第7話 二人のいない世界
その光景はどこの誰が見てもおかしな状況だった。
人が消え、暴れていたはずの魔獣はコノハの目の前で静かに頭を下げている。
おかしい……。
今回の討伐に参加していた人の誰にも、人を移動させるほどの魔力を持っている者はいない。
それに移動させるにしろ、その移動させる人達の中に死体を含める必要性は皆無だった。
コノハはおかしさを分かっていながらも、口から血を吐きながらさまよい歩く。
「……ユル?どこ……。ラン、アラン……」
それはまるで母親を探す迷子の子供のよう。涙を流し、叫びながら宛もなく探し続ける。
しかしその視界を遮るものも、隠れるための障害物もその洞窟にはありやしない。
ただ一つの障害は微動だにしないキメラだけだった。
「みんな……どこ、行っちゃったの?」
疲れてしまったのか、命の限界だったのか、コノハは歩き続けることが出来なくなり、その場に倒れこむ。
こうしてずっと待っていれば、自分もそのあとを追えるだろう。
そう思ったコノハは、冷たい岩の感覚を頬で感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
「クソだな、お前」
それはコノハの夢の中だったのかもしれないし、そうでなかったかもしれない。
傷だらけで生と死の間とも言えるほどの怪我をおって倒れていたコノハは、いつの間にか痛みがなくなり自分の両足で立っていた。
自分が倒れていたはずの洞窟。
キメラがいなくなり、コノハ以外の誰かが洞窟にいる。
それ以外の状況はきっとコノハが倒れていた時と何も変わらない。誰かが戻ってきたわけではない。
声の主はどちらかといえば、自分の敵だ。
それを彼は直感的に理解した。
「まったくよー。自分が弱いことを棚に上げて、妹にばっかり頼りあがってよー。クソの中のクソだわ」
声の主の顔は見えない。
コノハの後方にいるのだ。
振り返ろうと体に力をいれても、それが上手く伝達できない。
まるで自分でない他の誰かに指示されているかのように、コノハの体は動かなかった。
声の主の暴言だけが、許可してもいないのに耳に入ってくる。
言葉が槍となって、コノハの心に突き刺さる。
わかっていた。
自分の不甲斐なさも、無力さも、誰より自分が1番よくわかっていた。
でもそれを誰かに言われたくなかった。
わかっていても、無視し続けた事実を誰かに指摘されるのが嫌だった。
「こんな状況になるまで戦う覚悟もできなくて、妹のためとか言って誤魔化して!!命をかけて誰かを守るための決心をしなかった!!誰かに戦うことは任せて自分だけは平凡に暮らそうとしてたよな!このクソヤローが!!!!」
その声にはキメラとはまた違った恐ろしさがあった。
誰よりも的確にコノハの弱さをその人物は知っていた。
「今更俺と会ったって、遅せーだろうが……」
声がコノハの後ろで左右に動く。
なぜか聞き慣れているその声が、よりいっそう、コノハの恐怖を掻き立てていく。
それでもコノハは動くことができない。
恐怖で叫ぶこともできない。
夢だか現実だかもわからない状況でも、コノハは無力だった。
「いっそ、この体全部、俺にくれよ」
ざっざっざっ、と後ろで地面を蹴る音が聞こえる。
走っているのだ。
その音が徐々に近づいて、優しい風がコノハの元に届く。
そして、声の主が彼の前に姿を現し、顔をのぞき込む。
「なあ、コノハくん」
それは一番身近で、一番見慣れない存在。
その人物がコノハの前に姿を現すわけがなかった。
「全部お前のせいだぞ」
コノハの顔をのぞき込む声の主……。
それは紛れもなく、コノハ自身だった。
✕✕✕✕✕
「いい加減目を覚ましなさい!このポンコツっ!」
それがコノハにとって救いの手だったのか、あるいは鞭だったのか、気味の悪い微睡みから彼を引きずり出したのは、一人の女性の盛大な腹蹴りだった。
その蹴りはコノハの腹に深く食い込み、胃を押し潰す。
「ぐはっ!」
痛みと衝撃と猛烈な吐き気で飛び起きたコノハは、それが現実であることをしばらくの間、理解出来なかった。
きっとまた、良くないことが起こっているのだ。妹と親友を連れて帰らなくては……。
少し前に、もういないんだと理解したはずなのに、再び彼は大切な人の姿を探し求めた。
「ユル……ユル、ユル!」
目の前にいる女性が全く見知らぬ人で、妹の名前を呼んでも気持ち悪いと思われるだけなのに、コノハはそれをやめることができなかった。
立ち上がって、手でそこらをまさぐりながら数時間前と同じように洞窟内をさまよい歩く。
「ちょっとあなた!状況説明をしなさいよ!」
女性の声はコノハの耳に入らない。
聞こえているが、何を言っているのかコノハには理解出来なかった。
ユルとアランのいない世界にやってきた自分を受け入れるのが、怖かった。
キメラはどこにもいない。
ただ、洞窟の至る所にその爪痕が残っていた。
塞がっていたはずの出口に小さな穴が空いており、しばらく妹の名前を呼んで歩いて、徐々に思考を取り戻していった。
受け止めるしかない現実がそこにあった……。
「も、会えない……のか」
そうすると体から一気に力が抜けていった。
地面に体が引き寄せられるように倒れていき、コノハは手を出してそれを受け止めることもしなかった。
「ちょっと!」
痛みが再びコノハの元へと訪れる。
そしてその痛みで知ったのだ。
瀕死の状態だったコノハの全身からはあらゆる傷と怪我がなくなっており、今はただ地面に倒れた痛みだけがそこにあった。
「僕は……生きてるのか。みんなは死んだのに、僕は生きているのか」
涙が溢れた。
みんな必死に戦った。
出口のない恐怖の中で、生きるために必死に戦っていた。
コノハはそんな様子をただ見ているだけで、何も出来なかった。
攻撃はただの1回。
キメラにとってはただの擦り傷だ。
何の支援もできなかったコノハが生き残り、戦い抜いた仲間は誰一人として残らず、この世界から消えてしまった。
自分が不甲斐なくて、領主からの依頼を引き受けることを決断した自分が憎くて仕方がなかった。
「僕が、みんなを殺したのか!!!」
洞窟内に悲痛な叫びが谺響する。
そこにはコノハと、コノハの見知らぬ女性とが二人。
恥ずかしげもなく、女性の前で倒れ込み、泣き叫ぶコノハはどこの誰が見ても惨めだった。
それでも涙は止まらない。
もう自分の意思ではどうすることも出来ない。
仲間に対する罪の意識が、コノハを責め続ける。
そしてその場にいた女性も、初対面の男が目の前で泣き叫ぶ姿に、何もすることが出来なかった。
彼女には泣き続ける彼にどんな言葉もかけることができなかった。
女性は彼の姿に幼い頃の自分を重ねた。
そして酷く胸がいたんでいたのだ。
彼女は最後まで地面に男性の涙が広がっていく様をただ呆然と見守ることしかできなかった。
✕✕✕✕✕
「お姫!」
どれくらいの時間、コノハがそうしていたのかはわからない。
かなりの長い時間が経ったことだけは事実だった。
小さな穴かは洞窟内へと侵入してきた男性は、女性に目を向けた。
「何があった?彼の治療は?彼は……無事なのか?」
「私にもよく分からないわ。ただ……彼を早くここから連れ出してあげた方がいいと思うわ」
女性の声は先ほどコノハを罵った時とは違う声色だった。
鈴の音にも似た、優しい声。
か細くて、でも柔らかくて、それまでコノハが耳にしてきたどの音よりも美しかった。
「お姫、魔力は?」
「彼の治療でほとんどを使ってしまった。団長に任せるわ」
男性と女性はしばらく話した後、男性だけがゆっくりとコノハに近づいた。
女性に、団長と呼ばれた男だ。
どうやら二人は魔法騎士団の人間らしい。
「少年……。大丈夫か??とりあえず今は安全な場所に移動しよう。この洞窟は戦いの影響でとても危険だ。私たちの基地で温かいスープをご馳走するよ」
男性は泣き叫ぶコノハに優しく声をかけると、その震える背中にそっと手を置いた。
「何があったのかゆっくり整理しよう。そして悲しむんだ。今の君が仲間に出来ることはそれしかない」
そっと置かれた手がコノハの背中を撫で、宥めている。
泣き疲れて声が枯れかけていたコノハは、そのリズムに合わせ呼吸を整える。
「よく、頑張ったな」
手がポンポンとコノハを励ます。
自分は今後、一部ではキメラ討伐に関わった一人の英雄として知られるのだろう。
仲間は勇猛果敢にそれに挑み死んだと、英雄物語にされて終わるのだろう。
コノハの胸の中に大きな大きな、二度と埋まることのない穴が空いた。
「では行こうか。お姫も一緒にどうぞ」
「言われなくても行くわよ!」
何だかよくわからない状況だった。今までのコノハとは無縁のものばかり。
思い知らされてばかり。
どれほど自分たちが小さな世界で苦しんでいたのか、知るはめになった。
「魔法陣展開。転移魔法、発動」
大きな魔法陣が地面に描かれ青い光が放たれる。その魔方陣は、コノハ、男性、女性の3人が入れるほど大きなもので徐々に上昇していく。
コノハはその光が柱のように天に向かって行くのを見届けて、次に瞬きをした瞬間……。
そこはもう、洞窟ではなかった。
木造の家。かなり古いが、見ただけでわかる大きさ、柱の太さ。
領主の家とはまた違った造りの大きな家。
「少年よ。よくぞ無事で戻られた。ようこそ!ローザ王国白の魔法騎士団、我らが白の剣士の基地へ!」




