リリエットと呼んでくださいな」


「でも……」


「リュカ様とは、良い友人になれそうですもの。それに、私だけ名前で呼ぶのも変ですわ」


「……うん。ここだけね」


他にいないこともあり、少し照れながら頷く。


お互い、“誤解される側”を知っていたからか、話はなかなか尽きなくて、その後も兄様の話で思いがけず盛り上がった。そして、気付けば辺りは、すっかり夕方になっていた。

お読み下さりありがとうございます

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