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三年で離縁の契約ですが、まずこの家の帳簿を直させていただきます 〜お飾り妻の、静かな家政立て直し〜  作者: 銀月ソフィ


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第5話:義妹様の、お茶

 コルネリア様は旦那様の妹君で、御歳十六。嫁いで七日、お食事の席にもいらしたことがない。お加減が優れないということになっていた。


 婚礼の式には、いらしていた。聖堂のいちばん後ろの席で、いちばん綺麗なお辞儀をして、いちばん早くお帰りになった。


 その方から、お茶のお招きが届いたのは、八日目の昼だった。


「南の小間にて、お待ち申し上げます」


 手跡は、習いたての礼式どおり。便箋は上等。折り目だけが、わずかに曲がっていた。急いで畳んだ折り目だ。


 ミーナさんが招待状を届けながら、小声で言った。


「奥様……あの、コルネリア様って、その」


「ええ。お加減の優れない方が、お茶会をなさるのですもの。きっと、よほど大切なご用ですわ」


「……お気をつけて」


 お気をつけて、と送り出されるお茶会も、珍しい。



 南の小間に入ると、コルネリア様は窓を背に座っていらした。


 窓を背にするのは、相手に自分の顔を読ませず、こちらの顔だけを日に晒す席の取り方だ。十六歳でそこまで考えてお座りになったのなら、たいしたものだと思う。たぶん考えてはいらっしゃらない。勘のよい方なのだ。


 亜麻色の巻き毛に勝気な目元。旦那様と眉の形が、よく似ていらした。


「ようこそ。義姉様」


「お招きにあずかりまして」


 勧められた席は、日の差さない下座だった。暖炉から、いちばん遠い椅子。卓の上の菓子皿は、わたくしの前にだけ、なかった。


 ひとつ、ひとつ、教科書のとおりの意地悪だった。誰かに習ったのではなく、物語の本で読んだ意地悪を一生懸命に並べた、という風情の。


 わたくしは礼を述べて、座った。


 お茶が注がれる。器を持ち上げると、湯気が立たなかった。ぬるい。淹れてから四半刻は置いたお茶だ。


 コルネリア様が、こちらをじっと見ている。怒るか。咎めるか。黙って飲むか。どれを選んでも、笑うつもりの目だった。その目の奥に、笑う準備とは別のこわばりが、一筋だけ見えた。


 わたくしは一口、いただいた。


「……よい茶葉ですこと。東方の、二番摘みでいらっしゃる?」


「っ……さあ。知らないわ」


「ぬるめのお湯ですと、渋みが出ずに、甘みだけが残りますの。よいお淹れ方ですわ。——ただ、この茶葉でしたら、もう少しだけ熱いお湯で、香りも立たせてあげとうございますわね」


 わたくしは、卓の上の湯沸かしに目をやった。


「二煎目は、わたくしが、お淹れしても?」


 コルネリア様の答えを三つ数えるだけ待って、わたくしは立った。


 湯を足し、葉を量り、砂時計の代わりに胸の内で六十を数える。器は先に湯で温めておく。注ぎは高くから細く、最後は低くゆっくり。お祖母様に千回はやらされた手順だ。


 千回目のあとで、お祖母様は一度だけ仰った。『お茶の支度は、相手への手紙でございます。ぬるい茶は、ぬるい文面』——だから、わたくしのお返事は、熱いうちに。


 注いだ茶から、湯気と一緒に香りが立った。小間の空気が、ひとつ、やわらかくなった。


 コルネリア様は器を見て、わたくしを見て、それから、つん、と顎を上げた。


「……いただかないわ。お腹の調子が、悪いの」


「まあ。それはいけませんわ。お大事になさって」


「————」


 飲まないと仰った方の手が、器の取っ手に触れたまま離れないのを、わたくしは見ないでおいて差し上げた。湯気は正直だ。よい香りは、意地より少しだけ強い。



 帰り際、扉のところでコルネリア様が言った。


「義姉様」


「はい」


「兄様に、期待しないで」


 振り向くと、十六歳の目がまっすぐにこちらを睨んでいた。


「あの人は、誰にも期待しないの。誰のことも、好きにならないわ。あなたが何年いたって、同じ。だから——期待して、それで傷ついたみたいな顔だけは、しないでよね」


 ……まあ。


 それは、嫌がらせの言葉の形をした、別の何かだった。傷つくなという言葉は、傷ついた人の口からしか、出てこない。この方はどこかで一度、誰かが傷つくところを、間近で見ていらっしゃる。


「ご忠告、痛み入ります」


 わたくしは丁寧にお辞儀をした。


「ですがご安心くださいませ。わたくし、期待されないことにも、期待しないことにも、慣れておりますの。——お茶は、またお淹れしますわね。お腹の調子の、よい日に」


「……っ、もう行って!」


 扉が閉まる寸前、小間の中から、小さく茶器の鳴る音がした。お腹の調子は、扉が閉まれば、よくなるものらしい。



 部屋に戻って、家政帳に書く。


『八日目。義妹様。茶はぬるく、忠告はあたたかい』


 書いてから少し考えて、一行目はそのままにしておいた。帳簿は、正直に付けるものだから。

 ぬるいお茶は、たいてい、お出しになる方の準備の音でございます。器を温める間だけ、人は言いたいことを、もう一度だけ考え直せますので。


 次話「納入の、馬車の数」。奥様が朝の五時半に起きて、裏門へまいります。散歩でございます。数えるための散歩でございますけれど。


 取っ手から手を離せなかった義妹様に、ふふ、となさった方。ブックマークと評価が、二煎目のお湯になります。

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