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ロールプレイン・ディス・ワールド  作者: たる。
第三章 無人の町と狼
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page17

 〈勇者研究部〉に入部することで瑠璃は〈特別認可生支援係〉の責務から解放された。現状、志乃の奉仕作業の指示権限と監督義務があるのは担当教員である竹村一人だ。しかし竹村は基本的に面倒事を好まない。志乃や瑠璃に仕事を丸投げしていたのがその証拠だ。

 つまり、志乃は奉仕作業という名の雑用から解放されたはずである。

「……それなのになんで俺、プリント運びなんてやらされてんだろうなぁ……」

 ぼやく志乃の手の中には重たいプリントの束。竹村に任されたものである。……ちなみに監督はいない。

「『救済措置じゃなくて単なる手伝いのお願いだ』って、それがありならやりたい放題じゃねえかよ……」

 竹村の言葉を思い出す。確かに教師が生徒にちょっとした手伝いを頼むのは珍しいことではないが、何故わざわざ自分を名指しでやらせるのか。これでは瑠璃を巻き込んでまで部に加名した意味が半減してしまう。

「……まあ、今後はさすがに俺にばっかりやらせるってこともないか……。よっと」

 プリントの束を特別教室に下ろす。貴重な昼休みがごっそり削られてしまった。

「あ、しーくん。何してるの?」

 教室に戻ろうとすると千歳とばったり出くわした。そういえばこの階には三年生の教室があったのだと思い出す。

「……逃れられたはずの雑用だ。あとしーくんって呼ぶな」

「しーくんがお姉ちゃんのことお姉ちゃんって呼んでくれたらやめてあげる」

「どっちも嫌だ……」

「もう、照れなくてもいいのに~。……ところで、瑠璃ちゃんも先生もいないね?」

「『ただのお手伝い』だから監督不要だとさ。……これってどうなんだ」

「あ、あはは、そうだよね。〈特別認可生〉じゃなくてもお手伝い頼んできたりするもんね、先生って」

 げんなりとうなだれる志乃に、千歳はぎこちなく苦笑する。

「やっぱこの程度の小細工じゃその不本意な肩書の効果からは逃れられないか……。ただでさえ不幸なハンデを背負っていってのにこれ以上虐めなくたっていいじゃねえか……」

「が、頑張れ、しーくん」

「なんなんだ……ていうかほんとなんだよ〈ノーロール〉って……」

 変えようのない宿命を呪う。もう諦めのついたことだと思っていたが、こうも頻繁にいじられると嫌でも意識してしまう。

「……しーくんって昔から浮いちゃってたもんね、それせいで」

「そうだな……。ただでさえ外見がこれなのに、いつまで経っても俺一人〈ロール〉に目覚めなくて」

 数年前のことを思い出す。ほとんどの同級生が中学に入るとほぼ同時に〈ロール〉に目覚めた。そんな中で志乃だけが〈ロール〉を持たないまま一年、二年と過ごし、三年になる頃には完全に孤立していた。

「本当、先輩だけだったな。俺と話してくれたのって」

「あはは。だってお姉ちゃんだもん」

 えへんと胸を張られる。確かに親族にまで見放されたらいよいよ後が無いだろう。その意味では、千歳が「お姉ちゃん」で居てくれるのはありがたいことなのかもしれない。

「小さい頃からずっと一緒だったもん。たとえしーくんが〈ノーロール〉でも〈ファイブスター〉でも変わらないよ。……おじさんにも頼まれてるしね」

「親父か……」

「おじさんのペンダントだっていつもこうやってつけてるんだから。ほら」

「……先輩。何処に人目があるかもわからないところで"それ"は止せ」

「?」

 頭に「?」を浮かべる千歳。気づいていないようだが、いきなり目の前で"胸元に手を突っ込まれたら"志乃のような反応をしてしまっても仕方のない事である。

「ほら、これ」

「ああ、うん、知ってた……知ってたけど心臓に悪いからやめてくれないか」

 千歳が取り出したのは銀のチェーンで繋げられた首飾り。なんでも千歳が志乃の両親から預けられているものらしく、普段は服の下に隠しているようだ。先についているのはロケットのようだが、志乃が中身を見せてもらったことはなかった。

「……まあ、俺をよろしく頼むって意味で先輩に何か預けるのはわかるんだけどさ。逆に息子の俺には何も無しってどうなんだ?」

「あ、あはは、私に言われてもちょっとわかんないかな……」

 志乃の両親は志乃が小さい頃から仕事で海外を飛び回っている。今では志乃も一人で生活しているが、志乃はずっと千歳とともに鬼柳家で育てられていたのだ。

「おじさんたち、今頃どこにいるんだろうね」

「さあ。この世界のどこかにはいるだろ」

「そ、そうじゃなかったら困るよ」

 両親はずっと連絡も寄越さない。生活費だけは毎月しっかり振り込まれるのだから健在であるのは確かなようで、最近はあまり気にかけていなかった。「便りのないのは良い便り」という言葉もある。

「……よし。お姉ちゃん、これからもちゃんとしーくんのこと守るからね!」

「な、なんだよやぶから棒に? ていうかやっぱり情けないし、せめてその俺を守るってのだけでもそろそろやめにして欲しいっていうか……」

「だーめっ! おじさんに任されてるんだから! いざとなったらこの二本目の刀を解放してでも……」

「そ、それはやめてくれ!」

「ふぇ?」

「ほ、ほら、……危険だろ、それ使うの」

「そっか。えへへ、心配してくれてありがとね、しーくん」

「心配、な……はは……」

 思わず苦笑いが漏れる。

 それにしても、自分が無力なのは重々承知だが、こうもはっきりと「女の子に守られている男」という構図を示されるとさすがになけなしのプライドに傷がつくようだった。

「まあ、もしも本当に魔者と戦うなんてことになったら、〈ノーロール〉じゃヤバいかもな」

「ま、マモノさんはお姉ちゃんもちょっと自信ないかなぁ……」

「無力な村人Aと侍なら比べるまでもなくはるかに侍のが役に立つだろ」

「で、でも、しーくんだってやろうと思えば戦えるんだよね?」

「あー、そうだな。一緒に住んでた頃は先輩と一緒に剣道の稽古とかさせられてたし、あんまりやりたくないけど、"あれを使えば"……って言ってるそばから俺を当てにするなよ。守るんじゃなかったのか?」

「あう……。だ、だって、マモノなんて見たことも戦ったこともないもん……」

「俺だって一緒だ……。……ていうかその点、目下最優先護衛対象って悠月のような気がするな」

 魔者と遭遇すると仮定して考えた時、真っ先に不安になるのは綾音のことだった。状況判断も自己分析も出来なければ能力もそれこそ村人並みに貧弱。そのくせ自信だけは根拠もなく湧いてくる。無駄に突っ込んで無駄に死にそうなのが彼女だ。

「……えっと、綾音ちゃんってそんなに、その……」

「あれはひどいぞ。俺でも余裕で完封勝ちできそうだ」

「ふえぇ!? あ、綾音ちゃんは〈ロール〉持ってるんだよね……?」

「レベル5だけどな、この歳で。ていうかそんなに驚くことないだろうよ」

「え? あ、ご、ごめんね! そんなつもりじゃ……」

「いや、いいけど」

 〈コモン〉とはいえ〈ロール〉は〈ロール〉。〈ノーロール〉の志乃では、インチキでもしなければとても敵わないのが普通だ。

「悠月の弱さは逆に希少だな……」

「……うん。それじゃお姉ちゃん、綾音ちゃんのこともちゃんと守るよ」

「ああ。そうしてやってくれ」

「うん、わかった。……でもあんまり危ないことは、そもそもしてほしくないかな」

 千歳は困ったようにはにかむ。しかし志乃は、それには応えられなかった。

「いや、何もしないまま止めるってのは無理だな、あいつの場合。……それに俺も、こうなったらキリのいいところまで付き合ってみたいと思うし」

「でも、しーくんに何かあったら……」

「大丈夫だ。そもそも魔者なんていないだろ。何かの見間違いだ」

「そうだったらいいけど……」

 心配そうに言いながらロケットを手の中で転がし、そのまままた胸元にしまいこんだ。

「…………」

「? どうしたの、しーくん?」

「いや、ちょっと背伸びして上から見れば何か見えるかと……」

「見えるって、何が?」

「……いや、なんでも」

「ふぇ?」

 どこまで無警戒なのだろうかこの従姉はと嘆息しつつ、見えた光景はばっちりと記憶に刷り込む。問題はこの無警戒が自分の前だけのものなのか、それとも相手を選ばないのか。

「あ、しーくん。昼休み終わっちゃうよ?」

「え? ……あ、俺まだ昼飯食ってない……」

 ふと目を向けた時計は昼休み終了十分前を示していた。どうやら覗きの代償として食事の時間を持っていかれてしまったようだった。

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