第1話 コノハ1
見渡す限りの大自然が玄関のドアを開けると広がっている。それがコノハの生まれ故郷だった。
澄んだ空気と微かな花の香り。山にはいくつもの花々が咲き乱れ、鈍い色の土に鮮やかな花びらが彩りをあたえている。
生い茂る木々にも青みが増し、長い冬の終わりを告げていた。
そんな自然溢れる山の頂上に位置するコノハが長年育った家は家と呼べるのかどうかすら怪しいほどおんぼろの山小屋だが、3人で暮らし寝食を共にするには土地も家も十分だった。
それも今年からは、二人暮らしだ。十分だったボロい我が家は一人が欠けただけでとても広く感じられた。
大好きだった母は去年の冬を越せなかった。病だったのかもしれないし、もしかしたら救えた命だったかもしれない。母を救うためのお金もなければ、魔法で治す能力もない。
この魔法第一主義の世界でコノハやコノハの母親のような魔力のないものが生きていくことは無謀にほど近かった。そうしてコノハたちだけが抗えるはずもない時間の波に巻き込まれ、母のいない新年を迎えた。
唯一の家族は妹だけになってしまった。
しかしコノハに母の死を悲しんでいる時間はなかった。
母が残してくれた貯金はあっという間に底が尽きた。
若くて教養もなく、あげく魔法の使えないコノハに安定した職が得られるわけもなく、コノハは領主のもとで奴隷のように働く毎日を余儀なくされたのだ。
それでも……
「兄さん!朝ごはんの時間ですよ!」
ただ一人の家族さえ元気でいてくれたらコノハはそれでよかった。
英雄になる夢もお金持ちになってご飯をたらふく食べる夢もとうにあきらめた。
自分のためでなく、妹のために生きようと決心したのだ。
妹にはかろうじて魔力がある。一般的に見れば中の下ほどで大して強くはないが、何より剣術が優れていた。
小さな体で舞うように剣を振るい、相手の攻撃をしなやかな動きでかわす。
その剣術を生かして彼女は王国直属の魔法騎士団に入団しようとしていた。
入団試験に受かれば出世コース。生活は安定する。
しかし肝心なのは試験にお金がかかることだった。
妹に汚れ仕事をさせるわけにもいかず、かといって盗みをするような活気は村には存在せず、コノハは領主に頼るしかなかった。
毎日毎日、彼の屋敷に通いメイドのようにメイドの100倍働いた。
普通ならば魔法を使ってやるような仕事もすべて手でこなし、体にムチを打って働いた。
そして時にはその体を領主に預けることもあった。
それがコノハがただ一人の家族に対してできることだった。
「はーい!ちょっと待ってー!」
コノハは外の空気を思い切り吸い込み、昨日の疲れを吹き飛ばした。
今日も笑顔で妹のために働こうと自分に喝をいれた。
「遅いよ?!」
妹は既に寝巻きから軽い服に着替えていた。薄汚れ、ところどころ破れているが、さすがに服に気を使うほどお金に余裕がなかった。
二人で向き合って座り笑顔を交わす。
妹の大きな目が細められ、可愛らしい微笑みが愛おしかった。
「いただきます」
朝の食卓には、45分ほど歩いた先にあるお隣さんからの貰い物のパンがならんだ。
バターもジャムもない。
飲み物は水だ。
それでも空腹は満たされる。
とてもありがたかった。
「今日も裏山でトレーニングするの??」
「うん!まだ少し体力に自信がないから……」
妹は俯いてつぶやきながらも、決して弱音を吐かなかった。
「俺はユルを尊敬しなきゃね。昔はよく外でチャンバラしたけど、絶対今はユルに勝てないな〜」
パンを口に運ぶと水分が奪われ、少しむせた。
つかさず水で流し込むと何だかもったいないと思った。
「何言ってるんですか?!兄さんは昔からずっと私の目標なんですから!そんなこといわないでください」
柔らかく微笑んだ妹の言葉がコノハの胸をえぐる。
自分には彼女のように強くなりたいと願うほどの能力がなかった。
コノハは自分自身がみじめで、弱くて、汚くて、とても嫌いだった。




