第3話 決心の日
領主の屋敷はコノハの家から北に一時間ほど歩いた所にある。
八百屋や小さな雑貨屋が点在する村の1番活気があるといえる地区の端に居を構え、村人のことを監視している。
「おい!そこの小僧」
屋敷の広さはコノハの家が20個ほど。
かなり大きい。
1日に15人程度で屋敷全体の掃除や領主の食事や身の回りの手伝いをする。
食事や休憩の時間などはなかった。
「おい!聞こえないのかそこのウィーヴィル!!」
休まずに仕事をするから仕事中にボーッとしてしまうことはよくあることだが、まさか領主が自分に話しかけてくるとは思っていなかったために、コノハは領主の呼びかけ相手がまさか自分だとは思えず反応出来なかった。
「はい!何でしょうか!旦那様」
しまった……。
とコノハが思った時にはもう遅かった。
領主は短期で怒りやすい。
声を荒らげ一日の態度が悪くなるのは一瞬のことだった。
「おまえの耳は飾りなのか?こんなにもそばで呼んでいるのに!!!」
「すみません、旦那様……」
「これだから薄汚いウィーヴィルは」
ウィーヴィルとはこの王国の差別用語だ。
ローザ王国はバラが王国の象徴となっている。
ウィーヴィルとはバラを喰らう害虫のこと。
魔法を使えず、貧しい暮らしをする人々のことを無駄に資源を使うこの国の害虫だとする、商人や貴族がよく使う言葉だ。
「すみません、旦那様。いかがなさいましたか?」
「今夜は仕事が終わったら私の部屋で待っていろ。いい話を聞かせてやる」
中肉中背。分厚いたらこ唇に細い目。
お世辞でも整った顔立ちとは言えないこの主に今夜は付き合わなければいけないみたいだ。
「しかし、よろしいのですか?旦那様。今夜は旦那様のお誕生日ではないですか」
「そうだ。誕生日に害虫を愛でる領主なんざ珍しいだろうな!」
皮肉を含んだ笑がひどく憎たらしい。
吐き気がしそうだ。
とてつもない屈辱だった。
「仰せのままにいたします。旦那様」
抗うことなどできなかった。
コノハがどう思おうとも現実はただそうあるだけだ。
弱いものは弱く、貧しいものは貧しいまま。
羽ばたくチャンスもなければ、ステージの上で光を浴びることもない。
ただひたすらに続く暗闇のトンネルを永遠に歩き続けることだけが、人生だと言うならば……。
「コノハ?!」
領主に一礼し、しばらく下を見ていたコノハの前から、いつの間にか領主は居なくなっていて、代わりにそこにやってきたのはアランだった。
「なに暗い顔してんだよ!」
「いや……、なんでも、ないよ」
ため息が出た。
小さく笑った。
より一層、自分が惨めだった。
「また領主様に何か言われたのか?」
「そういうわけじゃないんだ。ただ……よくわからなくなっちゃっただけだよ」
「んー。何が?」
「僕自身のこと」
妹が、ユルが、コノハの希望だ。
それだけがたった一つの生きがいだ。
なら、何かの結果にその希望がなくなったらどうなる??
ユルが怪我をしたら……?
ユルが誰かと恋に落ちたら……?
きっかけはこの世界に数え切れないほどある。
そうしたらコノハはどうなる??
「今夜、領主様に部屋に行くように言われたんだ。もう何度部屋に呼ばれたかわからないよ……。僕はいつまで、こんな生活を続けなきゃいけないんだ?」
舐めまわすように見るな。
その汚れた手で触れるな。
そう思う度にコノハはそれに従うしかない自分がひどく……。
「……っ?」
「そんな顔すんなよ!!」
頭に優しい衝撃、アランの手の温もり。
顔を上げるとそこには、友人の笑顔があった。
「俺はおまえを尊敬してる。俺は俺自身ために毎日必死に生きてる。母さんや父さんの生活を楽にすることより何より、自分が強くなることを望んでる。それがきっといつか二人を救えると思ってるから。でもおまえは違う。まっさきにユルちゃんのために生きてる」
「……それはちが……」
「違わない!おまえは第一にいつもユルちゃんを考えてる。今だって苦しくて潰されそうになっても、すぐに顔をあげる。その苦しみでさえいずれユルちゃんのためになると信じてるから。そんなお前が俺は好きなんだ」
「でも僕は弱いんだ!魔法も使えないくせに弱音ばっかり吐いて、自分が生まれてきたことすら恨みそうになる!」
「いいじゃねえか!!!弱音くらい、いつだって俺が聞いてやる!おまえの弱さなんて俺が許してやる!!!」
「……ッ!」
彼の手がコノハの髪を撫でた。
領主の屋敷のど真ん中で、大きな声でコノハの存在を肯定した。
兄のような友人はコノハを尊敬していると言った。
コノハ自身が大嫌いなコノハを許すと言った。
「……なんだっておまえはいつもそう……」
「俺はコノハの親友だからな!いつだっておまえの事を信じてる!」
未来が見えない。
きっと。誰だってそうだ。
光が見えない。
きっと。信じていればいつか。
「ねえ、こんなところでお前に励まされただけで前向きになれる僕は単純かな?」
「いや、それが俺の親友だから」
「また弱音を吐くかもしれない」
「辛いことだって二人で分ければ半分だ!」
アランは大きな目を細め、優しい目で真っ直ぐにコノハを見つめた。
その時コノハは、ようやく気がついたのだ。
薄情にも今まで当たり前すぎて、気がつかなかった。
いつもそばにあったもの。
家族以外の大切なものに。
「アランに出会えてよかった」
「……俺もだよ。コノハ!」
アランはコノハの頭においていた手をどけ、その手をコノハの前に差し出した。
大きな手に、負けじとコノハはその手を強く握った。
「無謀な夢を一つだけ言ってみてもいいかな??」
「もちろん!語るだけなら誰にも文句言われない!」
「僕は魔法を使えないけど、いつか……」
「いつか???」
握った手に力が入る。
笑われるかもしれない。
自分で何度も誤魔化した。
そんな夢、叶うはずがない。
永遠に叶うわけがない。
そういって自分自身に嘘をついてきた。
それでも……。
語るだけなら誰にも文句を言われない。
「いつかみんなが尊敬するような英雄になりたいんだ」
「……いいじゃねーか!そしたら俺のことを右腕にしてくれよな!」
コノハも馬鹿な話だと思っている。
ただ、友人のこの笑顔でなんだか全てが叶いそうな気がしたことは言わないでおこう。
きっとコノハは世界中の人が認めるくらい、単純馬鹿なのだ。
状況がなにか変わったわけではない。
領主の憎たらしい顔に頭を下げ続けなければいけない現実は、好転しないだろう。
それでも夢があることは、少しだけ違う。
時々弱音を吐いても、変わっていこうと決めた。
決心した春の日だった。




