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三年で離縁の契約ですが、まずこの家の帳簿を直させていただきます 〜お飾り妻の、静かな家政立て直し〜  作者: 銀月ソフィ


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19/23

二枚目の、帳簿

 旦那様のお許しが出てから、わたくしの机の上には、写しが、三種類になった。


 家政帳の写し。

 給金台帳の写し。

 それから、納入の控え。


 給金台帳の写しは、お許しの翌日に、ベルトルトさんの手から届いた。

 添えられた一筆は『旦那様の仰せにより』。

 仰せにより、の五文字に、今月のあの方のご機嫌が、全部入っていた。


 三冊を、並べて、突き合わせる。

 一冊ずつ読んでいたときには、見えなかったものが、並べると、見えてくる。

 帳簿は、一冊では、独唱。三冊揃うと、合唱になる。

 合唱になると——音の外れた者が、わかる。


 一晩目は、何も出なかった。

 二晩目も、出なかった。

 出ないことに、焦りはしない。帳簿読みの仕事の九割は、何も出ない晩でできている。出ない晩を数えた分だけ、出た晩の数字が、確かになる。


 三晩目に、それは、見つかった。


 春の、屋根の修繕費。

 家政帳に『南屋根修繕 職人手間賃』として、一行。


 同じ月の、給金台帳。

 『臨時雇い 屋根職人三名 手間賃』として、一行。


 金額は、違う。

 項目の名前も、違う。

 帳面も、違う。

 けれど、ヴィムさんの門の記録——出入りの控えを見ると、その月に屋敷へ入った屋根職人は、一組だけ。


 一組の仕事が、二冊の帳簿に、別の顔をして、二度、座っている。


 一度目は、修繕費として。

 二度目は、臨時の給金として。

 支払いは、二度。屋根は、一つ。


 わたくしは、ペンを置いて、しばらく、その二行を見ていた。

 綺麗な手口だった。腹が立つほど、綺麗だった。


『四十五日目。屋根、一つ。支払い、二つ』


 これが、手口の骨だ。

 卵の水増しでも、幽霊の給金でもない。

 本当にあった仕事を、二度払う。


 水増しは、現場を数えれば、ばれる。

 幽霊は、顔を探せば、ばれる。

 けれど、二度払いは、ばれない。仕事は、本当に、あったのだから。屋根は、本当に、直ったのだから。職人に聞いても、職人は正しく一度の手間賃を受け取ったと答えるだろう。誰に聞いても、嘘をつく者がいない。

 二冊の帳簿を、同じ机に並べる人間さえ、いなければ。


 二十年間、この家には、いなかったのだ。

 並べる人間が。

 先代様は、帳簿をご覧にならなかった。旦那様は、返済の予定表だけを、渡されてきた。二冊の帳簿は、二十年、同じ手の中にだけ、あった。



 わたくしは、お祖母様の家政帳を、開いた。


 こういう晩に、開きたくなる。

 六十七頁目に、その箴言は、あった。


『同じ買い物を二度書く者は、几帳面なのではございません。二度書く者は、かならず、三冊目を持っております』


 三冊目。


 表の家政帳と、給金台帳は、二度払いの「出口」だ。

 出ていったお金が、どこへ流れて、誰の手元で一つに戻るのか。

 それを書いた帳面が、どこかに、ある。


 泥棒にも、帳簿は要る。

 いいえ——泥棒ほど、帳簿が要るのだ。

 自分が盗んだ総額を知らない泥棒は、使いすぎて、足が付くから。

 二十年、足の付かなかった泥棒は、二十年分、よく付けられた帳簿を持っている。


 几帳面なあの方が、二十年分の流れを、頭だけで覚えているはずがない。

 どこかに、書いてある。

 事務室か。あの方の私室か。それとも——


 わたくしは、ふと、顔を上げた。


 鍵の失くなった、西棟の書斎。

 夜中に、灯りの点く部屋。


 ……まさか、ね。

 盗んだ帳面を、盗んだ家の、当主の書斎に隠す泥棒が、いるかしら。


 いるかもしれない。

 誰も入れない部屋は、屋敷でいちばん、安全な金庫だもの。

 鍵を、自分だけが持っているなら、なおさら。

 それに——主の書斎なら、万一見つかったときに、罪を着る相手まで、部屋が用意してくれる。亡くなった先代様という、言い返さない相手を。


 そこまで考えて、わたくしは、自分の想像の意地の悪さに、少しだけ、感心した。

 帳簿読みは、性格が悪くなる仕事だと、お祖母様も仰っていた。正確には『性根のよい帳簿読みは、半人前でございます』。


『同夜。追記。三冊目、あり。場所、未詳』


 書いてから、わたくしは、ペンを置いて、窓の外を見た。


 西棟は、闇の中だった。

 今夜は、灯りは、ない。


 急がない。

 巣の場所の、見当はついた。

 あとは、鼠が、自分で扉を開けるのを、待てばいい。


 鼠は、月に一度、必ず、動く日がある。


 月の七日。

 木箱の日だ。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 三冊目の帳簿が、どこかにあるようです。


 次話「管財人の、お茶会」——あちらから、お招きが参りました。


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