管財人の、お茶会
ベルトルトさんから、お茶のお招きが届いた。
『日頃の奥様のご精励に、ささやかながら、お礼を申し上げたく』
文面は、丁寧の見本のようだった。
封蝋は、あの、朱に茶の混じる色。
管財人が、奥方を、茶に招く。
順序が、おかしい。本来なら、招くのは、こちらの側だ。
順序のおかしいお招きは、お茶ではない、何かの席だ。
わたくしは、喜んで、伺うことにした。
敵陣のお茶会ほど、学べる席はない。それも、お祖母様の教えのうちだ。
事務室の続きの間に、お茶の支度が、整っていた。
よい茶器だった。よい茶葉だった。
お湯の温度も、蒸らしの加減も、申し分なかった。
卓布は糊が利いて、茶菓子は、町のものではない、王都の焼き菓子。
この方は、お茶を、人を計る道具にできる程度には、嗜んでいらっしゃる。
そして、今日の席に、王都の菓子を出す程度には、わたくしを、値踏みしていらっしゃる。
「むさくるしい部屋で、恐れ入ります」
「いいえ。整ったお部屋ですこと。……紙の山の、揃え方ひとつ取っても」
「恐縮にございます。——奥様も、紙のお仕事が、お好きでいらっしゃる」
「ええ、とても」
一杯目は、世間話で終わった。
北部の冬の話。王都の流行りの話。
世間話の間も、あの方のまばたきは、少なかった。世間話とは、互いの呼吸を数える時間のことだ。
二杯目を注ぎながら、ベルトルトさんは、本題に、入られた。
「奥様。わたくしめから、一つ、昔話を、お聞きいただけますかな」
「昔話、結構ですこと」
「二十年前、わたくしがこの家に参りました頃……ヴェッセル家は、それは、栄えておりました。先代様は、気前のよい、お情け深い方で。領内に困った者があれば、米櫃ごと、お出しになるような」
お茶が、注がれる。
注ぎ口から器まで、糸のような湯が、一度も切れなかった。
「ですが、奥様。情けは、家計を痩せさせます。わたくしは、痩せていく蔵を、二十年、見てまいりました。先代様がお隠れになり、借財が表に出て、若様が、あの細いお肩で、全部を負われた。……わたくしは、この家の、痩せていく姿しか、知らぬ者でございます」
「ご苦労、なさいましたのね」
「いえいえ。ですから——」
ベルトルトさんは、器を置いて、わたくしを、見た。
笑顔のまま。まばたきの、少ない目で。
「ですから、奥様が、お帳面の上の、小さな埃をお拾いになるたび、わたくしは、ひやひや、いたします。埃の下には、古い傷がございます。傷の下には、先代様のお情けや、お家の恥が、埋まっております。掘り返して、出てくるのは、お金ではのうて、痛みばかり……」
「————」
「奥様は、三年で、お発ちになる方。痛みは、置いていかれた者が、抱えるのでございますよ。若様と、お嬢様が」
お上手だ、と、素直に思った。
脅していない。咎めてもいない。
嘘も、たぶん、半分しか、ついていない。先代様のお情けの話は、きっと本当だ。本当の話で土台を作って、その上に、言いたいことを一枚だけ載せる。
ただ、わたくしの善意を、痛みの形に、言い換えていらっしゃる。
お前の掃除は、残る者を傷つける、と。
若様とお嬢様の名前を、盾の位置に、置いて。
人の名前を盾にする手は、わたくし、好きではない。
とても、好きではない。
わたくしは、二杯目を、ゆっくり、いただいた。
ゆっくり、は、お返事の支度の時間だ。
「クラムさん。お話のお返しに、わたくしからも、一つ」
「……ほう。何なりと」
「祖母が、家政帳に、こう書き残しておりますの。『埃を拾わぬ家は、埃が積もって、傷が見えなくなります。傷は、見えている間しか、手当てができません』——わたくし、傷を掘り返しに、参ったのではございませんのよ。手当てに、参りましたの」
「…………」
「それに、ご安心くださいませ。わたくし、三年で出ていくかどうか、まだ、決めておりませんの」
ベルトルトさんの笑顔が、初めて、ほんの一瞬、形を、忘れた。
「契約は、三年で離縁「してよい」でございましょう? 「せねばならぬ」では、ございませんわ。……お茶、おいしゅうございました。三杯目は、わたくしが、お注ぎいたしますわね」
わたくしは、ポットを取って、あの方の器に、注いだ。
器を、先に湯で温め直して。
糸のような湯を、一度も切らさずに。
完璧な温度で。
「どうぞ。——お熱いうちに」
いつかの廊下の、お返しだ。
ベルトルトさんは、器を、受けた。
受けて、一口、飲んで、それから、静かに、仰った。
「……三年は、お早うございますよ、奥様」
「あら。何のお話かしら」
「いえ。ただの、年寄りの、独り言で」
お辞儀の角度は、最後まで、完璧だった。
ただ、今日のお辞儀は、初めて、こちらの目を、見ながらだった。
目を見るお辞儀は、礼ではない。
あれは、構えだ。
『四十九日目。お茶会、二杯と一杯。宣戦は、互いに、お作法どおり』
お読みいただき、ありがとうございます。
お茶のお作法で、宣戦の交わされた日でございました。
次話「義妹様の、帳尻」——思いがけない方が、思いがけない帳面をお持ちになります。
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