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三年で離縁の契約ですが、まずこの家の帳簿を直させていただきます 〜お飾り妻の、静かな家政立て直し〜  作者: 銀月ソフィ


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第52話:冬の、人足

「北の森の帳面をいただけますか」


 わたくしがそう申し上げると、クラムさんは、いつもどおり、頭を下げられた。


「かしこまりました」


 断られなかった。断れなかった、と申し上げるべきかもしれない。この家の帳面の記帳は、三月前から、わたくしの手にある。管財人が「奥様のお手を煩わせるものでは」と申される時代は、終わっていた。


 半刻の後、帳面が、届いた。厚みは、なかった。



「……少のうございますね」


 わたくしは頁をめくった。北の森。ヴェッセル領の北の端。材木と炭。


 材木は、年に二度、切り出す。近隣の村へ売る。額は、屋敷の月々の食費と、大差がなかった。炭は、もう少し、少ない。


「はい。北の森は、実入りの薄い土地でございます」


 クラムさんが、脇から、説明された。


「木が、細うございます。北の斜面で、日が入りませぬので。良い材が、育ちませぬ。炭も、近在で消えます。……先代様の御代から、あの森は、そういう森でございました」


 まことに、そのとおりの数字だった。入るものが少ない。だから、頁も、薄い。



 わたくしは支出の欄へ指を移した。人足の手間賃である。


 春。少ない。

 夏。少ない。

 秋。増える。切り出しと、窯の仕込みがある。

 冬。


 わたくしは指を止めた。


「クラムさん」


「はい」


「冬の欄が、いちばん太うございます」


 クラムさんは、まばたきを、なさらなかった。



「近年、雪が、深うございますので」


「雪」


「道を開けねばなりませぬ。森の道が塞がりますと、春の切り出しに間に合いませぬ。それに、窯を守らねばなりませぬ。雪の重みで、崩れまするので。……この二冬、人手を厚くしております」


「二冬」


「はい。一昨年の冬から、と記憶しております」


 わたくしは頁を前へ戻した。三年前の冬は、人足が少ない。二年前の冬は、増えている。去年の冬は、もっと、増えている。


 増え方は、なだらかだった。ひと息に、跳ねてはいなかった。誰が見ても、「近年、雪が深いのだろう」と、思う増え方だった。わたくしはその、なだらかさをしばらく見ていた。



 コルネリア様が、卓の向かいで、頁を、覗き込んでおられた。この方は、この頃、わたくしが帳面を開くと、自然に隣に来られる。ふん、とおっしゃりながら。


「義姉様。太いって、どのくらい」


「秋と同じくらいでございます」


「……秋って、切り出しの季節でしょう。いちばん人がいるときじゃない」


「はい」


 コルネリア様が、眉を、寄せられた。この方の察しは、日ごとに、速くなっていた。



 その午後、わたくしは門へ下りた。ヴィムさんが、火鉢に手をかざしておられた。


「ヴィムさん。北の森のことを伺ってもよろしいですか」


「森でございますか。手前は、門から出ませぬので、大したことは」


「冬の森には人は、どのくらい入るものでしょう」


 ヴィムさんは、少し、考えられた。


「……減りまする」


「減る」


「冬は、山仕事の休みでございます。雪が来る前に、秋のうちに、切って、窯を仕込んでおきます。冬は窯の火を守る者が、二人か、三人。あとは、村で縄をなっております。……手前が門を預かって、五十年。冬に森へ入る荷馬車が、日に何度も出た年は、ございません」


「日に何度も」


「はい。この二冬は、ようございます」


 わたくしは火鉢の炭を、見た。


「……よい、とは」


「出まする」


 ヴィムさんは、そうおっしゃった。


「この二冬、北の道へ荷がよう、出まする」



 わたくしは屋敷へ戻った。事務室の卓に、蝋燭が一本、増えていた。二本あれば、細い字も、夜まで読める。誰が増やしたのかを、誰も、おっしゃらなかった。蝋燭を数える奥方の卓で、蝋燭が一本、勘定の外にある。


 帳面の数字は、正しかった。人手を厚くすれば、手間賃は、増える。増えた分は、きちんと、書かれている。窯の数も、道の長さも、書かれている。証文も、揃っている。


 合っていた。一つの帳面の中では、どこまでも、合っていた。合っていないのは、帳面と、門番の五十年の間だった。


『百十三日目。北の森の帳面を検める。実入り、少。冬の人足の手間賃、この二冬で増。理由は雪と窯の守り。数字は合う。——ただし、冬の森は、人の減る季節』



 夕刻。わたくしが家政帳を閉じたところへ、ミーナが、洗濯場から、上がってきた。妙にそわそわ、していた。


「奥様。あたし、見ちゃったんですけど」


 わたくしはペンを置いた。この娘のこの一言が、これまで、幾つの頁を、開いてきたか。


「今朝、裏の道を荷馬車が下りてったんです。森の方から。あたし、シーツを干してたんで、上から、よく見えて」


「炭でございましょう」


「そう思ったんです。麻布をかぶせてありましたし。……でも」


 ミーナは、首を傾げた。


「炭にしては、ずいぶん、重そうで」

 山仕事は、冬が休みでございます。雪の来る前に木を切り、窯を仕込んで、あとは村で縄をなう。——冬に人が増える森というのは、それだけで、少し、妙なのでございます。


 帳面の中では、すべて、合っておりました。合っていないのは、帳面と、門番の五十年の記憶との間でございます。


 次回、第53話「炭焼きの、小屋」。雪が深くなる前に、参ります。


 ブックマークと評価が、次の一話の燃料でございます。

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