王女来訪の余波
思いがけないことはあったけれど、僕はいつも通り学院へ来ていた。だけど、しばらく経った今も、なぜか僕は教室へ辿り着けず、廊下の真ん中で立ち往生していた。
「いったい、どんな話をしたんだ?」
「王女って本当に可愛いのか?」
「屋敷の中では何して過ごしてるんだ!?」
「そんなに一度に聞かれても……!」
次から次へと、男女問わず人が集まってくる。気付けば僕を中心に人垣ができ、その輪はじわじわと広がっていた。しかも、その中には普段ほとんど話したことのない人達まで混ざっている。それに、質問は途切れずに、右から左から飛んできて、誰の声を拾えばいいのかも分からない。
「そんなことより、その王女はお好みのお顔でしたか?」
「性格は?穏やかな方ですか?それとも活発な方でしたか?」
「どちらが好みでしたか、参考までに聞かせてくださいませ!」
「どっちって言われても……!」
質問の向きが、明らかに王女本人ではなく別の方へ向いている気がする。けれど、その勢いに押されるように、じりじりと距離を詰められ、気付けば壁際まで追い込まれていた。
(……これ、どうやって抜ければいいんだろう)
教室へ向かうだけの廊下が、今日は妙に遠く感じる。そう思っていると、人混みの向こうから聞き慣れた声が飛んできた。
「そんな所で何してんだ。そろそろ鐘鳴るぞ」
聞き慣れた声が、人混みの向こうから飛んできた。その声に、僕は勢いよく顔を上げる。すると視線の先には、腕を組んだバルドと、面倒そうに目を細めるネア。そして苦笑を浮かべたコンラットの姿があった。
(助かった……!)
そう思ったのも束の間、僕が声を掛けるより先に、囲んでいた一人が不満げに口を開く。
「まだ早いだろ」
「リュカに用事があるんだよ」
バルドがあっさりと言い返した瞬間、僕の周囲にいた人達が一斉に騒ぎ始めた。
「お前らはいつも一緒にいるんだから、少しくらい後でもいいだろ!」
「そうだそうだ!」
「俺達は次、いつ話せるか分からないんだぞ!」
口々に不満が飛ぶ。そして、最後の言葉では、なぜか妙な連帯感まで生まれたように、皆が一斉に頷いていた。けれど、バルドも一歩も引かない。
「それにしたって、いきなり囲みすぎだろ。リュカだって、完全に困ってるじゃねぇか」
そう言って、ぐるりと周囲を見回せば、何人かが気まずそうに目を逸らした。どうやら多少の自覚はあったらしい。すると、隣にいたネアが静かに口を開く。
「……あまり度が過ぎると、次の機会すらなくなるぞ」
それだけで空気が変わる。さらに、コンラットが穏やかな笑みのまま続けた。
「えぇ。どこで誰が見ているか分かりませんからね」
その言葉が落ちた瞬間、周囲の人達が一斉に辺りを見回し始めた。そして、誰もいない場所にまで視線を走らせ、急に落ち着かなくなったようにざわつき出す。
(えっ……? どうしたの……?)
僕だけが事情を飲み込めないまま戸惑う。けれど、それでも人垣はじわじわと割れていき、やがて僕の前に一本の道ができた。
「リュカ。行くぞ」
「う、うん!」
未練たっぷりの視線を浴びながら、その隙間を抜け、三人の所まで辿り着いた時には、心の底からほっとしていた。そして、そのまま四人で廊下を歩き出し、人混みから十分離れたところで、僕はバルドへと尋ねた。
「それで、用ってなに?」
「特に用はない!」
「え?」
「あれは、リュカをあの場所から連れ出すための嘘だったからな!」
少し振り返りながら、バルドが得意げに胸を張る。すると、横から淡々とした声が飛んだ。
「お前も嘘つけたんだな」
「俺だって、あれくらいの嘘なら付けるぞ!」
嘘が付けない性格なのは自分でも分かっているけれど、からかい半分で言われれば、バルドはむきになって、ネアへと言い返していた。そのやり取りに、思わず苦笑がこぼしていれば、今度は僕へ顔を向けて言った。
「だけど、リュカがいつもの時間になっても来ないからって、みんなで迎えに来て正解だったな。俺一人だったら、連れ出せなかったかもしれない」
そう言いながら、バルドはネア達へと視線を向ける。どうやら、主に二人の言葉が効いたことは分かっているらしい。すると、ネアが呆れたように口を開いた。
「お前は馬鹿正直なんだよ。学院時代に多くのコネを作りたい奴等が、簡単に引くわけないだろ」
「仕方ないだろ。咄嗟に浮かんだのが、あれだったんだから」
「まぁ、将来の就職先にも関わってきますからね。本来なら私も向こう側の立場なので、気持ちは分からなくもありません。それに、格好の話題でもありましたからね」
「たしかにな」
二人がそう言えば、バルドも納得したように頷いた。僕だって、言っていることは分かる。けれど、当事者からすれば、素直に受け入れられるものでもない。
「でも、あんなに急に来られても困るよ……」
思わず疲れた声が漏れる。すると、バルドが苦笑した。
「まぁ、今日は普段さりげなく妨害してる奴がいなかったから、リュカに話しかけやすかったんだろうな」
「えっ?そんな人達いたっけ?」
僕が疑問の声を上げれば、三人から驚いたような視線が返ってきた。
「いや、いただろ?俺達は妨害されたことないけど、教室にいる時以外は、掃除とか備品点検してる振りして、リュカに近付けないようにしてた奴」
「あの教師の事件があってから、学院内での警備も上がってたからな。⋯⋯とはいえ、それが交流関係にまで及ぶとは思わなかったが」
「バルドは置いておくにしても、重要な役職に就いている家ですし、あんなことがあれば、それぐらいの対応が普通かと思っていました」
「えっ?何で俺は除外なんだ?」
さりげなく置いていかれたバルドが、当然のように抗議する。すると、コンラットは微笑んだまま即答した。
「バルドだからですよ」
「それ……説明になってなくないか……?」
「いや、これ以上の説明はないだろ」
「……うん」
僕としても、その一言で全てを物語っている気がした。けれど、当の本人だけは納得できていないらしい。そんなバルドへ、ネアが容赦なく言い放つ。
「そもそもお前、護衛付いてたら絶対撒くだろ」
「そりゃあ……撒くな」
一瞬の迷いもなく頷くバルドに、僕達は揃ってため息をついた。
(もし、バルドに護衛がいたら……護衛は大変そうだな)
その場の勢いで動くことも多いし、コンラットが止めてくれなければ、付いていくだけでも一苦労だ。そう考えると、護衛役の人の苦労が容易に想像できてしまう。そんなことを思っていると、コンラットが話を戻した。
「何にしても、その方達がいなかったから、あの方達もリュカに話しかけてきたのでしょうね」
「それにしたって、いきなり過ぎるけどな」
「それだけ、この機会を逃せば後はないと思ったんだろ。そういうお前は聞かれなかったのか?」
当然聞かれたんだろという態度でネアにそう問われると、バルドは軽く頷いた。
「もちろん来る時とか聞かれたぞ。だけど、王女達が来たせいで親父や兄さんの帰りが遅かったうえ、朝も早く出てったから、ろくに会話できなくて不満だったって答えてたら、それ以上は何も聞かれなくなったな?」
「……何も知らないと思われたんでしょうね」
本人は不思議そうにしているが、コンラットがぼそりと本質を突く。
(でも、バルドは普段からそういうことに興味ないしな……)
そう思われても仕方ない気もした。すると、この話題は不毛だと思ったのか、コンラットが再び僕へと視線を向ける。
「歓迎のパレードなどはされるんですか?」
他国の要人が来た際には、歓迎の意味を込めて行われることがある。だからこそ、今回も近いうちにあるのかと聞かれ、僕は首を横に振った。
「するみたいだけど、警備の兼ね合いもあって、最初の予定通りの日付でやるみたい」
「まぁ、何かあったら大変だし、急にはできないもんな」
家族が警備を担っているからか、バルドは実感のこもった声で頷いた。けれど、それ以上は気にしても仕方ないと思ったのか、すぐに別の話題へと切り替える。
「それなら、あの王女達は今、リュカの屋敷で何してるんだ?」
一度顔を合わせていることもあってか、バルドも少し興味があるらしい。
「朝の涼しいうちに、母様と庭の手入れとかしてたみたいだけど、その後は挨拶回りで城に行くって言ってたよ」
「それなら目立つだろうし、親父達も大変だな⋯⋯」
そう言って、バルドが少しだけ声を落とした。
王都中の注目が集まる中、ルークス王家の紋章入りの馬車が通れば、見物人は確実に増える。そうなれば、その分だけ警備の負担も跳ね上がるはずだ。バルドはそれを危惧しているようだったけれど、僕は小さく首を振った。
「でも、兄様がレオン殿下の補佐で城へ行く予定だったから、うちの馬車で一緒に行くみたいだったよ」
「そうなのか?それなら、そこまで目立たないし、親父達も、まだ楽そうだな」
父様は普段から城へ通っているし、最近は兄様も出入りすることが増えている。そのため、うちの馬車を使うと聞いて、バルドは安心したように笑った。
(でも……心配なのは別のことなんだよね)
兄様はいつも通り平然としていた。けれど、昨日の一件があったからか、王女の方には少し気まずさが残っているように見えた。だから、母様と話していた時の柔らかな笑みはなく、今朝も兄様の前では王族らしい固い表情を浮かべていた。
(二人だけで、大丈夫だったかな……)
そんな不安が胸をよぎり、僕の視線は自然と城のある方へ向いていた。
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