第6話:納入の、馬車の数
納入の日は、週に二度。火の日と金の日。荷は、朝の六時に裏門から入る。
写しの帳簿でそれだけ確かめて、わたくしは火の日の朝、五時半に起きた。顔を洗う水が、南の冬より冷たかった。北部の朝は、秋のうちから、もう冬の支度をしている。
「お、奥様!? こんな朝から、どちらへ」
廊下で行き合ったミーナさんが、雑巾を取り落としかけた。
「お散歩ですわ。ミーナさん、お付き合いくださる?」
「散歩って、裏門の方は、お庭じゃないですけど……」
「あら。お庭がどこまでかは、歩いて確かめませんと」
朝の空気は冷たかった。芝の上に薄く露が降りて、歩いた跡が、点々と濃い色になる。
裏門の脇に、荷受けの小屋がある。屋根の端が、少し波打っていた。あの修繕もいずれ、家計に一行立てることになるだろう。わたくしは小屋の陰の丸太に腰掛けた。散歩の途中で休んでいるだけの妻だ。ミーナさんはわたくしの隣で、あくびを三つ噛み殺した。
六時の鐘と、ほとんど同時に、荷馬車が入ってきた。
一台。
二台。
それきりだった。
門の軋む音。馬の鼻息。樽が荷台を滑る、重い音。荷下ろしの男たちが、樽と木箱を運び込む。掛け声は低くて、慣れていた。
下男頭が納品書を受け取って、ろくに数えずに印を捺す。数えないことを、誰もおかしいと思っていない。たぶんもう何年も、こうなのだ。四半刻で、すべて終わった。
わたくしは散歩の続きをして、部屋に戻り、家政帳を開いた。
帳簿の写し、今月の納入の控え。火の日の納入、馬車三台分。
卵、百二十。蝋燭、七十五。葡萄酒ほか、樽四つ。
今朝、門を通った馬車は、二台。樽は三つ。木箱は、数えで十一。
『十日目。納入、紙の上は三台。門は二台』
差の一台は、紙の上にしか走っていない。毎週、火の日と金の日に、存在しない馬車が一台ずつ、この家の帳簿の中を走り続けている。
御者のいない馬車に、お金だけが積まれて。車輪の音もなく、埃も立てず、毎週きちんと刻限どおりに。几帳面な幽霊だこと。
二度目の確認は、金の日にした。同じ場所で同じように数えた。二台。樽三つ。木箱十二。
紙の上は、やはり三台だった。
これで、偶然ではない。一度なら、手違い。二度同じなら、仕組みだ。仕組みには、作った人と、回している人がいる。
わたくしは数えた品目と刻限を、丁寧に書き付けた。誰にも言わない。咎めない。まだ誰の名前も書かない。名前のない帳面は、ただの数の控えだ。誰かに見られても、痛くない。
お祖母様の家政帳、四十一頁目。
『見つけた鼠を、すぐに追ってはなりません。巣の場所を先にお調べなさい』
鼠は、まだ追わない。ただ、数だけ数えておく。数は、いつか名前を呼ぶための糸になるから。
その帰り道のことだった。
裏庭から本館へ戻る小径で、ふと視線を感じて、顔を上げた。
二階の東の角。執務室の窓に、人影があった。
旦那様だった。
この距離では、お顔まではわからない。けれど窓辺に立って、まっすぐにこちらを——裏門の方をご覧になっていた。
いつから、いらしたのだろう。わたくしが丸太に座って荷馬車を数えていた間も、ずっと? あの方の朝は、何時に始まっているのだろう。執務室の灯りは昨夜、わたくしが眠るときにも、まだ点いていた。
わたくしは立ち止まって、二階に向かってお辞儀をした。散歩の途中で、家の主に朝のご挨拶をしただけだ。
人影は一拍、動かなかった。それから、すっと窓の奥へ消えた。
——お咎めは、なかった。
不干渉の契約に、お互い忠実なだけかもしれない。けれど、お咎めがないということは、続けてよいということでもある。
わたくしはそれを、許可として受け取ることにした。都合のよいものは、都合よく受け取る主義なのだ。帳簿の外のことくらいは、それで、よろしいでしょう。
紙の上の馬車は、けっして遅れません。雨でも雪でも刻限どおりに参りますので、几帳面な家ほど、見分けがつきにくうございます。
次話「旦那様の、執務室」。窓の内側から、お声がかかります。三年、干渉しないお約束のはずでございましたけれど。
几帳面な幽霊、という一行に、にやりとなさった方。ブックマークと評価が、奥様の次の一行になります。




