第25話:第三の、口座
第三章、はじまりでございます。
止めたお金には、来た道があるはずでございます。
お金を止めると、次の問いが生まれる。
止める前、このお金はどこへ行っていたのか、という問いだ。
わたくしは三冊の写しを机に並べて、三月目の最初の仕事に、取りかかった。
窓の外は、初冬の手前の、硬い晴れだった。
北部の冬は、墨を磨るように、少しずつ濃くなる。仕事のはかどる季節が、来たということだ。
手がかりは、支払いの形だった。
ベンケ商店への支払い。給金。修繕の手間賃。
屋敷の支払いは、ほとんどが、現金か、町の金庫商を通した手形で済まされている。
町の中で生まれて、町の中で終わる、行儀のよいお金たちだ。
その中に、月に数度だけ、毛色の違う行が、混ざる。
『ドルン両替商 経由 手数料共』
ドルン両替商。
町の店ではない。王都の、それも、あまり大きくない両替商だ。
北部の伯爵家の家政が、王都の小さな両替商を、なぜ、月に数度も通すのか。
大きな両替商なら、まだ、わかる。利が良いとか、家同士の付き合いとか、理由の付けようがある。
小さな店には、小さな店の取り柄しかない。
——人目に、つかないという取り柄だ。
両替商を通すと、お金は、一度、姿を変える。
手形が現金に、現金が為替に。
姿を変えたお金は、追いにくくなる。
川の水が、一度、湖に入ると、どの流れの水だったか、わからなくなるように。
わたくしは、ドルン経由の行だけを、紙に抜き書きした。
三年分の写しで、百十二行。
一行ずつ、日付と宛先と額を、写していく。
単調な仕事だ。単調な仕事の途中で、手を止めないこと。手を止めると、目が「探したいもの」だけを探し始める。帳簿読みの目は、空っぽにしておくのがいい。
百十二行を写し終えて、初めて、眺めた。
宛先は、ばらばらだった。職人、商店、運び屋。
ただ、金額を月ごとに足すと——毎月、ほとんど同じ高さに、揃った。
ばらばらの宛先。揃った月額。
ばらばらは、装える。けれど、合計は、装えない。
受け取る側に、毎月決まった入用があるとき、合計だけが、正直に揃ってしまう。
それは、つまり、宛先が、飾りだということだ。
湖の出口は、たぶん、一つしかない。
「ドルン、ドルン……あ! 奥様、あたし、聞いたことあります」
お茶を運んできたミーナさんが、抜き書きを覗き込んで、声を上げた。
「はしたないですけど、聞いちゃった話で。ロルフ商会の、配達の人が言ってたんです。『うちの旦那は、支払いはぜんぶ王都のドルンさんとこ通すんだ、変わってるだろ』って」
「……ロルフ商会」
「葡萄酒の樽、運んでくるとこです。蝋燭も。ほら、火の日と金の日の」
わたくしは、抜き書きの紙を、見直した。
ロルフ商会。
納入の控えの中で、ベンケ商店と並んで大きい、もう一軒。
葡萄酒、月に樽二つ。蝋燭、月に三百。
——燭台が半分しかない玄関の家の、蝋燭が、月に三百。
第一夜に数えた、あの燭台の違和感に、ようやく、道がついた。
蝋燭は、ベンケさんの卵と、同じ形の嘘だ。
そして、その支払いは、ドルンを通って、姿を変えて、どこかの湖口へ流れていく。
屋敷の帳簿と、商会の懐が、同じ湖を使っている。
屋敷の中の手口と、屋敷の外の口座が、初めて、一本の線で、結ばれた。
「ミーナさん。いまのお話、とても、大切なお話でしたわ」
「えっ。えへへ……あたし、また、何か言いました?」
「ええ。——ご褒美に、今度、王都の焼き菓子を、取り寄せましょうね」
「やったあ! ……あれ? でも奥様、何のご褒美です?」
ご本人が、いちばん、わかっていらっしゃらない。
よく喋り、よく見て、覚えていて、出しどころを知らない。
ミーナさんのような方は、帳面で言えば、まだ綴じられていない控えの束だ。綴じる手があれば、どんな台帳より、強い。
『六十二日目。ドルン経由百十二行。月額、揃う。ロルフ商会も、ドルンを使う』
書き付けて、わたくしは、ペンの尻で、こめかみを、軽く叩いた。
次は、ロルフ商会の番だ。
卵の次は、樽。
一枚目の書面の次は、二枚目の書面。
ただし、ベンケのご主人と、ロルフ商会のご主人は、たぶん、違う。
ベンケさんは、流されただけの、気の弱い人だった。
月の支払いを全部、王都の両替商に通すような方は——流された側ではなく、流している側に、近い。
二枚目は、一枚目より、硬い紙が要りそうだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
燭台の謎に、ようやく道がつきました。
次話「葡萄酒の、樽」——今度の樽は、叩くと、空の音がするそうです。
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