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水の魔物  作者: たかまち ゆう
第五章 王都からの客人 

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5-2. 説明

「そこでお訊ねしたいのですが、あなたは噂の『水の魔物』に出会ったのですか?」

「ふむ……」

 クラムは顎を撫で、モニムをちらりと見遣った。

 その時、入り口の扉が再びノックされ、リリが茶を持って入ってきた。

 彼女は全員の前に茶を置くと、テーブルに残されていた空のカップを持って去っていった。

 クラムが一つ咳払いして言う。

「申し訳ないが、事情があって、それに関して儂の口からは一切話せないのですよ。ただ、この方がそのことで話があると言ってくれたので……」

「わたしがお話しします」

 セリフの途中でモニムが引き取った。

 静かに立ち上がり、頭の布をするりと取り払う。

「……!」

 シュタウヘンは息を呑んだ。

 青銀色の髪と藍色の瞳を確認するように見つめた後、ふぅ、と息を吐く。

「イリケ族の方ですね?」

 その問いは、質問ではなく確認のためになされた。知っているのだ。

 モニムは無言のまま(うなず)いた。

「お名前は?」

「……モニムです」

「あなたがいらっしゃるということは、過去の大虐殺で生き残ったイリケ族がいたということですね? それとも、別の場所にも住んでいらっしゃったのかな? ご家族は?」

「いません。家族も友達も、全て殺されました。わたしは、三百年前の大虐殺の、唯一の生き残りです。肉体の成長はあの時から止まっています。わたしが、最後のイリケ族」

「まさか。あなたは年を取らないということですか?」

「外見的には。それは、あなたたちが『水の魔物』と呼んでいるものの力です」

「モニムさんは『水の魔物』とどういう関係なんですか?」

「あれは――エルは、意思を持った『水』です。死にかけていたわたしの命を救ってくれました。今もこうして、生かし続けてくれています」

「水? 意思を持つ?」

「はい。いわゆる『奇跡の泉』の『水』の、正体です」

「ああ……、なるほど」

 シュタウヘンは少し考え、納得したように頷いた。頭の回転が速い男なのだろう。

「『奇跡の泉』の伝説は私も聞きました。そこで語られる泉の『水』と『水の魔物』は、そもそも同じものであると。モニムさんの意思で操っているわけではなく、『水』自体が意思を持って動くことができると、そういうことですか?」

「はい。そのとおりです。エルは、わたしを守るために、泉へ近づこうとする人たちを傷つけました。わたしがそこにいるということが知れると、デューン人たちがわたしを殺しに来るかもしれなかったから」

「その『水の魔物』は、今どこにいるんですか? 直接会って話すことはできますか?」

 この問いに、モニムは困った顔になった。

「直接、ですか……? エルは、話すことができません。わたしに意識がない間は、わたしの身体を使って動いたり話したりもできるようですけれど……」

「そうですか? それならモニムさん、すみませんがちょっと眠ってもらえませんか?」

「え?」

「ぜひ、その『水の魔物』……エルさん、ですか? そのひとと話してみたいんですよ」

「それは……、急に言われても、難しいです……」

「そうですか。ではモニムさんにお訊きしますが、エルさんが人を殺したことはありますか?」

「え…え、あの、さっき……」

 ここで、モニムは助けを求めるようにウエインを見た。

 モニムは気を失っていて、具体的に何が起こったのか分かっていないのだ。

 ウエインは会話に加わることにした。

「俺達は、さっきまでディパジットに行っていたんです。髪の毛は隠して行ったんですが、途中でモニムがイリケ族だとばれてしまって……。彼らは銃という、黒い筒から金属の(たま)が飛んでくる武器でモニムを殺そうとしました。だからエルは怒って、そいつを殺したんです」

「ごめんなさい……」

 ウエインの隣で、モニムは俯いた。

「……わたし、イリケ族だからというだけの理由で殺されるのは理不尽だと思うし、納得がいきません。でも、わたしを守るためにエルが誰かを傷つけたなら、わたしにも責任の一部はあると思うから、ここへ来ました」

 最後は顔を上げ、モニムはそう言った。

 それからふと気付いたように、体に着ていた(モス)を全て脱いだ。

 左胸に当たっていた部分を確認し、シュタウヘンに差し出す。

「……穴が開いていますね」

 衣を確認して、シュタウヘンが言った。

「今着ている服にも、本当はたくさんの穴や裂け目があります。見た目でわからないのは、表面を薄い水の膜で覆ってごまかしているからにすぎません。わたしが今もここにこうしていられるのは、そもそもわたしの身体がほとんど生きていないからで、そうでなければわたしはもうとっくに死んでいます」

 言葉の途中で、モニムの服の色合いが少し変わったように思えた。

「…………」

 モニム以外の全員が、息を呑んだ。

 左胸に開いた小さな穴よりも先に目が行くのは、腹部に計四ヶ所ある破れ目で、それは刃物で刺された跡に見えた。袖にも大きく裂けたところがある。

「……かわいそうに」

 呟いたのは、今までの会話をずっと黙って聞いていた村長のモイケだったが、その呟きは全員の思いを代弁していた。

「わたしにも、エルが何を考えているのか、はっきり全部わかるわけではありません。エルが正しいとも思っていません。でも、エルは、わたしが傷つけられると怒ります。わたしを傷つけようとする人が泉に近づくことも嫌がりました。それだけは、確かです」

「なるほど。つまり、君さえ安全なら、エルさんも人に危害を加えることはないと?」

「おそらくは」

「……分かりました」

 シュタウヘンは顎に指を当ててしばらく考え込んでいたが、やがて一つ頷き、結論を口にした。

「モニムさんのことは我々が責任を持って保護します。それと、『水の魔物』に関しては、当面は危険性なしと判断して、差し当たって討伐は行わないものとしましょう。村長さんも、それでよろしいですか?」

「ええ。村人には後で私からうまく説明しておきます」

「あ、ありがとうございます!」

 ウエインは驚き、勢い良く頭を下げた。討伐隊はモニムの敵だとばかり思っていたので、その隊長の口から「保護する」という言葉が出たことが、信じられないくらい嬉しかった。

 ウエインの隣で、服を元に戻したモニムも安堵した表情で一緒に頭を下げた。

「そうと決まれば、他の隊員にも君達を紹介しよう」

 シュタウヘンは微笑みながらそう言うと立ち上がり、モイケとクラムに頭を下げた。

「お時間をいただきありがとうございました。この二人は隊で預かります」

 ウエインとモニムも、彼に続いて立ち上がった。

「それじゃ村長、失礼します。クラム先生も、ありがとうございました」

「気をつけてな」

 クラムがそう言って送り出してくれた。


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