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槍が魔力の爆発を起こす音がして、それきりシンと静まり返る。
……ああ、終わったか。綾音も、〈アルターストーン〉も、この世界も。
志乃はそう思って、灼かれたままの視界をそっと閉ざした。
真っ暗に閉ざされた世界は、静かで、何の音もしない。どこまでもどこまでも、静寂が支配している。
……しかし、それだけだ。いくら時間が経っても、何かが起きる気配はない。
静かだ。あまりにも静か過ぎる。志乃はようやくそのことに気づき、恐る恐る目を開いた。
「…………?」
最初に抱いた違和感は、砕かれたはずの〈アルターストーン〉……その翠色の光が、今でも辺りに満ちていることだった。
ゆっくりと動かした視界の端に、あの人型の〈魔者〉が映る。
〈魔者〉は、唖然として何かを見つめていた。その先にあるのは、〈アルターストーン〉……ではない。視線はもっと下に向いている。
志乃は、その先を追った。
「っ……!」
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
志乃がそれを何者であるのか判断するまでには、一瞬だけ時間を要した。
なぜなら、彼女は今の攻撃で〈アルターストーン〉もろとも掻き消されているはずで、そうでなくとも、その姿は普段の彼女の姿とは似ても似つかない。
翠晶学園の制服を着た、ポニーテールの少女。それは確かに、悠月綾音のはずだった。
しかし志乃は、その姿に息を呑む。
剣を高く掲げたまま、まるで彫像のように力強く、誇らしく立つ。その少女を護る神の加護……、翠色の光が全身を包み込んでいた。
その姿は神々しく、美しい。
人型の〈魔者〉も、影の〈魔者〉たちさえも、彼女の姿に見とれていた。
その中で。
集まる視線の中心で。
「……闇に世界が覆われし時、"翠の光"が世界を照らす」
少女は静かに、しかし力強く、言葉を紡ぎだす。
「"〈変革の晶〉"が輝きし時、選ばれし者は勇者となりて闇を斬り裂く剣となる」
いつか聞かされた言葉。今ここで聞かされるには場違いなほどに滑稽なもののはずなのに、感動さえも感じさせられる。
「そして今が……その〈時〉だ!」
目蓋を開く。その力強い瞳に、……"翠色の光"を宿して。
掲げた剣は激しく渦巻く光に包まれて輝く。
……それは、紛れも無い"選ばれた存在"。
今度こそ。
間違いなく。
茶番でも、妄想でもなく。
本物の〈勇者〉が、そこに立っていた。
「……! ――、――――!」
その姿に呆けていた〈魔者〉は我に返り、咄嗟に影に向かって指示を飛ばした。
〈アルターストーン〉に向けられていた全ての魔法陣までもが一斉に彼女を包囲し、槍を放つ。
まるで影が質量を持ったかのような闇の塊。それを〈勇者〉は……剣のたったの一振りで掻き消した。
弧を描いて振るわれた剣。翠の光が尾を引くその光景は、現実の物とは思えないほど幻想的。
「邪魔をしないで」
彼女は翠色の瞳で影の〈魔者〉を睨みつけると、剣を振り抜いた。すると光が弧状の波動となり、空に向かって放たれる。
波動は何体もの影を一度に飲み込み、消し去った。その破壊力に、攻撃を免れた影が一斉に逃げ出そうとする。
「遅い!」
振り向きざまに放った幾重もの波動が影を追い、そして消し去る。〈アルターストーン〉を囲んでいた影は、たった一瞬で一掃されてしまった。
そうして、たった数回剣を振るっただけで、その圧倒的な力を魅せつけた少女は、……次に、人の形をした異形に刃の切っ先を突きつける。
「……さっきはよくもやってくれたわね」
「――……!」
どうしたことだろうか。
あれほど強大で凶悪に見えた〈魔者〉が、今では酷く矮小な存在に見える。
それほどまでに、……"世界の敵に対して同情さえ抱かせる"ほどに、〈勇者〉の力は圧倒的だった。
「ッ!」
翠の剣を携え、〈勇者〉が〈魔者〉へと肉薄する。大きく開いていた距離が、たった一度の踏み込みで消滅した。
「――!」
一瞬で眼前に現れた敵に、〈魔者〉は虚を突かれてたじろぐ。
振りぬかれる横一閃。研ぎ澄まされた一撃は、〈魔者〉がとっさにかざした両腕の爪を砕いた。
彼女の攻撃はそれだけで終わらず、今度はまるでフェンシングのような細かい太刀さばきで〈魔者〉を翻弄する。目にも留まらぬ鮮やかな連撃に、ついに〈魔者〉が体勢を大きく崩した。
その瞬間、〈勇者〉は大きく飛び退く。そして……。
一瞬で姿をかき消し、瞬きをする間に〈魔者〉の後ろに現れていた。
「――!?」
一瞬遅れて、〈魔者〉の体が微塵に斬り裂かれる。無数の深い傷に〈魔者〉はぐらりと体をよろめかした。
神速の踏み込みで〈魔者〉を斬り抜けた〈勇者〉は、体を反転させて、高く跳躍した。
光を背負う少女は、逆光に影を落とす。振りかざした剣には翠光が収束していく。
――これで終わりよ。
声が空間に反響し、それに答えて光が巨大な刃と成る。
大きく目を見開く〈魔者〉。その身に、"光の裁き"が下される。
「はあああああああッ!」
空高くから振り下ろされた翠の大剣が、〈魔者〉を切り裂く。
「――――――――!!」
断末魔の叫びを上げる〈魔者〉は、一瞬にして魔力の光と化す。その黒い光の粒子すら浄化して、〈勇者〉はついに全ての闇を裁いた。
激しくも優しい翠光を背負い、〈勇者〉は剣を鞘に納めた。
そして、自分の近くへ歩み寄り、無言のままに見下ろしてくる彼女の翠色の瞳に、
(ああ、やっぱり……敵わないな)
志乃はふっと笑って、目を閉じた。




