第4話 蛇の道
「失礼します」
アランと別れ、ひと通り屋敷の仕事を終えたコノハは、身だしなみを整えることもせずそのまま領主の部屋へと向かった。
抗う手段のほぼないコノハの数少ない嫌がらせ。掃除をしたあとの汚い僕をせいぜい抱きやがれ!というコノハの意思表示だった。
扉を入って正面に装飾された大きな机があり、その後ろに大きな窓がある。その部屋がいわゆる書斎的な扱いであり、両サイドに大きな本棚がある。
一度も読まれたことがなさそうな、綺麗な本ばかりだ。
いつもならその本棚の脇にある扉をあけ、領主の寝室で領主の入室を待つが、今日はコノハが部屋を訪れた時、既に領主は机の前で腰掛けていた。
「来たか」
「おまたせして申し訳ありません、旦那様」
「呼び出したのは私だからな。大目に見てやろう」
ニヤニヤと笑を浮かべ、コノハを正面から見つめる。
舐め回すような視線。
コノハは目を逸らしてしまいたかった。
「そう怯えるな。今日は何も貴様を寝室に迎えようとしている訳ではない」
「……え?」
コノハは心の中で雄叫びを挙げた。
そして領主の位置からは見えない角度で小さくガッツポーズをしてみた。
さすがに目に留まれば殺される。
「今夜は貴様に提案があって呼び出した」
「……提案?ですか??」
「村外れの山奥で魔獣が確認された。屋敷の使いの者とその他有志の村人で討伐して欲しい」
「討伐??」
言葉が頭を通らずに耳から耳に抜けていった。
まったく理解できずに、目が右に行ったり左に行ったり、戸惑いが隠せない。
「えっと、そういうのって普通、魔法騎士団に依頼するんじゃないんですか??」
「確認された魔獣は特別大きいわけではないみたいなのだ。騎士団の手を煩わせるまでもないと、街の役人と私が話し合って村人で討伐隊を作ることを決めた」
「しかし、私どもにはほとんど戦いの知識がありません。私どもなどに討伐できるレベルなのでしょうか」
「討伐に成功した暁には貴様らの生活を保証しよう。それに見合うだけの金をやろう」
「それは……」
コノハ達にとっては美味しい話だった。
コノハは置いておいても、普段より鍛えているユルやアランが先陣をきれば魔獣討伐は何も難しい話じゃない。
それで生活を安定できるなら……。
「やります。やらせてください」
静かにそう告げた。
その言葉の重みを噛み締めて。
リスクは考えられた。
魔獣だ。
コノハは一度も遭遇したことがない。
彼らは獣であり、人間の敵となるもの。
人間とは違う魔法の回路を持ち、攻撃に特化した魔法と人間にはない牙や爪で鋭い攻撃を仕掛けてくる。
普段は魔法騎士団によって管理されてる為、人里に入ることはないが今回は例外なのだろう。
その危険の中に、妹と親友を、そして自分自身を飛び込ませなければいけない。
死ぬかもしれない。
金を保証されても、生きて戻れないかもしれない。
それでもコノハはこれが自分の希望になるのではないかと思ったのだ。
自己嫌悪で死にたくなるほど苦しい毎日を変えるための、希望に。
「ではさっそく、村のものに声をかけて回れ。手段は問わない。決行は一週間後。それまでは屋敷の仕事には来なくていい。その日に備えろ」
「はい」
そもそも、この領主が本当の話をしているかどうかすら、怪しい。
魔獣を討伐しても、すべてを揉み消し、なかったことにされるかも知れない。
しかし、その時は村を出るまでだ。
今は前に進むために、新たな決断を。
そしてきっと、ユルとアランがいてくれさえすれば、すべてが上手くいく。
コノハはその思いを信じることにした。
✕✕✕✕✕
コノハは今日1日の給料を受け取り、1時間かけて帰宅する。
険しい山道を抜けて、ようやく我が家が見えてくると、疲れた体から力が抜けていった。
すきま風が多い家も外から見れば、ロウソクの優しい明かりが漏れ出してすこしだけ美しかった。
「ただいま」
軽い家のドアを開けると、ユルが笑顔で迎えてくれる。
「兄さん!おかえりなさい!!」
「うん、ただいま。ユル」
狭い食卓にはクリームシチューが並んでいる。
湯気を立て、色鮮やかな野菜が白いスープから顔を出している。
「今日は少しだけ、豪華にしてみたんです。野菜がとても安かったから」
「ありがとう。とても美味しそうだ」
ユルの頭をくしゅくしゅと撫でてやる。
ユルはくすぐったそうに笑ったあとにコノハの手を握った。
「大変!暖かくなってきたからと言ってやっぱり夜はまだ冷えますね。さ、兄さん早くご飯を食べてください」
小さな手に引かれ、古い椅子に腰掛ける。
この椅子が2つ。
我が家にはそれ以外に腰を掛けるものはない。
夜は地面に木の板をひいただけの状態の床に、薄い布団を広げて眠りにつく。
「ねえ、ユル。食事の前に話があるんだ」
「なんですか?兄さん」
首を傾けながらもコノハの手を離さなかった。大きな目にはコノハだけが映されていた。
ユルの笑顔を守りたかった。
たった一人残された家族と、いつまでもこうして手を繋いで笑いあっていたい。
そのためになら、どうなっても構わなかった。
だからこそ、自分自身の存在意義をみいだせなかった。
コノハの頑張りはお金さえあればいらないものだったから。
「領主様から村の外れで魔獣が出たから討伐してほしいと頼まれたよ」
「領主様が?!」
「うん。屋敷の使者と村の有志を集めて討伐してほしいって。報酬は保証するからって」
これが成功すればコノハはそこから抜け出せるはずだから。
ユルの隣で堂々と歩いて行ける気がしたから。
「兄さんは引き受けたんですか?」
「うん。ごめん。相談もせずに……。でもユルとアランがいれば倒せると思ったんだ!ごめん。浅はかだよね……」
ユルは少し考えたあとに、再び笑って見せた。
そしてぎゅっと、まるでコノハを励ますように繋いだ手を握り返した。
「私は……兄さんが全てです。あなただけが私の中で大きな存在なんです。だから、兄さんが決めたことならなんでも従います。頑張れって言ってくれたら、頑張ります。だから謝らないでください」
「ユル……」
目が熱くなった。
胸が苦しくなった。
「今日はなんて日なんだ……」
両目を隠して、必死に溢れ出てくるものを堪えた。
アランにも励まされて、挙句妹にまで励まされた。
ユルへの愛情は一方通行の勝手な思いじゃなかった。
「僕も一緒に戦いたいんだ!戦力にはならないかもしれない。でも!!アランとユルのそばで、僕も剣を握りたい!」
「はい!兄さんも一緒に頑張りましょう!」
「うん!頑張ろう!」
ユルが背伸びをしてコノハの頭を撫でた。
唇から笑がこぼれる。
「何ちゃっかりお兄ちゃんの頭撫でてるわけ?」
「励まし料金です!」
自然と笑いが零れた。
小さな小さな家に笑い声がこだまして、幸せな気分がコノハの心を満たしていく。
「さあ!ご飯にしましょう!!」
そうしてコノハはようやく、温かい食事にありつけた。
クリームシチューが五臓六腑に染み渡っていった。




