page31
「悠月! この……ふざけんな!」
志乃は一層大きくバットを振りかざし、そして……。
「〈放て〉!」
〈バグ技〉を発動し、殴りかかる。魔力を纏ったバットは〈魔者〉の魔力障壁をすり抜けた。
「――?」
〈魔者〉はその時初めて志乃に注意を向けた。綾音の剣を押し返し、その手で志乃のバットを掴む。
「……あ…………?」
その拍子に、綾音の束縛が溶ける。混乱した様子でふらふらと後ずさり、剣をだらりと下ろした。
「悠月、今だ!」
「え……?」
「逃げろ! お前だけでもいい!」
「逃げる……? ……だめよ、あたしは……勇者だから……そんな……」
「そんなこと言ってる場合か! 早く……ぐあっ!?」
〈魔者〉はバットごと志乃の体を振り上げ、無造作に放り投げた。
「このっ……!」
なんとか受け身を取って着地し、未だ〈魔者〉を呆然と見上げている綾音に向かって叫ぶ。
「悠月、聞け!」
「駄目……だって、このままじゃ……あたしが、なんとかしなくちゃ……」
「チッ……!」
志乃は再び〈魔者〉の居る方へ駆けて行き、まだわずかに力をまとわせたままのバットを振りかざした。
「う……おおおお……!」
不意を突いた一撃は、〈魔者〉の肩を殴打する。
「くっ……」
鉄の塊でも殴りつけたような衝撃に手がしびれ、バットが飛んでいってしまった。〈魔者〉が煩わしげに腕を振るう。
志乃は紙一重でそれをくぐり抜け、綾音の手を掴んだ。
「あ……」
「行くぞ悠月!」
茫然自失の綾音を掴みそのまま駆け出す。すると、向かう先から何かが向かってくるのが見えた。
「あれは……〈警備ゴーレム〉か!」
それは町を巡回する数体の〈警備ゴーレム〉。異常を察知して向かってきたのだろう。志乃の隣をすれ違って〈魔者〉へ向かっていった。
その装備は学園の訓練用のものなどとは比にならず、力はレベルにして70以上。彼らに任せておけばひとまずは安心だろうと、志乃は安堵した。
ところがその時、志乃はほんの数週間前の出来事を思い出す。
「〈ゴーレム〉って……まさか、あいつ!」
思い出して足を止めるが、志乃に何かができるはずも無かった。
〈魔者〉の金色の目が妖しく光を放つ。その瞬間、全ての〈ゴーレム〉が動きを止めた。志乃はその光景を見て青ざめる。
動きを止めた〈ゴーレム〉は、一斉に志乃たちの方へと振り向いた。……その目を赤く染めて。
「暴走……いや、それどころじゃない。今あの〈ゴーレム〉たちは、あいつが制御してるのか……?」
志乃の言葉を肯定するように、〈魔者〉が手をかざすとそれにしたがって一斉に〈ゴーレム〉が動き始めた。
不意に、いつかの瑠璃の言葉がよみがえる。自分が戦ったあの一体が、唯一支配に成功したのだと彼女は言った。……そんなはずない。あえて、わざとあの一体だけを動かしていただけだ。
今あの〈魔者〉は、全ての〈ゴーレム〉を一瞬で支配した。彼には、〈ゴーレム〉の制御を奪うことなど容易いのだ。
「くそっ……!」
志乃は踵を返して逃げ出す。とにかく〈ゴーレム〉たちが追いつけないところまで、一心不乱に足を動かして。




