page24
「次の〈魔者〉がいようといなかろうと! このままじゃ終われないわ!」
そう大声を上げる綾音に連れられて、志乃は屋内訓練場にやってきていた。
目の前では綾音が新型の訓練用〈ゴーレム〉を相手に模擬戦を行なっている。しかしその腕は相変わらずだ。
〈アナライザー〉を通して見ると、〈ゴーレム〉の強化率が表示される。〈アルターストーン〉の力で動いているのは〈ロール〉と変りないため、〈適応率〉に相当するステータスが表示されるのである。
〈ゴーレム〉の設定レベルは10。最弱設定のはずである。
「……お前さ、〈ゴーレム〉の前にカカシか何かで練習したほうが良くないか?」
「うっさい、余計なお世話よ! あたしはもっともっと強くなってやるんだから!」
「んじゃあんまりよそ見するな。危ないぞ」
「へ? ……きゃあああ!」
志乃に向かって怒鳴っていた綾音が〈ゴーレム〉に殴られ吹き飛ばされていく。危険のないように緩衝魔法が使用されているはずだが、このままではいつ怪我をしてもおかしくない。
「こんのぉ……。次は叩き潰す!」
「目的が変わってないか?」
「だからあんたは口出ししないで!」
それなら何故にわざわざ連れてくるのか。
「……それにしても、どういう風の吹き回しだ? 今まで訓練なんてやってこなかったじゃないか」
「ふん、勇者は強くなければ意味が無いわ。邪道RPGファンはそんなこともわからないのかしら?」
「いや、それはわかるけどな……」
今まで綾音は〈魔者〉を探しにあちこち無駄に駆けまわるか、自分の妄想を語るくらいしかしてこなかった。「自分の実力」という現実など欠片も見えてないようだったのだ。
「それが急に現実的で地道な訓練だ。まあ基礎をすっ飛ばしていきなり模擬戦ってのはどうかと思うがな」
「いいじゃないの、手っ取り早く強くなれれば」
「自分が『強い勇者じゃない』ってことを認めるんだな」
「…………」
綾音の手が止まり、そして剣を下ろした。〈ゴーレム〉の拳が綾音の目の前でピタリと止まる。戦意喪失とみなし停止したのだろう。
「……だってあたし、この間何も出来なかったし」
「〈コボルト〉と戦った時か? まあ確かに悠月自身はろくにダメージ与えられてなかったかもしれんが、でもお前抜きで確実に勝てたかはわからないだろ。少なくとも俺か先輩のどっちかが怪我してた」
「それじゃ嫌なのよ。ゲストキャラの村人Aに手柄をとられるくらいじゃ勇者は名乗れない」
「まだそれ言うか……」
その評価はあんまりではないかと落胆する。
「……あたし、あんたみたいな必殺技も持ってないし」
「あー、あれな……。……あんなのバグ技みたいなもんだ。そんなのでいいのか?」
「別にバグとかチートで勝ちたいっていうんじゃない。……あたしには何もない。それが嫌なだけ。だから……」
剣先を〈ゴーレム〉に突きつける。戦意の回復に、〈ゴーレム〉が再起動する。
「まずはこいつを踏み台に、勇者らしい強さを手に入れるわ! 今度はあんな風にはいかないんだから!」
「今度って、また〈魔者〉が出てくるなんて保証もないだろ?」
「いいや、終わらないわ! まだ終わりじゃない! あたしは絶対に『エルネリシア』の主人公みたいな勇者になるんだから!」
「話し変わってる……っていうか、相変わらず目標は『エルネリシア』なのか」
「ふん、イメージは完璧なんだから。後は形にするだけよ!」
「ゲームのイメージでやるのかよ」
「バカにしないでよね! 勇者の技に限ればエフェクトからモーションまで全部覚えてるんだから!」
「……その努力を今までも戦闘訓練にあててればもっとマシだったろうに」
「この鉄人形、今度こそ叩きのめしてやるわ!」
もう聞こえていないらしかった。志乃は仕方なく壁際に置かれたベンチに腰掛け、遠目に見守ることにする。
「……頑張るなぁ、あいつ」
ただ何も考えず、自分の実力なんてちっとも見えていないと思っていたが、そんなことはないらしい。あるいは、あの戦いが彼女に「経験値」をもたらしたか。
「……ま、どんな勇者だってレベル1から経験値稼いで強くなっていくもんだしな」
自分の実力を認め、現実的な訓練をするようになった。これは十分な成長と言えるのではないだろうか。
「スラッシュエッジ!」
そんなことを考えながら綾音を見ていると、〈ゴーレム〉の打撃をかわし、反撃を入れていた。戦い方もある程度は様になってきているようだし、「スラッシュエッジ」の動きもゲームのそれを大分再現しているように見える。……意味があるかどうかは別として。
〈アナライザー〉を通して見る彼女のレベルは12。幾らかはマシになっているらしい。
そう考えて、いつの間にか上から目線で彼女を見ている自分に気づき、はっとする。
「……俺にその権利は無い、か」
確かに綾音は弱いし、言動は何もかも無茶苦茶だ。しかし、ただの一度も諦めを見せたことが無かった。愚直ながらも歩むことを決してやめない。
〈コモン〉だろうと、適性が著しく低かろうと、彼女は歩み続ける。いつか〈勇者〉になるという馬鹿げた夢を目標にして。
「……"持ってない"のは同じなのにな……」
自分が何も持っていないことを諦めて、文句を垂れながらも何もせず日々を送っている間も、彼女はどんどん前に進んでいるのだろう。
「〈勇者〉、か……」
彼女の見る先には何があるのだろう。最初は彼女に振り回されるのがただ面倒で仕方ないだけだったのに、今ではそんなことを考えていた。




