第45話:七日の、木箱
その報せを、持ってきたのは、コルネリア様だった。
義妹は、この三月で、ずいぶん、変わった。ぬるい茶で嫌がらせをしていた頃の面影は、もう、ない。いまは、わたくしの帳簿仕事を、横から、盗み見る。「弟子」とは、口が裂けても言わないけれど。
その義妹が、めずらしく、硬い顔で、奥の間へ、来た。
「義姉様。おかしなことが、あるのだけれど」
「なにかしら」
「東の別邸へ行く、木箱のこと。あれ、止まったはずよね。義姉様が、三月前に、凍らせたって」
東の別邸への、木箱。
月の、七日に、運ばれていた。幽霊使用人の「別邸詰め」という名目で、給金分の金と、物が、そこへ、送られていた。三月前、わたくしは、その金を、凍結した。別邸維持費の精査中、という名目で。
止めた、はずだった。
「止めましたわ。この三月、七日の木箱は、動いていないはずですけれど」
「それが、動いてるのよ」
コルネリア様は、声を、潜めた。
「先日の、七日。私、たまたま、早くに、裏庭にいたの。そうしたら、荷馬車が、来ていたのよ。木箱を、二つ。……でも、東の別邸の方には、行かなかった。町の方へ、出て行ったの。ベンケ商店の、ある方へ」
「ミーナ」
わたくしは、控えていたミーナを、呼んだ。
「あたし、それ、見ちゃったんですけど」
ミーナが、待ってましたとばかりに、前へ、出た。
「木箱、東の別邸じゃなくて、町のベンケ商店に、いったん預けられてました。あたし、お使いのついでに、覗いたんです。そうしたら、ベンケの旦那さん、困った顔で。『あれは、うちの品じゃない。預かってるだけだ。七日ごとに、王都行きの馬車が、引き取りに来る』って」
七日ごとに、屋敷から、木箱が出る。東の別邸へ、と見せかけて、町のベンケ商店へ。そこで、預けられ、王都行きの馬車が、引き取っていく。
凍らせた流れは、止まっていなかった。
道を、変えていた。屋敷から別邸への、まっすぐな道を止められたので、屋敷から町を経て王都へ、という、遠回りの道に、付け替えていた。
水は、堰き止めても、地面が低い方へ、また、しみ出す。
「奥様」
声が、した。
入り口に、ベルトルトが、立っていた。
いつから、そこにいたのか、わからなかった。この人は、いつも、気づいたときには、そこにいる。
「お客人の御逗留、まことに、めでたきことでございます。ヒルシュ様は、王都でも、名の知れた御方。こうして、御縁が、深まりますことは、御家のためにも」
完璧な、お辞儀だった。寸分の、狂いもない。
「クラムさん。ちょうど、よろしかったわ。伺いたいことが、ございますの。東の別邸への、木箱のこと」
ベルトルトの、まばたきが、止まった。
ほんの、一瞬。けれど、わたくしは、見た。この人が、動揺したときに、まばたきが、減ることを。もう、知っている。
「木箱、でございますか」
「七日の木箱ですわ。三月前に、凍結いたしましたでしょう。それが、まだ、動いておりますの。東の別邸ではなく、町のベンケ商店を経て、王都へ。……ご存知かしら」
「はて」
ベルトルトは、微笑んだ。
「別邸の維持は、もはや、わたくしめの管轄では、ございませんので。記帳の権は、三月前に、奥様に、お移しいたしました。ご存知ないことがおありなら、それは、奥様のお帳簿の、抜けかと」
慇懃に、切り返してきた。記帳権を渡したのは、そちらだろう。ならば、抜けは、そちらの帳簿だ、と。
この人は、こういう詰め方を、する。自分の手を、一度、綺麗に見せてから、その綺麗な手で、こちらの首を、絞めにくる。
わたくしは、微笑み返した。
「さようですわね。わたくしの帳簿の、抜けですわ。……ですから、いま、埋めておりますの。抜けは、埋めるためにございましょう」
ベルトルトの目が、わたくしを、見た。目だけが、笑っていない。三月前の、あの日と、同じ目だった。
その夜、わたくしは、ベンケ商店から、木箱の送り状の、写しを、手に入れた。
ミーナが、ベンケの旦那さんに、頼み込んで、取ってくれた。
送り状には、宛名札が、貼ってあった。王都の、引き取り先の名。
わたくしは、その字を、見た。
見て、息を、詰めた。
その字を、わたくしは、この三日、飽きるほど、見ていた。ヒルシュ様の飴色の控えの、返済の戻し先の欄。屋敷から王都へ送られた封筒の宛名。——ドルンの、湖へ注ぐ、あの字だった。
同じ、筆跡。
七日の木箱の宛名を書いた手と、二十年、この家の金をドルンへ流し続けた手は、同じ、一つの手だった。
お読みいただき、ありがとうございます。
凍らせた水は、道を変えて、また、しみ出しておりました。
次話「お茶会の、席次」——二度目の茶席で、返済の条件を、決めます。
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