納入の、馬車の数
納入の日は、週に二度。火の日と、金の日。
荷は、朝の六時に、裏門から入る。
写しの帳簿で、それだけ確かめて、わたくしは、火の日の朝、五時半に起きた。
顔を洗う水が、南の冬より、冷たかった。北部の朝は、秋のうちから、もう冬の支度をしている。
「お、奥様!? こんな朝から、どちらへ」
廊下で行き合ったミーナさんが、雑巾を取り落としかけた。
「お散歩ですわ。ミーナさん、お付き合いくださる?」
「散歩って、裏門の方は、お庭じゃないですけど……」
「あら。お庭がどこまでかは、歩いて確かめませんと」
朝の空気は、冷たかった。
芝の上に、薄く露が降りて、歩いた跡が、点々と濃い色になる。
裏門の脇に、荷受けの小屋がある。屋根の端が、少し、波打っていた。あの修繕も、いずれ、家計に一行立てることになるだろう。
わたくしは、小屋の陰の、丸太に腰掛けた。散歩の途中で、休んでいるだけの妻だ。
ミーナさんは、わたくしの隣で、あくびを三つ、噛み殺した。
六時の鐘と、ほとんど同時に、荷馬車が入ってきた。
一台。
二台。
それきりだった。
門の軋む音。馬の鼻息。樽が荷台を滑る、重い音。
荷下ろしの男たちが、樽と木箱を運び込む。掛け声は、低くて、慣れていた。
下男頭が、納品書を受け取って、ろくに数えずに、印を捺す。
数えないことを、誰も、おかしいと思っていない。たぶん、もう何年も、こうなのだ。
四半刻で、すべて終わった。
わたくしは、散歩の続きをして、部屋に戻り、家政帳を開いた。
帳簿の写し、今月の納入の控え。
火の日の納入、馬車三台分。
卵、百二十。蝋燭、七十五。葡萄酒ほか、樽四つ。
今朝、門を通った馬車は、二台。
樽は、三つ。木箱は、数えで、十一。
『十日目。納入、紙の上は三台。門は二台』
差の一台は、紙の上にしか、走っていない。
毎週、火の日と金の日に、存在しない馬車が一台ずつ、この家の帳簿の中を、走り続けている。
御者のいない馬車に、お金だけが、積まれて。
車輪の音もなく、埃も立てず、毎週きちんと、刻限どおりに。
几帳面な幽霊だこと。
二度目の確認は、金の日にした。
同じ場所で、同じように、数えた。
二台。樽三つ。木箱十二。
紙の上は、やはり、三台だった。
これで、偶然ではない。
一度なら、手違い。二度同じなら、仕組みだ。仕組みには、作った人と、回している人がいる。
わたくしは、数えた品目と刻限を、丁寧に、書き付けた。
誰にも言わない。咎めない。まだ、誰の名前も、書かない。
名前のない帳面は、ただの数の控えだ。誰かに見られても、痛くない。
お祖母様の家政帳、四十一頁目。
『見つけた鼠を、すぐに追ってはなりません。巣の場所を、先にお調べなさい』
鼠は、まだ、追わない。
ただ、数だけ、数えておく。
数は、いつか名前を呼ぶための、糸になるから。
その帰り道のことだった。
裏庭から本館へ戻る小径で、ふと、視線を感じて、顔を上げた。
二階の、東の角。
執務室の窓に、人影があった。
旦那様だった。
この距離では、お顔までは、わからない。
けれど、窓辺に立って、まっすぐに、こちらを——裏門の方を、ご覧になっていた。
いつから、いらしたのだろう。
わたくしが丸太に座って、荷馬車を数えていた間も、ずっと?
あの方の朝は、何時に始まっているのだろう。執務室の灯りは、昨夜、わたくしが眠るときにも、まだ点いていた。
わたくしは、立ち止まって、二階に向かって、お辞儀をした。
散歩の途中で、家の主に、朝のご挨拶をしただけだ。
人影は、一拍、動かなかった。
それから、すっと、窓の奥へ消えた。
——お咎めは、なかった。
不干渉の契約に、お互い、忠実なだけかもしれない。
けれど、お咎めがないということは、続けてよい、ということでもある。
わたくしは、それを、許可として受け取ることにした。
都合のよいものは、都合よく、受け取る主義なのだ。
帳簿の外のことくらいは、それで、よろしいでしょう。
お読みいただき、ありがとうございます。
紙の上だけを走る馬車が、見つかったようです。
次話「旦那様の、執務室」——窓の内側から、お声がかかります。
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