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千歳は〈コボルト〉と真正面から対峙し、刀に手をかける。
「いくよ……!」
正面から襲い掛かってくる〈コボルト〉の動きをその目に捉えようとする。刀は抜かないまま。〈刀術師〉の数ある戦い方の中でも千歳が特に得意とする、〈静〉と〈動〉で言うところの〈静〉、居合い斬りの構えである。
しかし……。
「……え……?」
千歳は間の抜けた様な声を発して目を見開く。
「っ、だめだ……! 先輩!」
「ふわぁ!?」
志乃はとっさに横から飛び込んで千歳を突き飛ばした。そしてバットで攻撃を受け止める。
「ッ! 重……!」
弾き飛ばされつつもなんとか受け身をとる。腕がじんじんと痺れていた。
「あ……。し、しーくん、大丈夫!?」
「くぅ……な、なんとかな」
「ご、ごめんね! で、でも、どうして、私……」
呆けていた千歳が我に返る。どうして刀を抜けなかったのか解っていないようだった。
「だ、だったら!」
千歳は居合いを諦め刀を抜き、飛びかかった。その速さは綾音とは比にならない。
「あ、あれ……?」
それでも、攻撃は当たらない。千歳は姿勢を崩してよろけそうになりながら着地した。
「な、なんで……」
「ちょっと千歳、何やってんのよ! レベル42なんでしょ!?」
「い、いつも通りやってるよ~!」
志乃は、千歳も綾音にだけは言われたくないだろうと呆れそうになる。
……が、同時に千歳の言葉から、彼女がどうして上手く戦えないのかその理由に気づいた。
「いつも通り……そうか」
千歳はいつも通りにやっているのだろう。成績表で高評価を貰える、模範的な、"〈ゴーレム〉を相手とした模擬戦の通りに"。
実戦と模擬戦は異なる。それくらいは志乃にも理解できた。いくら優秀な千歳といえど、実戦の経験が皆無では応用が上手く効かないのだ。
「くそっ、先輩でも敵わないか……」
それならばやはり"切り札"を使うしかないだろう。三人がかりなら確実に叩きこむ隙の一つくらい作れるはずだ。そう踏んで、志乃は指示を飛ばす。
「悠月! 先輩! 一瞬だけでいい、隙を作ってくれ!」
「はあ? なんであんたが命令するのよ!」
「一瞬……。し、しーくん、もしかして……?」
「ああ。"切り札"を使う!」
「で、でも、先生に使っちゃダメって言われてるって……」
「非常事態だ、やるしかない!」
「ち、ちょっと、どういうことよ!? 無視するんじゃないわよ!」
「いいから頼む、悠月!」
「……わかったわよ。今回だけなんだから!」
綾音が渋々頷き返す。二人が動き出すのを見て、志乃はバットを力強く握りしめ、精神を集中させた。
「さあ、大人しくしなさい! 連撃、アサルトストーム!」
綾音の連撃が再開する。その攻撃は相変わらずかすりもしない。
「こっちにもいるよ!」
しかしそうしている間に〈コボルト〉の注意は綾音に集中する。その隙に、背後から千歳が斬りかかった。その不意打ちにも〈コボルト〉は反応し、横に転がってかわす。
「今!」
そこに綾音が更に追撃を入れる。〈コボルト〉はそのまま飛び退いて回避し、壁を蹴って綾音の上を飛び越えた。
「千歳!」
「うん!」
跳んだ先では千歳が待ち構え、刀に手をかけていた。いかに俊敏な獣といえど、空中でその挙動を大きく変えることはできない。
「やあっ!」
居合い斬りが、今度こそ〈コボルト〉を捉え、吹き飛ばす。綾音より深く入ったものの、致命打にはならないらしい。
……が、隙としては十分。
「しーくん!」
「今よ、やれるもんならやってみなさい!」
「ああ! 任せろ!」
志乃はバットを両手で握りしめ、〈コボルト〉に向かって、踏み込む。
「はあああああああ……!」
体内に巡る魔力を収束し、武器に集めていく。
体の中で練った力を一気に放出するようなイメージ。それは、〈ロール〉を持たない志乃が唯一持つ、常人離れした特殊能力。
「〈放て〉!」
叫びを合図に〈力〉が放出され、――炎のように揺らめく黒色の魔力が得物を包み込んだ。
「うおおおおおおお!!」
渾身の力で振り下ろしたバットが〈コボルト〉の胴体を殴打し、バットの纏う魔力が爆発する。
炸裂した魔力は堅牢な〈コボルト〉の肉体に絶大なダメージを与える。魔力の爆発に胴体が大きく消し飛び、体ごと吹き飛んでいく。
断末魔の悲鳴が響く。攻撃が叩きこまれた場所から伝わるように、全身が光の粒子のようなものになってバラバラになっていった。それから、やがて悲鳴を上げる喉や口までもが消失し……。
ついに、〈コボルト〉は跡形もなく消滅してしまった。
「……終わったの?」
「……ああ。そうっぽいな」
志乃はぽつりとつぶやいた千歳にそう答え、……がくりと膝をつく。
「! し、しーくん!」
「大丈夫、疲れただけだ。……相変わらずしんどいな、これは」
そのまま床に座り込む。志乃が持つ唯一にして最大の切り札は、絶大な威力を持つ代わりに体力を一気に消耗してしまうのだ。形にならないまま不安定に出力される〈シンボル〉なのではないかというのが最近聞いた説明だが、正体ははっきりしていない。
志乃が自身を〈バグ〉と自嘲する理由の一つ。"規格外"の力を放つ〈バグ技〉だ。
「ちょっと、〈ノーロール〉」
「ん? どうしたゆうづうぐっ!?」
座り込んで呼吸を整えていると、綾音が急に胸ぐらに掴みかかってきた。
「とどめまで持って行っていいなんて言ってないでしょ!? どうしてくれんのよ!」
「し、るか……くるし、はなせ……!」
「ていうか何よさっきの必殺技みたいの!? ずるいわよ! あたしも使いたい!」
「しらん……てか、はな、せ!」
綾音を突き飛ばす。解放された志乃はげほげほと咳き込んだ。
「ったく……。こんな力持ってるよりは、弱くても〈ロール〉持ってたほうが良いに決まってる。今みたいな時くらいしか使えないしな」
「何よ、贅沢ね。必殺技は勇者になるあたしこそ使えるべきなのに」
「いつも叫んでるだろ、それで我慢してろ。……さて」




