第8話 巡る、出会う
4人がけのテーブルの上に出されたスープが湯気をあげていた。二つのランタンのおかげで部屋全体が暖かなひかりに包まれている。
コノハの向かい側に腰掛ける洞窟で出会った二人。
男はニヤニヤと安い笑顔でコノハを見つめ、女は頬ずえをつきながら部屋のどこかを見つめている。
男と女は白い制服を身にまとっていた。
男はズボン。女が身につけていたのはスカート。
金色で緩いパーマのかかった男の髪が、ふわふわと揺れている。視線の行き場が見当たらないコノハはその揺れを目で追いかけていた。
女の方を見ることは到底できない。
気が動転して、まったく見えていなかった先程の女は声だけでなく、容姿まで端麗だった。
透き通った銀髪。薔薇の髪飾りが右耳の上に付いており、とても色が映えていた。
大きな目、通った鼻。造りのいい顔立ち。
曲線の美しい体。
こんな全てが整った人がこの世にいるもんなのだと、コノハは初めて知り、恐れ多くて彼女を見ることが出来なかった。
ダイニングなんだろうか。
コノハたちが腰掛けるそこには同じような4人がけのテーブルが12個ほどあった。
魔法騎士団、白の剣士の基地。どれほどの人がそこに滞在し、そこを拠点にどんな人たちが働いているのか、田舎にいたコノハだってわかる。
五つの属性にわかれ騎士団を形成し、魔法でこの王国を守り、民を守る。そこに所属することだけでエリートとされる一流の職業。
ローザ王国魔法騎士団。
炎を操る、赤の魔人。
水を宿す、青の龍。
自然に愛された、緑の女神。
破壊を好む、黒の巨人。
そしてその例外、魔法ではなくその剣術により王国を守る任務を任された人々。
それが白の剣士。
魔法には遺伝的なものと、突然変異的なものがあるが、大多数を占めるのが遺伝的なもの。
魔力の高いものが功績を挙げ、代々に引き継がれ繁栄し続ける。
魔法騎士団といえど、それは戦いに慣れた貴族の集まりだ。
でも白の剣士だけはちがう。一流とされるだけの力を持ち合わせ、王に選ばれた人々の集まり。
そんな人々の集まりの基地に、いまコノハはいるのだ。
魔力の弱いユルがすべてを投げ捨ててでも、たどり着きたいと思った場所。
でもコノハにとってそこは、ユルとは真逆の場所だった。
憧れなどなく、目を輝かせることもなく、ただ怯えている。
もう既に夕方だというのに、基地には人が誰もいない。
コノハは不安以外を感じられなかった。
そもそも目を覚ました時、キメラがいなくなっていたのが、どうしてなのかもわからない。
本当にこの二人が信頼出来る騎士団員なのかもハッキリしない。
あらゆる物事が突然過ぎてコノハの頭は処理することができなくなっていた。
「そんなに怯えないでおくれ、少年。これから君にはたくさんのことを聞かなきゃいけないんだから、仲良くしよう」
「……」
「ほら!まずスープを飲んで!!いくら春がやってきたからと言っても、あんな洞窟に何時間もいたのだから寒かっただろう」
男はあいも変わらず、笑顔を絶やさずに初対面のコノハに話しかけてくる。
木のお椀に入った白いスープを口に含むと、クリームと野菜の旨みが口に広がった。
その瞬間、コノハは動作を止めた。
「毒……入ってませんよね?」
飲み込みそうになるのを必死にこらえた。
既に咀嚼してしまっているから遅いような気もしたが、女性もいる前でそれを吐き出すわけにもいかず、当人達の目の前で我に返ってしまった。
そのコノハの様子をみて、大笑いしたのはやはり男の方だった。
腹を抱えて笑い、バンバンとしきりにテーブルを叩いている。
女は呆れた様子で、やれやれと首を振り、コノハを一度見たかと思うと、また部屋のどこかを見つめた。
「そんなに、面白いですか?」
「……っいや〜、なんていうのかな?助けてもらった相手にそんなことを言うような子がいるもんなんだな、と思ってね」
それは笑顔の絶えない男が口にした、似合わない皮肉だった。
仕方ないだろ。
とコノハは心の中で反論した。
それを口に出すことはしなかったが、その様子で男は察したらしく、スープを飲むことより先にすべきことを思い出したようだった。
「スープに、毒は入ってないよ?何なら僕もここの団員も全く同じものを今朝食べたから」
その言葉を聞いて、浅はかだが、コノハは口の中にあったものを飲み込んだ。
どうやら本当みたいだ。
異変もなければ痛みもなかった。
1日ぶりの食べ物は、この世界の中で一番美味しかった。
「僕の名前はアルベルト・M・ブラットレイ。はじめまして、挨拶が遅れてごめんね」
そう名乗った男はコノハの前に手を差し出した。スプーンを握っていたコノハは慌ててそれをテーブルに置き、その手を握った。
「コノハ、です。それ以外はありません。自分でも、よく分かりませんが、僕はコノハと言います」
「そうか。よろしく、コノハくん」
握ったその手は大きく、とても優しかった。
今まで胡散臭かった彼のすべての動作が許せてしまうようだった。
胡散臭かったのは彼だが、コノハ自身も名乗りもせず随分とおかしなヤツだっただろう。
「我々白の剣士はバグノリア地区に大きな魔力を探知し、魔獣の出現と判断した。今朝より捜索に当たっていた彼女が、君が倒れているのを発見し、キメラを撃退した」
「……撃退?ひとりで?」
「もちろん。彼女はうちの一番の剣士だからね」
そう言われても、彼女は表情すら変えずピクリとも動かず、どこかを見たままだ。
どうやらコノハにはまったく興味がなく、この席に同席することすら煩わしく思っているみたいだ。
50名の力を持ってしても、まったく歯が立たなかったキメラをたった一人で……。
「ほら、お姫。挨拶しなさい」
「……」
アルベルトに諭され、ようやく女はコノハの方に目を向けた。
赤く、鮮やかな色の目がコノハに向けられる。
洞窟では気が付かなかった。
それは、咲き乱れる紅の薔薇のような色。
しかし今はとても退屈そうに、そして何かを考えているかのような目で……。
「マリアよ。あなたと同じくそれ以上でも以下でもない。ただのマリア」
ピクリ、とアルベルトの眉が動いたことにコノハは気がついていた。
今の話のどこに反応するようなところがあったのかその時のコノハにはわからなかったが、彼は嘘が苦手そうだと、出会ったばかりのコノハは思った。
「ありがとう、ございます。マリアさん。僕を救ってくれて……」
「ホントだよ!!キメラを倒して、死にそうな君の治療までして、その上僕に報せまで送ってきたんだ。彼女は君の命の恩人なんだからね〜」
アルベルトは人差し指でテーブルを小突きながら、コノハに顔を寄せてくる。
その顔にはどうやら常に笑いが張り付いているみたいだった。
「本当に、ありがとうございます。感謝してます」
コノハはハリのない声でしたを向きながら彼女に向き合う。
そこに本心があるかどうか、今は全く関係ないのだ。
彼女はただ目の前で苦しむ一人の民を助け、職務を全うしただけの話。
例え、その民が本当はその助けを望んでいなかったとしても、彼女にとってそれは何も関係のない事なのだ。
「感謝はわかったわ。そうね、何年もかけてこの恩は返して欲しいくらいよ。でも今はとりあえず面倒だから、本題に入らせて。アルベルトに任せておいたら、夜があけてしまいそう」
彼女は早口で、そう言葉を投げた。隣のアルベルトは、少し悪びれた様子で頭をかくと、それっきり無駄な話と笑顔をコノハに向けることはなくなった。
「さっき、あなたの住む地域の領主を名乗る人が訪ねてきたわ。仲間が50名ほどいたそうね?」
「……はい」
「私があの洞窟に到着した時、あの場にいたのはあなたと穏やかなキメラ1匹だった。死体も生存者も誰一人としてそこには存在しなかった」
「……」
「あなたの仲間はいったいどこに消えたの?」
マリア、と名乗った女は挨拶をする前のようにコノハから目をそらし、部屋のどこかを見つめているようなことはしなかった。
ただじっと、コノハだけを見つめている。
その真紅の目で。
見つめられすぎて体に穴が空いてしまいそうなくらい、じっと、コノハを見つめている。
コノハは息をするのも苦しくなって、彼女のその視線から目をそらすことが出来なかった。
「ぼ……ぼぼ、僕は……」
声が震えた。
話すことは振り返ることだ。
何が起こったのか過去を巡ることだ。
自分の未熟さを責めていたコノハ。
恐怖とは違う、それとはまた別の震えが体の内側から伝わる。
言葉がでなかった。
「あ……、あの。違うんです、妹が……、あの、助けを」
どんな言葉を選べばいいのかもわからない。
どこから話せばいいのかもわからない。
それがどこまで今回の話に関わっているのかも……。
整理できない。
話したく……ない。
「コノハくん……」
震えるコノハ。
その頭に置かれた、大きな手のひら。
「……?」
何が起こったのか、コノハはわからなかった。
ただ頭の上に暖かな感触がある。
「ゆっくりでいいから、話してくれないかな?」
その手がコノハの頭を撫でた。
優しく、優しく。
それは幼い頃、大好きな人にされたことと同じもので……。
「辛かったね。もう、大丈夫だから」
なぜ、この人は出会ったばかりの自分をこんなにも信用してくれるんだろうか?
コノハはそれだけで頭がいっぱいだった。
コノハは信用されるために必要な何かを、何一つとして満たしていない。
それでもこの男は、コノハ自身と向き合ってくれる。
それはおかしかった。
不可思議な行為だった。
「僕らは……とても、貧しかったんです。この話は……そこから、始まります」
だからこそ、この人になら話してもいいような気がした。
コノハたちに起こった出来事は今の状況よりおかしく、想定を逸脱した起こりえない出来事だった。普通の人に話しても、きっと誰も信じてくれない。
それでもこの人ならそれを冗談と取ることなくすべて聞いてくれそうな気がした。
隣に座っているマリアという女も、よそ見することなく未だにこちらを見ている。
一つ一つ、言葉を紡ぎ、コノハはそれまでに自分を含む、ユル、アラン、そして村の仲間に何が起こったのかを話した。
不思議と涙はでなかった。
あれほど泣き叫び、受け入れるのを拒否した運命は、口に出してしまえば、まるで自分の身に起きたことではなく、どこかで生まれた悲劇の物語のような感じがして、コノハは今朝見た夢を話しているようだった。




