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町はすでに酷い有様だった。
町中にあるあらゆる〈ゴーレム〉はその制御を奪われ、見境無く人を襲っている。戦おうとする人もいるものの、すべての人が〈ロールプレイ〉の訓練を受けているわけではない。多くの人はただ逃げるしか出来ないようだった。
戦う力を持つ者でも大きな力を持つ〈警備ゴーレム〉相手では分が悪いようで、数で押してギリギリ抑えつけるのが限度。志乃や綾音ではとても歯がたたないだろう。
「これじゃ逃げ場なんて……」
志乃は綾音の手を引きながら逃げ続けているものの、どこもかしこも〈ゴーレム〉や逃げ惑う人々でパニックになっている。とても安全な場所なんて見つかりそうになかった。
「ちょっと、後ろ!」
「え?」
突然、握っていた綾音の手が離れる。直後、後ろで何かがぶつかり合う音がした。
「この……!」
「悠月!」
綾音が〈ゴーレム〉の攻撃を受け止めていた。背後から迫る敵に気づけなかったらしい。
「今助け……って、そうだ、武器は……」
そこで志乃は今の自分が丸腰であることに気づく。バットはさっきの戦いの最中に弾き飛ばされてしまったのだ。
「下がって、なさい! あんたの助けなんて……要らないわよ!」
綾音は渾身の力で〈ゴーレム〉の腕を弾き返し、すぐさま今度は志乃の手を取って逃げ出した。
「本当に役立たずね、あんたは!」
「悠月、お前……」
「ぼーっとしてないで! ったく、本当に護衛クエストが始まるとは思わなかったわ」
綾音の態度はさっきまで呆然としていたのが嘘であるかのようであった。罵声を飛ばしてくるのはいつも通りだが、しかしその姿はいつもよりずっと頼りに見える。
「ここじゃ駄目ね……。……人の少ない所に逃げるわ!」
「お、おう」
綾音は急に向きを変え、また海岸の方へ向かっていく。
行き着いた先にあったのは港。開いている倉庫を見つけてその中に逃げ込んだ。
「ここなら隠れてられるはずよ」
コンテナの影に志乃を押し込めると、綾音はすぐに踵を返して駆け出そうとしてしまう。
「ち、ちょっと待て!」
「何よ」
「何って、お前どこ行く気だよ!」
「決まってるでしょ、あの暴走〈ゴーレム〉を片っ端から止めてくるの」
「無茶だ!」
手を掴んで引き止めると、綾音は煩わしげに答える。
「無茶でも誰かがやらなくちゃでしょ」
「お前がやることないだろ! お前の力じゃ無理だ!」
「無理とわかってても、勇者は行かなくちゃならないのよ」
「こんな時に何言ってるんだよ、これはゲームじゃない……」
「わかってるわよ!」
志乃の言葉を遮った叫びが、倉庫の中に反響した。
志乃は思わず口を閉ざし、彼女の目を見つめる。
「悠、月……?」
「わかってるわよ、ゲームじゃない。だからこそよ。現実は、こっちがレベル上げるまで待ってくれないし、動かずに待ってても向こうの方からエンカウントしてくるかもしれない。だから、戦う人が戦って、守る人が守らなくちゃいけない。たとえ無茶でもよ」
「……俺を守るために、無茶とわかってて戦うってのか?」
「そうね。だって〈ノーロール〉だし。あんたはあたし以上に弱いじゃない。弱いやつを守るのが勇者の役目よ」
「お前……!」
綾音の言うことはどうしようもないほどに残酷な、事実だった。
志乃は弱い。綾音のことを見下す権利など、本当なら欠片も無い。〈バグ技〉が無ければ〈コボルト〉にとどめを刺すことも出来なかったし、〈ゴーレム〉だって彼女がいなければどうなっていたか、本当はわからなかった。
志乃は何も言い返せなかった。彼女を引き止める手からも力が抜けてしまう。
「……じゃ、行くわよ」
「…………」
力なく項垂れる志乃の手を逃れて、綾音は倉庫の出口へ向かっていってしまう。
しかし、彼女は背を向けたまま途中で足を止めた。
「……ありがとね」
「え……?」
「言い方ひどかったけど、あんた、あたしのことを応援してくれるって言ってくれたじゃない。そんなの考えてみたら初めてで……、だから、ありがとうって」
「悠月……」
「うん、だから、その……」
綾音は振り向き、わずかにはにかむ。夕焼け空が逆光になっていた。
「帰ってきたら、ちゃんとさっきの続き、……聞かせなさいよね!」
「あ……悠月!」
そう一方的に言い残して、綾音は駆け出していってしまった。
「……手伝わせてくれって言ったってのにな……」
結局自分には、綾音の未来を一緒に見ることは出来ないのだろうか。
所詮自分は何も持たない者だ。〈バグ〉ごときに、あんなにもまっすぐな少女の未来を一緒に見る権利など無いのだろうか。
「バカで無力で自分の実力もわかってない。それって、俺のことじゃないか……」




