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三年で離縁の契約ですが、まずこの家の帳簿を直させていただきます 〜お飾り妻の、静かな家政立て直し〜  作者: 銀月ソフィ


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第54話:石の、目方

 わたくしは石のことを知らない。


 持ち帰った赤い粒を紙に包んで机に置いてから、二日、それを眺めていた。鉄なのか、銅なのか、それとも、ただの赤い土なのか。わからないものは、急いで判断しない。祖母の家政帳の二頁目にそう書いてある。判断を急ぐと人は、自分の思いつきに都合のよい数字だけを、集めるようになる。


 だから、わたくしはこの粒が何であるかを、脇へ置いた。脇へ置いても、わかることが、あった。



 一つ。荷の、重さである。


 コルネリア様の帳面に、轍の深さが、書いてあった。「雪の下まで。指、三本」と。


 屋敷の裏庭を荷馬車で荒らす許しを頂きに執務室へ参ろうとしたら、その荷馬車が、もう裏庭に回してあった。門で伺うと、ヴィムさんは控えから目を上げずに「昨夜のうちに、お指図がございましたそうで」とだけおっしゃった。どなたの、とは伺わなかった。


 その裏庭でわたくしは薪を積んだ荷馬車に同じ道を走ってもらった。轍は、指、一本だった。薪を倍に積み直して、指、二本。三本は、積めなかった。車軸が、鳴いた。


「……つまり」


 コルネリア様が、鉛筆の尻を噛んでおられた。


「薪の、三倍より重いってこと」


「はい」


「炭って、薪より軽いのよね」


「軽うございます。焼くと水気が、抜けますので」


 コルネリア様は、しばらく黙っておられた。それから、鉛筆でご自分の帳面に線を一本、引かれた。



 二つ。回数である。


 ヴィムさんの門の控え。この方は、五十年、門を出入りするものを、日付とともに書き留めておられる。誰に命じられたわけでもなく。「門番の役目でございますので」と、それだけの理由で。


 この二冬。北の道へ出た荷馬車の数を、わたくしは数えた。去年の冬が、四十六回。一昨年の冬が、二十九回。


 その前の冬は、三回だった。



 三つ。手間賃である。


 人足、二十人。冬の初めから、雪解けまで。四月あまり。その手間賃は、森の帳面に正しく、書かれている。証文も、判も、揃っている。


 わたくしはその額を屋敷の月々の食費と並べてみた。人足の手間賃の方が、多かった。この屋敷は、十五人が、毎日、食べている。厨房が、朝から晩まで動いている。その食費より炭も焼かず、木も切らぬ二十人の手間賃の方が、多い。



 わたくしはそこまでを一枚の紙に書いた。書き終えて、その紙を机の上でまっすぐに直した。


 人は、値のないものに、これだけの銭を払わない。


 石の名を知る必要は、なかった。運ぶ手間の方から、その石の値を量ればよい。指三本の轍を四十六回。二十人分の冬の手間賃。それだけの費えをかけて運び出す者は、その荷に、それ以上の値を、つけている。


 ——石が、何であるかは、知らない。けれど、この家の森から、値のあるものが、出ている。



 わたくしは次に森の帳面をもう一度、開いた。収入の欄を見た。


 材木、年に二度。

 炭、近在へ。


 それだけだった。四十六回の荷馬車について、この帳面には、一行も、ない。


 わたくしはその空白を長く、見ていた。


 帳簿の嘘には、書き足す嘘と書かない嘘がある。書き足した嘘は、必ずどこかで他の数字と合わなくなる。だから、これまでわたくしは勝ってこられた。


 書かない嘘は、他の数字とけっして、合わなくならない。この森の帳面は、四月かけて読んだこの家のどの帳面より、きれいだった。



 わたくしはクラムさんに森方の控えを求めた。


「森方の控え、でございますか」


「材木と炭の運び出しの控えでございます。門の控えと、突き合わせとうございます」


「ございますが……古いものは、綴じが、傷んでおります」


「写しで、結構です」


 クラムさんのまばたきが、一つ、遅れた。半日の後、綴じが、届いた。



 薄い、綴じだった。紐が、新しかった。紙も、新しい。この二冬の分だけが、綴じられている。運び出しの日と、車の数と、行き先。行き先の欄は、すべて「町」と、書いてあった。町のどこかは、書いていない。


 わたくしはその綴じを最初の頁から、めくった。新しい紙が、続いた。最後までめくって、閉じようとしたときだった。


 いちばん初めの頁の、いちばん初めの行が。


 字が、違った。


 わたくしは紙を灯りに透かした。その一行だけが、他の紙よりわずかに褪せていた。新しい綴じに古い頁から、写されたものだった。写した者は、その一行を消したくなかったのか、消してはならなかったのか。


 消されなかった一行は、こうだった。


『北の森、入会ならびに山方の権、書き換えの件。——二十年前、冬』

 帳簿の嘘には、二種類ございます。書き足す嘘と、書かない嘘。書き足した嘘は、いつか必ず他の数字と合わなくなりますが、書かない嘘は、けっして合わなくなりません。この森の帳面がいちばんきれいだったのは、そのためでございます。


 石の名を存じなくても、運ぶ手間の方から値は量れます。指三本の轍を四十六回、二十人分の冬の手間賃。


 次回、第55話「二十年前の、入会権」。二十年前の冬に、この森の権が、一度、動いております。


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