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三年で離縁の契約ですが、まずこの家の帳簿を直させていただきます 〜お飾り妻の、静かな家政立て直し〜  作者: 銀月ソフィ


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第46話:お茶会の、席次

 突き合わせが、済んだ。


 外の帳面と、内の帳簿。二十年分を、重ね終えた。二十年の間に、この家が余分に返させられた額が、飴色の控えと、わたくしの帳簿の、両側から、確かめられた。片側だけでは、言い張れる。両側が揃えば、もう、動かせない。


 その数を、正式な条件として、決める。そのための、席を、わたくしは、設えた。


 二度目の、茶席だった。



 わたくしは、この家で、二度、「お茶会」というものに、出た。


 一度は、義妹のコルネリア様の、ぬるい茶と、席次の意地悪。もう一度は、ベルトルトの、慇懃な警告。「三年は、お早うございますよ、奥様」と。


 どちらも、戦だった。お茶会という名の、戦。


 お茶会は、席の作り方ひとつで、殺し合いにも、和議にも、なる。誰を、どこに座らせるか。茶を、どの順で、出すか。書面を、卓の、どこに置くか。それだけで、その場の力の向きが、決まる。


 だから、今日の席は、わたくしが、作る。


 卓は、丸い卓を、選んだ。上座も、下座も、ない卓。ヒルシュ様と、旦那様と、わたくし。三人が、同じ高さで、向き合えるように。


 茶は、三つ、同時に、出した。誰かを先にし、誰かを後にしない。


 飴色の控えと、わたくしの帳簿は、卓の、ちょうど真ん中に、重ねて置いた。どちらの側のものでも、ない場所に。


 これは、詰める茶会では、ない。決める茶会だ。勝ち負けを、つける席ではなく、帳尻を、合わせる席。



「よい、席でございますな」


 老人が、丸い卓を、見回して、言った。


「金貸しを、六十年やっておりますと、通される部屋の作りで、その家が、何を考えておるかが、わかりまする。……上座に金貸しを据えて機嫌を取る家は、たいてい、返せぬ家。下座に押し込めて値切る家は、たいてい、返す気のない家。この、丸い卓は」


 老人は、目を、細めた。


「久しぶりに、通されました。『対等に、話しましょう』という卓に」


 わたくしは、真ん中の帳面の束に、手を、置いた。


「ヒルシュ様。二十年の、余分の分。突き合わせは、済みました。この分を、これからの返済から、差し引く。それで、よろしいですか」


「けっこうでございます」


「差し引いたうえで、残りの返済は、月ごとの額を、少し、下げていただきたい。そのぶん、期を、延ばして。……この家は、いま、正直に返せる家に、なりました。無理に速く返す家より、無理なく確かに返す家の方が、貸し手にも、ありがたいはずですわ。痩せた牛からは、もう、搾りませんもの」


 老人は、しばらく、わたくしを、見た。


 それから、笑った。今度は、はっきりと。骨の軋む、けれど、温かい笑いだった。


「……『貸し手にも、ありがたい』と、こう来られましたか。奥様。あなたは、金を借りておる側でありながら、貸し手の帳尻まで、勘定に入れて、話をなさる。そういう相手からは、金貸しは、無茶な取り立てが、できませぬのですよ。困った、お人だ」


 老人は、ふところから、一枚の書面を、出した。あらかじめ、用意してあったらしい。返済条件の、改めの証文だった。


「では、こう、いたしましょう」


 条件が、決まった。


 余分の分を、差し引く。月々の額を、下げる。期を、延ばす。この家が、二十年で初めて、まっとうに、返しきれる形の、返済計画に。


 旦那様が、その証文に、署名を、された。ペンを走らせる手が、少し、震えていた。三年、底のない井戸に、返しても返しても足りなかった人が、初めて、井戸の深さに、底があると、知った手だった。



 署名を終えて、旦那様は、しばらく、証文を、見つめておられた。


 それから、わたくしの方は、見ずに、卓の一点を見たまま、短く、言われた。


「……この席は、あなたが、作ったのか」


「はい」


「丸い卓を、選んだのは」


「上座も下座もない方が、話が、まっすぐ進みますでしょう。数字と、同じですわ。まっすぐな方が、読みやすいのです」


 旦那様は、うなずかれた。それきり、何も、言われなかった。


 けれど、退室のとき。


 部屋を出る間際に、旦那様は、一度だけ、足を、止められた。丸い卓を、振り返って、見られた。


 三月前なら、意味のわからなかった仕草だ。いまは、少し、わかる。


 この人は、いま、覚えているのだ。この席を。妻が、戦の道具だった「お茶会」を、和議の卓に、作り替えた、この日を。


 どの帳面に付ければいいのか、わたくしには、まだ、わからない顔で。



 旦那様が、去り、部屋に、老人と、二人になった。


 老人は、茶を、飲み干した。それから、辞去の支度に、飴色の控えを、鞄へ、しまい始めた。


 しまいかけて、手を、止めた。


「奥様。お帰りの前に、これだけは、お目に、かけておきましょう」


 老人は、飴色の帳面を、もう一度、開いた。


 いちばん、古い、頁を。二十年より、ずっと前の、擦り切れた頁を。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 戦のお茶会を、和議の卓に、作り替えました。第一部の「お茶会」を、覚えておいでの方に、届きますように。


 次話「古い、貸付台帳」——いちばん古い頁に、見覚えのある名が。


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