義妹様の、お茶
コルネリア様は、旦那様の妹君で、御歳十六。
嫁いで七日、お食事の席にも、いらしたことがない。
お加減が優れない、ということになっていた。
婚礼の式には、いらしていた。聖堂のいちばん後ろの席で、いちばん綺麗なお辞儀をして、いちばん早く、お帰りになった。
その方から、お茶のお招きが届いたのは、八日目の昼だった。
「南の小間にて、お待ち申し上げます」
手跡は、習いたての礼式どおり。便箋は、上等。
折り目だけが、わずかに、曲がっていた。急いで畳んだ折り目だ。
ミーナさんが、招待状を届けながら、小声で言った。
「奥様……あの、コルネリア様って、その」
「ええ。お加減の優れない方が、お茶会をなさるのですもの。きっと、よほど大切なご用ですわ」
「……お気をつけて」
お気をつけて、と送り出されるお茶会も、珍しい。
南の小間に入ると、コルネリア様は、窓を背に、座っていらした。
窓を背にするのは、相手に自分の顔を読ませず、こちらの顔だけを日に晒す席の取り方だ。
十六歳で、そこまで考えてお座りになったのなら、たいしたものだと思う。
たぶん、考えてはいらっしゃらない。勘のよい方なのだ。
亜麻色の巻き毛に、勝気な目元。
旦那様と、眉の形が、よく似ていらした。
「ようこそ。義姉様」
「お招きにあずかりまして」
勧められた席は、日の差さない、下座だった。
暖炉から、いちばん遠い椅子。
卓の上の菓子皿は、わたくしの前にだけ、なかった。
ひとつ、ひとつ、教科書のとおりの意地悪だった。誰かに習ったのではなく、物語の本で読んだ意地悪を、一生懸命に並べた、という風情の。
わたくしは、礼を述べて、座った。
お茶が、注がれる。
器を持ち上げると、湯気が、立たなかった。
ぬるい。淹れてから、四半刻は置いたお茶だ。
コルネリア様が、こちらを、じっと見ている。
怒るか。咎めるか。黙って飲むか。
どれを選んでも、笑うつもりの目だった。
その目の奥に、笑う準備とは別の、こわばりが、一筋だけ見えた。
わたくしは、一口、いただいた。
「……よい茶葉ですこと。東方の、二番摘みでいらっしゃる?」
「っ……さあ。知らないわ」
「ぬるめのお湯ですと、渋みが出ずに、甘みだけが残りますの。よいお淹れ方ですわ。——ただ、この茶葉でしたら、もう少しだけ熱いお湯で、香りも立たせてあげとうございますわね」
わたくしは、卓の上の、湯沸かしに目をやった。
「二煎目は、わたくしが、お淹れしても?」
コルネリア様の答えを、三つ数えるだけ待って、わたくしは、立った。
湯を足し、葉を量り、砂時計の代わりに、胸の内で、六十を数える。
器は、先に湯で温めておく。注ぎは、高くから細く、最後は低くゆっくり。
お祖母様に、千回はやらされた手順だ。
千回目のあとで、お祖母様は一度だけ、仰った。『お茶の支度は、相手への手紙でございます。ぬるい茶は、ぬるい文面』——だから、わたくしのお返事は、熱いうちに。
注いだ茶から、湯気と一緒に、香りが立った。
小間の空気が、ひとつ、やわらかくなった。
コルネリア様は、器を見て、わたくしを見て、それから、つん、と顎を上げた。
「……いただかないわ。お腹の調子が、悪いの」
「まあ。それはいけませんわ。お大事になさって」
「————」
飲まない、と仰った方の手が、器の取っ手に、触れたまま離れないのを、わたくしは、見ないでおいて差し上げた。
湯気は、正直だ。よい香りは、意地より、少しだけ強い。
帰り際、扉のところで、コルネリア様が、言った。
「義姉様」
「はい」
「兄様に、期待しないで」
振り向くと、十六歳の目が、まっすぐに、こちらを睨んでいた。
「あの人は、誰にも期待しないの。誰のことも、好きにならないわ。あなたが何年いたって、同じ。だから——期待して、それで傷ついたみたいな顔だけは、しないでよね」
……まあ。
それは、嫌がらせの言葉の形をした、別の何かだった。
傷つくな、という言葉は、傷ついた人の口からしか、出てこない。
この方は、どこかで一度、誰かが傷つくところを、間近で見ていらっしゃる。
「ご忠告、痛み入ります」
わたくしは、丁寧に、お辞儀をした。
「ですがご安心くださいませ。わたくし、期待されないことにも、期待しないことにも、慣れておりますの。——お茶は、また、お淹れしますわね。お腹の調子の、よい日に」
「……っ、もう、行って!」
扉が閉まる寸前、小間の中から、小さく、茶器の鳴る音がした。
お腹の調子は、扉が閉まれば、よくなるものらしい。
部屋に戻って、家政帳に、書く。
『八日目。義妹様。茶はぬるく、忠告はあたたかい』
書いてから、少し考えて、一行目は、そのままにしておいた。
帳簿は、正直に付けるものだから。
お読みいただき、ありがとうございます。
義妹様、お腹の調子の悪い日のお茶の取っ手は、離さない方でございます。
次話「納入の、馬車の数」——朝の裏門に、奥様が立ちます。
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