5-1. 王立特異生物調査隊
リューカへ戻ったウエインは、自分の家より先にクラムの家へ向かった。
だがクラムは不在だった。村長の家へ行っているという。
村長宅を訪ねるのは気が引けるが、このままクラムに何の挨拶もなく旅へ出たりしたら心配をかけるかもしれない。
少しくらいなら家の外で待ってみるかと、ウエインは村長宅へ足を向けた。
だが、近づいてみると、なんとなくざわついた気配がする。
村長宅を見ながら何やら話している村人達がいるのだ。
「村長んとこに討伐隊が来てるんだってよ」
そんな言葉が漏れ聞こえ、ウエインは頭を抱えた。
(討伐隊! そうか、忘れてた)
色々あって忘れていたが、そもそもウエインがモニムの元を訪れたのは、王都から討伐隊が来ることを教えようと思ったからだった。
ディパジットの人々だけではなく討伐隊の目からもモニムを隠さなければならないのかと思うと、先が思いやられる。
「……どうしたの?」
悩むウエインに、モニムが問いかけた。
「いや、実は今、『水の魔物』を倒すために、王都から魔物討伐隊が来てるらしいんだ」
「まもの…とうばつたい?」
「『水の魔物』――つまりエルを倒しに来た人達だよ」
説明しながら、ウエインは考える。
……討伐隊が相手なら、自分が身を隠す必要はない。ディパジットの人間が来る前に急いで荷物をまとめ、村を出よう。
行き先はまだ決まらないが、東の隣国ワゴウへ抜けるのが最善だろうか。
逆に西の王都へ向かって、ジブレ達との合流を目指すのは危険だろうか――。
だが。
「じゃあ、行かなきゃ」
モニムはそう呟き、村人達が囲んでいる家へ向かってすたすたと歩き始めた。
「え? ちょ、ちょっとモニム?」
ウエインは慌てて後を追った。
「どうする気なの?」
「わたしにも、どうするのが正しいかはわからない。でも、話をしてみようと思うの。ディパジットの人たちは……、無理だったけど、その人たちは話を聞いてくれるかもしれないじゃない」
「そう、かな……?」
ウエインは懐疑的だった。
モニムまでが魔物の仲間と判断される可能性だってあるのだ。
モニムが討伐隊からも追われるようになったらと思うと、世界中の人間の大半が敵のような気がしてきて、不安だった。
しかしモニムは足を止めず、村長宅の玄関の扉を叩いた。
「あら、サークレードさん。と……?」
玄関から顔を出して彼らを迎えたのは、現村長モイケの義理の妹にして、次期村長の母、リリだった。
モニムを見てきょとんとしている。
「あの、討伐隊の方と話がしたいんですが。『水の魔物』のことで。あ、わたしは、モニムといいます」
モニムが思い切ったように言うと、リリは戸惑ったように首を傾げた。
「ちょっと待ってくださいね。訊いてきますから」
リリは奥へ引っ込み、少しして戻ってきた。
「クラムさんが、お通しするようにって」
「そうですか。ありがとうございます」
クラムがいてくれることを心強く思いながら、ウエインは村長宅へ上がった。
「お邪魔します」
モニムもリリにペコリと頭を下げて続いた。
二人が通されたのは応接室のようだった。
部屋の中央にテーブルが置かれ、その周りにゆったりと座れそうな大きめの椅子が四脚並んでいる。
手前側の椅子に村長モイケとクラムが並んで座り、奥側の椅子の一つに見知らぬ男性が腰掛けていた。
「失礼します」
と言ってウエイン達が入っていくと、男性は素早く立ち上がり、にこやかに「こんにちは」と言いかけた。
だが言葉の途中で、その目が驚きに見開かれる。
「……イスティム……?」
「父をご存知なんですか!?」
ウエインは、男性に負けず劣らず驚いた。
「ああ。君は、イスティムの息子か」
「あ、はい。ウエイン・サークレードといいます」
同じようなやり取りをモニムともしたな、とウエインは思い出した。
自分はそんなに、父と似ているのだろうか。
「私は、王立特異生物調査隊――通称魔物討伐隊の隊長を務めてる、ジーク・シュタウヘンだ」
男性が、凛とした声で名乗った。
「調査隊……?」
ウエインは呟いた。「調査」と「討伐」ではだいぶ違う。
言われてみれば、討伐隊の名称が変わるという話は聞いたことがあった気がした。
だがそれ以降も皆が「討伐隊」と呼び続けていたから、すっかり忘れていたのだ。
「僕はお父さんの、昔の友人だよ。お父さんは元気かい? それに、ダルシアも」
「母のことも知ってるんですね?」
「ああ……」
答えかけ、シュタウヘンは今の状況を思い出したように周囲を見回して、軽く頭を下げてから座り直した。
「すみません。懐かしくてつい、興奮してしまいました」
その時、ノックの音がしてリリが入ってきた。椅子を一脚抱えている。
「あ、すみません!」
ウエイン達が急に訊ねてきたせいで、椅子が足りなくなってしまったのだ。
気付いたウエインは慌ててそれを受け取りに行った。
「いいえ。これだけ汚い椅子でごめんなさいね。ごゆっくり」
リリが去った後、ウエインが椅子をどこへ置くか迷っていると、
「では私がこちらへ移ろう」
と言ってモイケがシュタウヘンの隣へ移動してくれた。
クラムがシュタウヘンの正面へ行ったので、ウエインはモニムをクラムの隣に座らせ、そのさらに隣に椅子を置いて腰掛けた。クラムと二人でモニムを挟む格好だ。
リリの言ったとおり、ウエインの座る椅子だけ使い込まれた様子があったが、村長一家が普段使っている椅子をわざわざ貸してくれたのだと分かっているので、文句などあるはずもなかった。
「……さっきまで、『水の魔物』についての概略をクラムさんから聞いていたところなんだけれど」
シュタウヘンがそう切り出した。
「どうやら死者は出ていないそうだね。最も被害が大きかったのは六十二年前、水を取りに行って全治数ヶ月の怪我を負った男性が一人。……そうでしたね?」
確認され、クラムは頷く。
「ええ。死者がいないと討伐隊は動かないのですかな?」
「いえ、そうとも限りません。例えば、村人が唯一使える水場にその魔物が出るなど、生活に大きな影響があるのであれば我々も動きます。しかし、魔物を見つけたら即刻殺す、というわけではないことは、ご理解ください。我々は、人々から未だに『討伐隊』と呼ばれてはおりますが、正式名称が『王立特異生物調査隊』に変わった三年前から、活動方針も少し変わっているのです」
シュタウヘンは少し考える様子を見せた。
「日常生活に支障が出ていないのであれば、あえて狩ることもないという判断になるかもしれません。そもそも、村の人から事情を聞いた限りでは、目撃者自体がほとんどいない。所在地を正確に知っている者も多くないようですね。『水の魔物』に関する情報はほぼ伝聞の形を取っている。中には、あなたが『水の魔物』に殺害されたという情報もあったくらいで、信頼性はかなり低いようだ」
シュタウヘンは苦笑いしていた。




