義妹様の、お稽古
温室の鉢が、届いた。
大ぶりの素焼きが、六つ。
町の窯元の品で、縁が厚く、底の穴が、きちんと大きい。よい鉢は、水の抜け方でわかる。
家計には「温室修繕費」の一行。金額は、わたくしのドレスの、釦三つ分ほど。
これで枯れずに済む財産があるなら、安い買い物だ。
届いた日の午後、温室を覗くと、コルネリア様が、もう、植え替えを始めていらした。
届いてから、たぶん、半刻と待たずに。
「……来たの」
「鉢の据わり具合を、検分に」
「ふん。……そこの子、押さえてて」
気がつくと、わたくしは、袖をまくって、土を押さえていた。
義妹様は、人の使い方が、お上手になられた。
根の詰まった株を、古い鉢から抜く手つきは、わたくしより、ずっと、よかった。八年は、伊達ではない。
「ねえ」
作業の途中で、コルネリア様が、手を止めずに、仰った。
「献立って、どうやって決めるの」
「あら。急なこと」
「い、いいじゃない別に! ……あなたが台所を変えてから、グレーテの機嫌がいいの。ご飯も、その、おいしいし。だから、仕組みだけ、聞いてあげるって言ってるの」
「では、仕組みだけ」
わたくしは、土を押さえたまま、お話しした。
献立は、三つの帳面で決まること。
仕入れの控えと、蔵の在り高と、季節の出盛りと。
高いものを我慢するのではなく、安くておいしい時期のものを並べると、勝手に安くなること。
我慢の献立は、三月で食卓を暗くするけれど、時期の献立は、何年でも続くこと。
「……それ、挿し木と、同じね」
「と、仰いますと」
「無理に咲かせると、株が弱るの。時期に合わせると、勝手に咲くわ」
わたくしは、少しの間、義妹様の横顔を、見てしまった。
この方は、家政の半分を、もう、温室で独学していらっしゃる。
「……それ、お稽古したら、私にもできる?」
「できますとも。コルネリア様は、挿し木のできる方ですもの。生き物の世話の段取りができる方に、献立ができない道理がありませんわ」
「ふ、ふうん。じゃあ……明日から、見てあげる。お稽古って言うか、監督よ、監督」
監督が一人増えた台所は、さぞ、賑やかになるだろう。
翌朝の台所は、思ったより、静かだった。
コルネリア様が、神妙な顔で、グレーテさんの手元を見ている。
グレーテさんが、根菜の皮を、薄く、薄く、剥いていく。
刃と皮の間で、朝の光が、薄く透けた。
「皮の際が、いちばん、味の濃いところでございますからね。厚く剥くのは、お金を剥いて捨てるのと同じで——おや、奥様」
「お邪魔しております。今日の蒸し煮は、何かしら」
「蕪と、人参の蒸し煮でございますよ」
蕪と、人参。
根菜の、蒸し煮。
わたくしの頭の中で、古い献立表の一行が、頁のしおりごと、めくれた。
わたくしは、ふと、思い出したふうを装って、伺ってみた。
「グレーテさん。根菜の蒸し煮は、この家の、昔からのお料理?」
「ええ、ええ。先代の奥様の、お好きだった……」
グレーテさんの手が、止まった。
「……いえ。先代の奥様では、ございません。もっと前の。レナート様の、お祖母様にあたる奥様の、お好物で」
「その頃から、グレーテさんは、台所に?」
「下働きで、入ったばかりの小娘で。……あの頃は、台所だけで八人もおりましてねえ。侍女頭さんが、それは、厳しい方で。献立の控えを、一字でも雑に書くと、書き直し」
「侍女頭さん」
「マルガレーテ様、と仰いました」
台所の音が、わたくしの耳から、すこし、遠くなった。
竈の火の音も、コルネリア様の衣擦れも、遠くなって、その名前だけが、近くに残った。
「お若いのに、何でもおできになる方で。奥様の、いちばんのお気に入りで……ある年、急に、お屋敷をお辞めになって。御家の事情とかで、南へ……わたしども、皆、泣きました……」
グレーテさんは、そこで、わたくしの顔を、見た。
じっと、見た。
初対面の日と、同じ目だった。何かを、思い出そうとする目。
あの日、この方が思い出そうとしていたのは、三十年前の、台所の入口に立つ人だったのだ。
「……奥様。失礼ながら、お国は、どちらで」
「南のリンデンですわ。——祖母は、マルガレーテと申しました」
グレーテさんの手から、蕪が、ころりと、落ちた。
「…………ああ」
それは、声というより、息だった。
「ああ、ああ。どうりで。どうりで、お顔が……初めてお見かけした日から、誰かに、似ていらっしゃると……」
グレーテさんは、前掛けの端で、目を押さえた。
「マルガレーテ様の、お孫様。マルガレーテ様の、お孫様が、ヴェッセルの、奥様に……」
コルネリア様が、目を丸くして、わたくしと、グレーテさんを、見比べている。
「え、何。どういうこと。義姉様のお祖母様が、うちにいたの? ……え、それって、すごい偶然じゃない」
偶然。
そうですわね、と、わたくしは、申し上げた。
申し上げながら、胸の内で、お祖母様の最後の頁を、思っていた。
『ヴェッセルの家を、お願い』
偶然に、お願いは、書けない。
泣きやんだグレーテさんが、蕪を拾い上げて、洗い直しながら、ぽつりと、仰った。
「……今日の蒸し煮は、腕によりを、かけませんと」
三十年前の奥様の好物が、今夜、この家の食卓に、上る。
献立というものは、ときどき、帳面より長く、人を覚えている。
お読みいただき、ありがとうございます。
お祖母様の名前が、台所で、見つかりました。
次話「東の別邸の、煙突」——お給金の届く先を、見にまいります。
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