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志乃は呼吸を整えると立ち上がり、部屋の中へと目を向けた。
「本当に〈魔者〉だったな。生き物だったのかどうかも怪しいところだ」
「どういうこと?」
「あれだけ派手に殴って血も流れ出ない。代わりに出たのが"あれ"だ」
殴り飛ばした時に出た紫色の光の粒のようなもの。あれは別に志乃の力によって生じたものではない。
あの力は、ただ爆発的な力で"殴っているだけ"なのだ。殴ったものが岩なら砕けるだろうし、生き物なら肉片や血が飛び散らなくては不自然だ。
つまり、先ほどの〈コボルト〉は明らかに普通の生き物ではない。
「確かに、私が斬った時もあんな感じだったかも……」
志乃は〈コボルト〉の正体に思考を巡らせる。
「……やっぱりここに居ましたか」
しかしその時後ろからかけられた声に、思考を中断した。
「開発区に近づくなと言ったはずですが?」
「天ヶ崎……」
部屋の入り口に瑠璃が立っていた。その表情はいつものような半眼ではなく、真剣に、怒りを露わにしていた。
「何よ、今更きたの? 悪いけど〈魔者〉ならあたしたちで倒しちゃったわよ」
「言いつけを破ったのは悪かったが、見ての通り怪我人はゼロだ。そんなに心配することも無かったんじゃないか?」
「それは問題じゃないんです!」
珍しく声を張り上げる瑠璃に志乃は圧倒されてしまう。瑠璃は志乃を押しのけて、先日〈ゴーレム〉に使っていた解析魔法を発動した。魔法陣の上で空気中に霧散してしまっていた〈コボルト〉の光の粒が収束していく。
「これが、残留魔力ですね……パターンが同じ……やっぱりあれは……」
「お、おい、天ヶ崎?」
「……マズいです。ひょっとすると……」
「おい、どうしたんだよ」
瑠璃は解析魔法を閉じる。すると〈コボルト〉の光は霧散して消えてしまった。
「……あのゴーレムの不正干渉、おかしいと思ってはいましたが……これなら納得です」
「天ヶ崎、解るように言ってくれないか」
「そのつもりです。そこのバカ勇者も大人しく聞いてください」
「な……!」
瑠璃の物言いに綾音が何か言い返そうとするが、その間も与えずに瑠璃は断言する。
「先程まで志乃さんたちが戦っていたのは、間違いなく"ここではない世界"の存在。……あえて似非勇者の言い方を借りるなら、〈魔者〉です」
「ここではないって……本当に異世界の存在だったのか?」
「跡形もなく消えてしまっていて確証はありませんが……。この空間に残っている魔力は、明らかに"異質"なものです。つまり、志乃さんたちがここで戦っていた存在が、〈ゴーレム〉への不正干渉の犯人である可能性が高いんです。実際、〈ゴーレム〉に残っていた魔力とこの空間にある魔力は性質が似ています」
「ふん。だったらあんたにバカ呼ばわりされる筋合いはないわ。このあたしが原因を倒してあげたんだから」
「……それもそうだな。原因の魔者を倒したんだから万事解決じゃないのか?」
「それなら良いのですが、〈ゴーレム〉に不正干渉してきたのが本当にここにいた〈魔者〉だったのか、今となっては知る由もありません。こんな、"明らかにこの世界の物ではない物"がどこから沸いて出たのかも……」
瑠璃はどうやら納得していないようだ。そう言われると、志乃も本当にこれで終わりなのか不安に思えてくる。
「……確かにあいつ、そんなことができるような感じじゃなかった……」
〈ゴーレム〉に不正干渉するなどという芸当ができるなら、今の戦いで魔法の一つも使ってきてもおかしくなかったはずだ。
「ふん、また新しいのが出てくるのなら受けて立つわ。むしろ望むところよ!」
「き、今日みたいに倒せる相手ならいいけどね……」
綾音は意気込んでいたが千歳は不安そうだ。そんな二人を見て瑠璃は溜め息を吐く。
「……まあ、こうなってしまった以上仕方ありません」
「天ヶ崎?」
瑠璃は酷く不本意で心底嫌そうに、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「これからはわたしなりに手伝いますよ。〈勇者研究部〉とやらの活動を」
「お前、……いいのか?」
数日前に活動に強制招集された時は途中で投げ出すほど嫌そうにしていたというのに、どういう風の吹き回しだろうかと首を傾げる。
「仕方ありません。実際にこうして〈魔者〉の存在を確認してしまったのですから」
「ふん、遅いわよ。あんたもせいぜいあたしのために尽くすことね」
「ええ、研究センターの名誉と発展のためにせいぜい利用させてもらいますよ」
「なんですって?」
「何ですか?」
「……せめて仲良くしてくれよな」
綾音との仲は相変わらずらしかった。
(……まあ、天ヶ崎も加われば危険はもっと減るか。これで終わってくれればそれが一番いいんだがな……)
こうして綾音の最初の〈魔者〉討伐は、うやむやな点を多く残したまま終わった。




