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――突然、激しい轟音が波音を消し去る。
それはまるで雷がすぐ傍に落ちたような、体を痺れさせるような爆音。同時に激しい光が閃き、地面を揺るがした。
一瞬遅れて暴風が吹き荒れ、志乃は思わずフェンスに掴まりうずくまる。
「な、なんだ!?」
「ち、ちょっと、何これ、いやぁっ!?」
「悠月!」
志乃は綾音を咄嗟に抱きかかえ、フェンスにしがみつく。
「……と、収まった……か?」
激しい地震と暴風はやがて収まる。志乃は恐る恐るフェンスから手を放した。
「ち、ちょっと、放しなさいよ!」
「お、おう、すまん。それにしても今のは一体……」
綾音を解放し、志乃は辺りをぐるりと見渡す。
「……は…………?」
そして、絶句する。目の前の光景にただ目を剥き、間抜けな声を漏らすことしか出来なかった。
「どうしたのよ変な声出して……」
綾音も志乃の見ている方へ目を向け、そしてやはり志乃と同じように目を見開いた。
二人の目の前に広がる光景。それは……そこにあった大地を跡形もなく消し飛ばした爆発の跡。地面を深々と抉るクレーターだった。二人の居るギリギリまで、半径十数メートルにも及ぶ範囲が消し飛んでいる。
「なんだよ、これ……」
「ね、ねえ、あれ!」
呆然とする志乃の肩を揺さぶり、綾音が何かを指さす。志乃はその先に目を向けた。
「……何だ、あれ……?」
「わかん、ない……けど、もしかして……」
何の前触れもなく起きた破壊の痕。その中心には、謎の物体が浮遊していた。
見たままに表現するならば、それは黒い光の球体だ。自然物でもなければ人工物とも異なるような、異質な存在感を醸し出している。
そしてその色は、〈コボルト〉を倒した時に発生した光の粒子と酷似していた。
「まさか……」
志乃の中で嫌な予感が鎌首をもたげる。冷や汗がどっと吹き出し、脳が「今すぐ逃げろ」と警鐘を鳴らす。しかしそれとは裏腹に手足は言うことを聞かず、体が竦んで動かなくなる。
辺りには志乃と綾音しかいない。綾音も志乃と同じように、黒い球体を凝視したまま動けずに居た。
二人が見ている目の前で、球体に変化が起きる。光が収縮していき、その中から何かが姿を現し始める。
それは、人間のように四肢を持つ存在。しかし〈コボルト〉のように獣と交じり合った姿をしているわけでもなく……。
光が消え、ついにその姿が完全に顕になる。志乃はその姿を見て、息を呑んだ。
「……人……間……?」
そう。それは人間だった。……基本的な形状だけを見れば。
確かにそれは人間の男の姿をしている。しかしあらゆる違和感が、志乃に彼を人間だと認めさせない。
髪は金色で、鋭く切れ長な目はそれと同じ金色をしている。瞳は酷く不気味で、細長い瞳孔が爬虫類を連想させた。両の手足は不自然に骨張っていて、異常に大きい。爪は獣のように鋭く研ぎ澄まされている。
全身には目に見えるほど濃厚で凶悪な魔力を纏っている。その威圧感はただそこにいるだけで志乃を萎縮させた。
そして極めつけは、……頭から生えている二本の角。鬼のような曲がった赤い角が生えているのだ。
(違う、あれは……)
人間ではない。人間のはずがない。明らかに異質な、この世界に存在し得ない、存在してはいけない存在。
彼は、〈魔者〉だ。それも〈コボルト〉などとは比にならない、明らかに別格の。
〈魔者〉は不意に、気だるげな仕草でこちらへ目を向ける。爬虫類のような眼が、志乃たち二人を捉えた。
「っ……!」
その瞬間、頭のなかで鳴る警鐘が更に激しくなる。
危険だ。あれと戦ってはいけない。あれと目を合わせてはいけない。ここにいてはいけない。逃げろ。逃げろ。逃げろ――。
頭が痛くなるほどの警報。過剰な緊張感に頭が真白になり、何も考えられなくなる。
「〈魔者〉……」
隣で綾音が震える口で何かをつぶやいていた。自分と同じように、瞳孔の開いた目であの存在を視認している。
「――――」
「え……?」
その時、ふと〈魔者〉が何か言語のようなものを口にしたのが聞こえた。
「なんだって……?」
思わず聞き返した、次の瞬間。
――〈魔物〉が、眼前に迫っていた。
「っ!?」
動きなどまるで見えなかった。いつの間にか目の前に移動し、そして志乃たちを見下ろしてきている。
「はっ……! こ、この、何よ! やる気!?」
我に返った綾音が、声を張り上げながら剣を抜いた。
「ま、待て、悠月! 落ち着け!」
「うるさい! 来ないなら……こっちから行くわよ!」
綾音は剣を振り上げ、真正面から全力で斬りかかった。
「……――」
〈魔者〉はまたも何か言語のようなものを口にし、すっと片手を上げる。
そして……文字通り"指先で"、綾音の剣を止めた。
「……!? この……このぉ……!!」
力を込めるが、〈魔者〉の手はびくともしない。
「――――」
魔者はまた何事かつぶやくと、ニヤリと笑った。
「っ! 悠月!」
志乃は弾かれたようにバットを取り出し、殴りかかった。
しかしその攻撃は〈魔者〉の纏う魔力に阻まれる。
「な……! くそっ、なんだよこれ!」
何度も殴りかかるが、どれも魔力に阻まれてしまう。形の無いはずの魔力が、ただそこにあるだけでまるで障壁のように作用していた。
「悠月、早く逃げろ!」
「……だ、だめ、体が……動かな……」
「悠月!」
綾音は〈魔者〉に攻撃を防がれた形のまま、凍りついていた。まるで〈魔者〉に金縛りを受けているかのように。
〈魔者〉はおもむろにもう片方の腕を綾音へ向ける。その手の平に、黒い光が収束していく……。




