page42
化物のような巨大な右腕が、〈バグ技〉の刃と交差する。魔力の刀は〈魔者〉の右腕に深い傷を刻み付けた。
……しかし、そこまでだった。
「くそ……くそっ、くそっ!」
どんなに力を込めても、刀はびくともしない。そうして必死に力を込めている間に、刀へ集めた魔力はどんどん散っていってしまう。
そして。
〈魔者〉を倒すことは愚か、右腕を断ち切ることすらできず。受け止められてしまったまま、この一撃に全てを賭けて解き放った魔力は……霧散してしまう。
その瞬間、〈魔者〉の顔からふっと嗤いが消え失せる。まるで興が醒めたとばかりに無造作に志乃の刀を弾き返した。
「嘘、だ……」
全てを解き放った最後の切り札。これが、こんなにもあっけなく終わるだなんて。
絶望する志乃の目の前で、〈魔者〉は傷を負った右腕に興味無さげにちらりと目を向ける。
「……え…………」
血が吹き出すように魔力が放出されていた傷跡。〈魔者〉が目を向けた直後、その傷跡が見る見るうちに埋まっていく。
……あろうことか、やっとのことで刻みつけた傷が、一瞬で癒えてしまった。
「……そん……な…………」
不意を突いて全力の攻撃を叩きこめば、命は取れずとも、大きな傷の一つはつけられるはず。そう思っていた。
だが、甘かった。この程度の小細工では通用しない。
それほどまでに、絶望的に、敵は凶悪。
「……――――」
「心底失望した」。〈魔者〉はそう言った気がした。
彼はまるで道端の石をそうするように、無造作に志乃を蹴った。
「っ……かはっ……」
志乃の体はボロ人形のように軽々と吹き飛ばされ、床を何度も転がされる。そして、三度の〈バグ技〉と全身の傷に、彼はもう立ち上がれなかった。
「……く……そ…………」
止められなかった。
〈魔者〉は苛立たしげに〈アルターストーン〉へ向き直ると、影の〈魔者〉達に指示を飛ばす。黒い槍が、次々と〈アルターストーン〉へ降り注いでいく。
ああ、もう世界は終わりなのかもしれない。
まるでRPGのような世界。そこにはついに〈魔者〉なんてものが現れ、そして、世界の終わりが始まろうとしていた。
〈魔者〉の攻撃に、ついに〈アルターストーン〉に亀裂が走り始める。
もしもこのまま砕かれてしまったら、世界はどうなってしまうのだろう。
……いや、きっと元の姿に戻るだけだ。
ただしそこには、〈魔者〉という明らかなイレギュラーが存在している。
残されたイレギュラーは、その後どうなるだろうか。
……決まっている。
人間に攻撃し、世界の中心たる翠晶を壊した〈魔者〉が、次に何をするのかなど。
……やはり、世界は終わるのだ。
「……何が……RPG……だよ…………」
そんな悪態が口を突いて出る。なぜなら、RPGのくせに、この世界には決定的なピースが不足しているのだ。
「…………」
転がったまま、志乃はその言葉を思い描いた。
邪道な世界観のゲームのファンであろうと、その概念は変わらない。こんな時に救いを求めるべき存在なんて、決まっている。
ゲームで、お伽話で、伝説で、常に弱き者を救い続けてきた存在。
もしも、現れてくれるのなら、それは……。
「……そして……今、が……その〈時〉……だ」
そんな言葉が、不意に響き渡る。
息も絶え絶えに紡がれたはずのその言葉はしかし、槍が〈アルターストーン〉を砕かんとする激しい音の中でさえ、志乃の耳に届いた。
「……ゆうづ、き……?」
霞む視界の端で、少女は確かに立ち上がっていた。
その目を真っ直ぐ、翠色に輝く雫へ向けて。
「我は、剣……。闇を、斬り裂く……希望の……光り」
そしてその足を、ゆらり、ゆらりと、進めていく。
「我は、剣。魔王を貫く……聖なる、閃き……」
きっと自分と同じく、動かすだけで激痛が走るような、傷だらけの体で。
「――――!」
〈魔者〉は彼女が生きていたことに気づき、そして手をかざした。〈アルターストーン〉に向いていた魔法陣の一部が綾音に向く。そしてそのまま魔力を収束させた。
逃げろ。そう叫ぼうとしても、喉からはただ空気が漏れて虚しい音を立てるだけ。
「我は剣……。世界を、繋ぐ……栄光の輝き」
ついに、漆黒の槍が雨のように降り注ぎ始める。その間をくぐり抜け、時には体に掠めさせながらも、綾音は一心不乱に足を進めていく。
頭上では〈アルターストーン〉への攻撃が続き、亀裂が深まり、欠片が飛び散っていく。
「……我は剣。神の御心のままに振るわれることを……誓う」
綾音はついに、〈アルターストーン〉の真下へ立つ。そして、傷だらけの雫を見上げた。
「……あたしが、あんたのために振るわれる剣になる……。だから……あたしに力をよこしなさい」
そう言って綾音は、まるで「エルネリシア」のワンシーンを再現するように、抜いた剣を高々と掲げた。
何をバカなことをやっているんだ。早く逃げろ。殺されるぞ。……言葉はやはり、声にならない。
「このままじゃあんた、壊されちゃうのよ。こんな、わけのわからないやつらに。……あんたもこの世界の〈神の雫〉なら……〈勇者〉の力くらい……与えてみなさいよ!」
綾音の声をかき消すように、綾音へ向いていた魔法陣が一斉に槍を放つ。
同時に〈アルターストーン〉へも槍が放たれる。更に大きくなった亀裂から、夜空を染め上げんばかりの翠の光が溢れだす。
「ーーーーッ!」
志乃が声にならない叫びを上げる。その瞬間、〈アルターストーン〉の亀裂から漏れだす光が激しく閃き、視界を灼き尽くした。




